(このお話の説明)


クリスマス用に書きはじめていたお話です。


42歳の優秀だけど人の気持ちを汲み取るのが苦手な医師と


心は永遠に小さな子供のままの、純粋な少年のお話です。


登場人物の名前を見たら「あ:(;゙゚'ω゚'):!アイツの話か!」と思われるかもですが


内容的には職業と人間的スペック以外あの方とは別人なので


医師×不憫な少年 のお話として読んでいただければと思います(´∀`*)


クリスマス前後に終わればいいな、という感じで進めていきたいと思っています。




***





「院長は助かるって言ったんだ!


 だから、息子は手術することを選んだ。


 アンタが失敗したせいで息子は死んだんだ!」



午後の明るい病棟の廊下に、中年男性の罵声が響き


面会に訪れた人たちが一斉に振り向く。




「成功率はかなり低いという説明はあったはずです。


 それに、開腹してみなければわからない場所に転移があった。


 手の施しようがなくそのまま閉じた。


 無理に切除しても結果は変わらなかった。


 それが現実です。それ以上でもこれ以下でもありません」



「それでも何か手はあったはずだ!医者だろ?患者をどんなことしても


 助けるのがアンタ達の仕事だろ?!」



「もう十分な説明はしたはずです。


 これ以上私には説明する義務もありません。失礼します」




これ以上取り合っても意味はない。



騒ぎを聞きつけた看護師や他の若い医師が対処し始めたのを見て踵を返す。



その男を無視して廊下を歩きだした私の背中に


「待て!この人殺し!このままで済むと思うなよ!」


身勝手な罵声が飛んだ。




こんなことは慣れている。


人間とは自分勝手なものだ。


縋るときは無遠慮に縋っておいて


少しでも望みと違う結末を迎えると、医師に責任を押し付けたがる。




信じています、先生。


そう言った同じ口で、簡単に人殺しと罵る。



医者は神でも魔法使いでもない。


目の前の患者に、ただ真摯に向き合い全力を尽くす。


その結果が「死」であったとしても、どうしようもできない。




医者という仕事に就いて20年近く経つが、私は患者から罵倒されるような


無様な治療も診療もしたことなどない。



理不尽な要求に耳を傾けて居られるほど


終わった治療について義務付けられた説明以上のことをできるほど暇ではない。


そんなくだらないことに時間を費やする程無駄な時間はない。


こうしている間にも、次の仕事が山積みになっているいうのに。



苛立ちに歩幅を大きく廊下を歩いていると




「ひと言、『お力になれなくて申し訳ありませんでした』って言って


 頭下げれば終わる話しだと思うけどな。


 頭下げることが一番嫌いな三上先生には無理難題かな」



背後から聞き覚えのある声に言われた。



「岩見」



足を止め、振り返る前に隣に並んだのは


弁護士の岩見雅也だった。



岩見とは高校時代の同級生で、私の医院と岩見の弁護士事務所が偶然にも


2軒隣だということで、わずかながら未だに付き合いがある。


とはいえ、何かと絡んで来るのは専ら岩見の方からだが。




「相変わらずニコリともしないねー。天才外科医三上先生」


「……何しに来た」


「仕事だよ、仕事。弁護士も医者と同じくらい忙しいんだよー」


「……貴様に頼るなんて、この病院も堕ちたものだな」


「あー、そんな事言っていいのかなー、三上先生。


 俺の勘だが、近々三上先生も俺に頼らなきゃなんないような気がするんだけど」


「……」


「今の罵声オヤジ、患者の父親だろ?亡くなったのか?」


「ああ。息子が末期癌で、開腹したが手の施しようがなかった」


「へー。そりゃ気の毒だな」


「気の毒だが、八つ当たりされる筋合いはない。事前に説明はした」



「……。どっちの気持ちもわからんでもないが


 相手は息子を亡くしたんだろ?頭下げといた方が」



「私は頭を下げるような治療はしてはいない」



苛立ちに、わざと歩を速めると



「はいはい。後で俺に泣きつくようなことにならんようになー」



着いてくることを止めたらしい岩見は


私の背中にそう言った。





                                     イラスト:ともも様




お前の世話になるような事などない。


あったとしても、お前に頼るなど面倒なことはしない。




そろそろ潮時だろうか。



不都合があれば責任を押し付けられ、切り離される。



非常勤医師という立場の窮屈さに、早々に大学病院からは身を引こうと思い始めている。




ーーーー人殺し。





大学病院勤務を経て5年前、37歳でクリニックを開業し、


急変するような患者はすべて大学病院に回すようになってから


直接「死」に関わることは無くなっていたのに。



2年前、世話になった大学病院から週に一度の外来診察を担当する事と


教授では手に余る外科手術の助っ人を頼まれて


再び「死」に関わることが少なからずある。




誰もが匙を投げた患者を救うというチャンスと、それを成し遂げたときに得られる


満足感は確かに捨てがたいし、そういう医師になりたいと思っていた。



しかし、最近「死」に関わる事に


酷く心が疲弊していうのを感じていることも否めない。



それはきっと、一度は第一線を退き


簡単な症例の患者ばかりを診ているうちに


その居心地の良さを知ってしまったからのように思う。





やはり、重症患者を相手にし、心身共に疲弊する環境からは完全に身を引くべきか。




徐々に蓄積されていく疲労感と虚無感に最近真剣に考え始めていた。





***


#2 へつづく。




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