アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』には、こうあります。

対人関係がうまくいかないのは、(中略)ほんとうは自己受容や他者信頼、または他者貢献ができていないことが問題なのに、どうでもいいはずのごく一部にだけ焦点を当てて、そこから世界全体を評価しようとしている。それは人生の調和を欠いた、誤ったライフスタイルなのです。



何かがきっかけで引きこもってしまうと、当然他者を信頼したり他者への貢献が出来ない状態になるので、人間関係は悪化します。当たり前の話です。

アドラー心理学を基にして考えると、引きこもっている人はその行為自体が自分の価値を損なうことになるので、引きこもっていながら自分には価値がないと思い込むのはとっても滑稽なことになります。

自分で引きこもっているのだから→当然他者に貢献ができない→他者に貢献ができないのだから、自分には価値があるとは思えない→と当然の結果がもたらされます。

つまり、自分で引きこもっておりながら「なんて自分は無価値なんだろう?」と悩むのは無意味だということです。

自分で他者への貢献を断っておきながら、なぜ自分は他者への貢献ができないのだろう?と悩むのは当然滑稽ですよね?

そしてここが最大のポイントです。

現在の裕福な日本という国では、引きこもっていても、なんとかなってしまう。
なんとかなってしまうから、それを続けてしまう。

太古の昔の人類なら何もしなければ死ぬだけです。
死なないために外に出て行動しますが、現在は、何もしなくても生きていくことが出来てしまう。

つまり何が言いたいかというと、引きこもりで悩む必要はないってことです。
自分の意思で引きこもっているのだから、それは悩みでも何でもないってことです。

自分で引きこもっている。

ただそれだけの事実です。

そこに本来、良いも悪いも存在しない。

嫌なら辞めれば良いだけ。
続けたければ続ければ良いだけ。
それは本人の意思次第です。

何かが引きこもらせているのではなく自分で引きこもっているだけです。

それにしてもこの「どうでもいいはずのごく一部にだけ焦点を当てて、そこから世界全体を評価しようとしている。」というのは自分にとってよくあることなので、気をつけようと思います。

どのような状況も、それ自身が本質的に持っている意味はなく、起きることすべて、そしてあらゆるシンボル、比喩は基本的には中立であり、その意味づけによって、この物理的な現実にどのような影響を与えるかが決まります。 by バシャール

中立的なことにあなたは意味を与え、その結果をあなたは自分で刈り取ることになります。肯定的な意味を与えてあげると、肯定的な結果が出てきます。否定的な意味を与えてあげると、否定的な結果が出てきます。 by バシャール

以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』を参考にさせていただきました。