人の命。

生と死。

いつもそれらを身近で見てきた。


救った命。

救えなかった命。


それはどちらもそういう運命なんだと、いつも心のどこかで思っていた。

救えなかった命は、どう足掻いても救えなかったのだ。
結果は同じ。

私はただ淡々と、目の前の患者を診て
最も適切な医療を施す。
そこに感情なんかいらない。

感情は判断を鈍らせるだけの、医療の現場では不要のものだ。

そう信じていた。


救えない命は救えない。
そう簡単に切り離すことが最善だと思っていた。


だけど今は違う。

救えなかった命を仕方が無かった、運命だったんだと
それだけの感情と言葉で切り捨てることなどできない。

私は魔法使いではないけれど、医師として最善を尽くし
救えなかった命から学び、次に繋げていく。
そしてひとつでも多くの命を救えるよう、成長して行くべきなのだ。

無駄な命などひとつもない。
失っていい命などない。
医師である限り命とはそう向き合うべきなのだ。


そう、詩音が教えてくれた。

全部詩音が教えてくれた。

 

 

病院を出て車を家に向かって走らせていると、
途中、大きな商店街の横の通りに差し掛かると店の先々にクリスマスを彩るイルミネーションやサンタやトナカイが飾られているのが目に入ってくる。

12月。
クリスマス間近。
この時期になると、5年前のあの出来事を思い出す。

忘れられるはずのないあの光景は、思い起こそうとしなくとも
クリスマスの賑やかな街並みを見るたび勝手に脳内に浮かんでしまう。


あの頃の私は、幸せの本当の意味を理解してはいなかった。
詩音との暮らしの中にたくさんの幸せがちりばめられていた事に
気付いてはいなかった。

せんせぇ、あいたかったです。

そう言って毎日飛びついては心から嬉しそうに私を見上げる詩音が愛おしかった。

いいこにしたらごほうびにアメあげます。

私の優位に立ったような、誇らしげな顔でアメを差し出す詩音が可愛くて仕方がなかった。

愛おしくて、失いたくなくて
初めての感情にどうすればいいのかわからなかった。


もっと早く自分の気持ちに素直になり
頑ななプライドなど捨てることができていたなら
もう少し違う未来があったのかもしれない。

詩音を傷付けることもなかったのかもしれない。


ーーーーせんせぇはぼくのまほうつかいです。
    まほう、つかえなくても
    せんせぇはぼくのまほうつかいです。


何一つ疑うことのない、私を見つめる真っ直ぐな澄んだ瞳。


もしも

もしも私が魔法使いだったなら
今私はどんな魔法を掛けるだろう。


信号待ちの間、商店街の真ん中に立つ大き目のクリスマスツリーを見て
あの日の詩音の横顔を思い出し、そんな不毛な事を考えていた。