香港時代の友人がミャンマー勤務になりました。
一度日本に帰ってきたものの馴染めず、次は何故かミャンマーです。
友人がいる間に一度ぐらいは遊びに行きたいと思います。
日本にいると海外が遠いですね。
香港にいた頃はフライトなんて京都とか神戸に行く感覚だったように思えます。
何でだろう、、、関空までそんなに遠くもないのにな。
これから先も日本で生きていくのか、決めてるようで決めていないような、、、そんな感じです。
色んな思いはあれど、日本で生活するのはやっぱり楽です。
ビザの心配も無いし、全部日本語だし、ある程度清潔だし。
でも、海外にいた頃のような高揚感は一切ありません。
でも、落ち着いていられます。
今のところ、落ち着きたいという気持ちが強いです。
高揚感の楽しさの裏にある辛さを味わってまで、、、、と思ってしまうからです。
友人は凄いなぁっと思うのです。
彼女は私より15歳年上ですが、未だに超アグレッシブで常に新しい可能性にかけています。
仕事も出来る人だし、きっと何処へ行ってもある程度の成果を出せる人なんだと思います。
私にはあんなアグレッシブさはもうありません。
新しい仕事について、それなりに日常も穏やかに過ごし、不満は無いのですがふと思う。
「で、どうなんだろう」
と。
で、どうななろう。これ、どうなるんだろう。
私、本当にこの会社でやっていきたいの?
でも、日本にいる以上転職はもう出来ない。
不満は無いんですよ。
今の会社に不満は無いのです。今のところ。
仕事も色々あれど、日本に帰ってきてからついた仕事の中では一番楽しくやってます。
職場の同僚は少なくとも海外留学経験があってある程度英語話せる人たちなので、ドメスティックな日本の方々よりは感覚も近いですし…。
動く時が来るのなら、自分が動き出すまで待つしかないし、動き出さないならそれはそれなんでしょう。
香港とか中華圏って常に動いていて、何もかもが流動的でした。
良い意味でも悪い意味でも。
文句があるなら去れ、が常です。そして、新たな受け入れ先を見つけるのもさほど難しくはありません。
全ては自分の実力とコネ次第。
自分次第で動ける社会だったように思います。
「自分という武器を携えて戦う」
って感じです。
日本は、身動きが出来ない社会のように思えます。
動く人間を、動くものを、受け入れない。
動き過ぎる人はおかしい。きっと何かあるに違いない。そう思われているように感じます。
良い悪いではなく、根底から違うのです。
私にとってはたった6年強だった海外就労生活ですが、日本サイドから見ると異様らしく、
「失礼ですがお生まれは日本ですか?」
と超怪訝感丸出しで聞かれたことが何度かあります。
聞かれた時は自分の異様さに気づかず驚きましたがしばらくして気づきました。
あぁ、異様なのは私なんだ。って。
まぁ、こんな下地があるからこそ、半年とか一年ぐらい海外生活した人が「日本に超馴染めなくてマジ困るっす」って一生ドヤ顔で言い放つことがまかり通るわけなんです。
今度言ってみようかな、、、
「ヤベ、平仮名とか書く機会無かったからマジわかんないんですけど。おorをの区別つかないっす。」
って。
あぁ、台湾行きたい。
台湾行って、豆乾とか茶葉卵とかエリンギとか食べながらアルコール度数が限りなく低くて一切酔えない台湾ビール飲むの。もう、路上で飲むの。
路上でBBQしたいの。暑い暑いとイチャモンつけながらするの。
先々月行ってあんだけ文句行ってたくせに、、、まだ恋慕が残っているとは、、、我ながら悩ましい。
でも、住んでしまって嫌なところが山盛り見えて現実になった時、嫌いになるのは怖いのです。
台湾を嫌いになったらもうどうしたらいいのさ!!辛い時、どうやって慰めてもうらのさ!!
ってな事を2010年あたりから連呼している気がする。
成長しねぇな。
男友達が言う、
「好き過ぎて何も出来なかった」
を身に染みて痛感する三十路オーバー。
そんな夜は聞いてください。
愛しのメルルーサ。