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***




「三上の隠し子発見とは、面白くなりそうな案件だなー」



少年の処置を終えた後、10人足らずの入院患者の回診を終え


僅かに頭痛がしてこめかみを押さえつつナースステーションに入ろうとしたとき


不快な声がして思わず足を止める。



「おっ!噂をすれば天才子持ち外科医の登場~!」



いつもの軽い調子に拍車をかけた岩見が、明らかに面白がっている様子で


大きな声で言った。



「ち、違いますよ。三上先生のような誠実な方に隠し子なんかいるわけないじゃ


 ないですかっ!」



「ほんとですよ。声大きすぎです岩見先生。ここは病院ですよ」



吉田看護師と植村師長が慌てた様子で嗜めるが


「はいはい。申し訳ございません、誠実かつ天才なお医者様と違って不誠実な弁護士で。


いや、隠し子がいる医者よりは誠実かな。アハハ」



岩見はそんなことお構いなしのようだ。




「静かにしろ、岩見。お前の声は耳障りだ」



仕方なくナースステーションに入り、岩見を一瞥してパソコンの前に座る。



「なあ、三上先生はいつから子持ちの魔法使いになったんだ?


 付き合い長いけど、俺、気付かなかったなー」



「……」



また魔法使いか。


ウンザリしつつ看護師の方に視線を向けると、岩見にいろいろな事を話してしまったらしい


2人は、バツが悪そうに私から視線を逸らした。




「お前が子供になつかれるって、奇跡だよな。


 それも魔法使ったのか?」



「何をしに来たんだ、岩見。ただの暇つぶしなら帰れ。


 私はお前と違って忙しい」



しつこく茶化してくる岩見には目もくれず、回診した患者の状態を


電子カルテに打ち込んでいく。



「あー、そんな態度取っていいのかなー。


 面白いモン持って来てやったのに」



更に鬱陶しく絡んでくる岩見を完全に無視してパソコンに向かっていると


パソコンの画面がいきなり大き目の絵本で遮られた。


汚らしく、触れるのも躊躇われるようなとても古びた絵本。




「邪魔をするな」



いい加減苛立ち、目の前に翳された絵本を手で払おうとして


その表紙の文字を見て手が止まる。



「これは」



「気になるだろ。これ、読んだらもっと面白いぞ」



絵本など興味はないし、読んだとして面白いと思うはずもない。


普段なら単なる岩見の悪ふざけだと捉え、そんなものに見向しなかっただろうが


気が付けば私は目の前の古びた絵本を手にし、表紙を開いていた。




『まほうつかいのおねがい』




昨日から何度も聞かされたワードがそこにはあったからだ。





***



『海の見える小さな町に暮らしている詩音くんには


 お父さんもお母さんも おじいちゃんもおばあちゃんもいません。


 いつもひとりでさびしかった詩音くんは


 いつもひとりで森の中であそんでいました。


 ある日、いつものように森の中であそんでいると


 大きな切り株につまづいて転んでけがをしてしまいました。


 ひとりで泣いていると、そこにまほうつかいがあらわれたのです』



 
そんな始まりの物語は


ひとりぼっちの少年の前に魔法使いが現れ


困ったときは助けてくれて、寂しいときはいろんな姿に変身しては


少年を楽しませてくれた。


話の最後は人間の少年と仲良くなったことを魔法界の王に咎められ


少年を庇った魔法使いはシャボンの泡になって消えていく、というものだった。



「その本、三上の隠し子が倒れてたって場所の近くに落ちてたのを


 さっき俺が拾ったんだ。


 警察来たんだろ?ちゃんと現場確認しなかったんだろうな。


 職務怠慢だなー。デキル俺が現場を確認しにわざわざ行かなかったら


 大事な手がかりを無くすとこだったな」




絵本に見入ってしまった私を余所に、岩見が得意気に看護師たちに話している。



「じゃあ、もしかしたらあの子の絵本かもしれないですね」


「多分そうだと思うよ。そう考えれば隠し子が三上の白衣姿見て


 魔法使いだって言ったことも辻褄が合う。


 ホラ、これ見てよ」



私がまだ見ているにも関わらず、私の手から絵本を取り上げた岩見は


絵本のあるページを広げて看護師たちに見せた。



「あ……」


「ちょ、これ……ふふ」


「ね、笑えるほど似てるだろー」



絵本を囲んだ3人は、開いた絵本のページと私の顔を交互に見ては


笑いを堪えている。



岩見に至っては堪えるどころか、あからさまに笑っている。



「泣かなくてもいいよ。私は魔法使い。けがなんかすぐに治してあげるよ、って


 言ってみろよ、三上。いや、魔法使い様」






                                            イラスト:ともも様

「……誰が魔法使いだ。冗談じゃない」




思いがけない形で謎が解けたことに


不可解なモヤモヤは晴れるどころか更に大きくなる。





―――ぼくのまほうつかい、いた。



私を見るなり、そう言った少年の嬉しそうな笑顔が浮かぶと同時に


これからの事を考えると、また頭が痛くなる。




岩見が言ったセリフを吐きながら


怪我をした少年を魔法で一瞬で治してしまう魔法使いは


白衣とメガネをかけた医師の姿をしていた。





***


 #6につづく





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