長倉顕太さんの本『親は100%間違っている』には、こうあります。

多くの人は、「自分探し」や「ノウハウ探し」ばかりしている。いつも言ってるけど、正解なんてどこにもないから。



おそらく選択肢の中には必ず正解がないと、教育というものが成り立たないのでしょう。

教える立場の人は、分からない、では済まされないのでしょう。

あるいは逆に、必ず正解のあるものしか教えないのが教育なのかも知れません。

正解のないものは教えることができないのでしょう。

これと同じことがマスコミがなんでも極端なイエスかノーの賛否両論にして煽ってしまう特色と似ているかもしれません。

賛成と反対なんて、人や立場が変われば、ころころ変わる性質のものです。

これも逆に言えば、何か意見があれば、絶対それに対して賛成と反対があるってことですね。

同じ個人でも時間の経過やどういう空間に存在するかによっても意見は変わってくる。

ゆえにほとんど場合は、どっちかに決めることは出来ない。

物事は常に賛否両論です。

そして一個人の中でも常に賛否両論です。

ゆえにわざわざマスコミが取り上げる必要なんて全くないのです。

本気で決めるなら多数決か法に基づくか、しかありません。

世の中に正解なんて存在しない。

世の中に万人が全員一致で賛成する意見など存在しない。

何故なのか?

それは、すべてが中立で初めから決まった意味など存在しないからでしょう。

すべてが中立だからこそ、いろんな意味づけが成り立つ。

だからこそ人類は「決める」ために法律を作った。

すべては元々中立であるので、法律で強制的に決めないと、絶対的な意味は持ち得ない。

どのような状況も、それ自身が本質的に持っている意味はなく、起きることすべて、そしてあらゆるシンボル、比喩は基本的には中立であり、その意味づけによって、この物理的な現実にどのような影響を与えるかが決まります。 by バシャール

「何かに意味づけをすることにすら意味はない」ということも覚えておいてください。意味づけをすることさえ中立的な行為なのです。 : バシャールの学校 – BASHAR2006(バシャール2006)より

「人生にはまったく何の意味づけもされていない」「すべては中立、ニュートラルである」パーソナリティが観念を通して、空っぽの器を自分の決めた意味で満たす。 : バシャールの学校 – BASHAR2006(バシャール2006)より