アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』には、こうあります。

人生は連続する刹那であり、過去も未来も存在しません。あなたは過去や未来を見ることで、自らに免罪符を与えようとしている。過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。「いま、ここ」を真剣に生きていたら、そんな言葉など出てこない。



確かにそうであると思える一方、いや違うという自分もいます。

過去は存在しないとしても、過去を原因とした結果としての自分は、「いま、ここ」に歴然と存在しているのではないか?と。

リンゴが木から落ちて引力を発見したように、現在の自分を見て、過去の存在を確信するというのもあり得ます。

となると、どっちが得か?です。

過去が存在すると考えた方が得なのか、過去など存在しないと考えた方が得なのか。

いや、得という言葉は、どっちが幸せなのか、と言い換えた方が良いのかも知れません。

『過去』があるのではなく、「記憶」や「記録」がいま存在しているのだと。『未来』があるのではなく、「希望」や「予測」、「恐れ」などがいま存在している : 雲 黒斎著『もっと あの世に聞いた、この世の仕組み』kindle版を読む

絶対的な未来というものはありません。絶対的な過去もありません。あるのは無限の異なる「今」だけです。そして、この人生のこの瞬間、どのような「今」を経験したいか、それを選択する力はみなさんの中にあります。 : バシャールの学校

数々の可能性のある未来が、今この瞬間に、同時に存在しています。今現在、同時に存在するすべての過去・現在・未来を平均した結果としてそれを体験しています。「未来」はただ、「異なった視点から見ている今」にすぎません。 : バシャールの学校

以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』を参考にさせていただきました。