⚫︎「100万回生きたねこ」は輪廻転生の物語。
100万回と1回の生の後、主人公の「とらねこ」は真の死を得るが、読者のほとんどは、このラストをハッピーと直感する。生よりも死がハッピーと感じるのはなぜか?
⚫︎「とらねこ」は、不自由な暮らしはしておらず、飼い主は「とらねこ」を愛してくれていたのに、なぜかずっと不機嫌で嘆きに嘆いていた。100万回と1回めに初めて飼い主なしの野良猫として生まれ変わり、「白いうつくしいねこ」に出会い、一緒になり、初めての家族を持つ。そして、いつまでも生きていたいと、初めて思う。
⚫︎「とらねこ」は、生も暗く、死もまた暗いジレンマ状態で自分自身でない生き死にを繰り返していた。我々もまた、同じ状態の中で生きているのではないか?常に何者かの影響を受け、何者かに方向づけられて生きている。お金、地位、名誉、権力などを得ることに取りつかれて生きている。
⚫︎「とらねこ」は、死は怖くなかったか、「生の無限性」に恐怖し続けていた。無為の生はいつまで続くのか?この無意味な時間はいつまで続くのか?
⚫︎ずっと誰かの「ねこ」だった「とらねこ」。最後の生で、野良猫に生まれて、誰のものでもない「自分のねこ」になる。初めて得た「自己所有」。初めて自分自身を好きになった。そして、「自己愛」を超える「白いうつくしいねこ」という他者が現れる。一緒になり、自分よりも大切な家族を得る。自己愛から他者愛への転換。
⚫︎真の愛を知り、世界を楽しみ、生の歓びを味わったために、死ぬのが平気でなくなった「とらねこ」。初めて強固な生存欲を持つ。一方で、執着が拡大したともとれる。
⚫︎「白いうつくしいねこ」が死に、100万回泣き続けた「とらねこ」は、泣き止んで動かなくなり、死んでいく。固執する心を捨てて変転し続ける世界の相を受け入れた。
テレビラジオでお馴染みの宮崎哲弥さんが、仏教研究者として「100万回生きたねこ」を読み解く本です。
「100万回生きたねこ」の著者・佐野洋子さんは、仏教に詳しいわけではなく、彼女がこの本で伝えたかったことはわかりません。
僕は「執着を捨てる」ことを目指す仏教の考え方は、正直ピンとこなくて、本書で宮崎哲弥さんが書かれていることも、よくわからなからず、腹落ちしなかったです。
「100万回生きたねこ」は、『生きることも、死ぬことも、愛することも、全て苦しい』ということを語っている物語であって、それ以上でもそれ以下でもないように思います。
それは、僕の宗教的価値観である、
⚫︎我々は苦しみなど、さまざまな感情を体験するために生まれてきた。
⚫︎自分の為に生きようとすることは虚しさを生む。人のために生きることで、命は輝く。
からきていると思いますが、、、
『「100万回生きたねこ」のナゾを解く』宮崎哲弥(筑摩書房)
【6月16日読了】
【オススメ度★★★★】