アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』には、こうあります。
ということで、ここにアドラー心理学の目指すものを以下に掲げます。
行動面の目標
①自立すること
②社会と調和して暮らせること
この行動を支える心理面の目標
①わたしには能力がある、という意識
②人々はわたしの仲間である、という意識
こうやって文字にしてみると、すべて当たり前と言えば当たり前のことなんですよね。
人がいずれ自立するのは当たり前。
他人とは調和して暮らすのが当たり前。
自分も他人も同じなんだから、自分が我を通せば、他人も我を通してくるのは当たり前。
自分がやって良いことは他人もやって良いと思えるのが当たり前の考え。
ありのままの自分を受け入れるのも、当たり前。
だってありのままの自分以外の自分ってどこにも存在しないから。
誰かの役に立っていると思るのは、他者に貢献するからであって、自分一人しか存在しない世界では、自分が誰かの役に立っているとは思えない。
社会から孤立した状態では他者には貢献ができないので、当然、自分が社会に対して役に立っているとは思えない。
これも当たり前の話。
他者に働きかけて初めて、他者への貢献が可能になり、そして自分の価値を認めることができる。
社会から離れ他者に貢献する状況にいないのだから、自分の価値を認められないのは、当たり前の話だ。
他者に対して役立つことをしていないのだから「わたしは誰かの役に立っている」と思えないのは当たり前。
つまり、自分で他者貢献しない状況を選択しているのだから、自分に価値がないと思えるのは当たり前の話だ。
テーブルにあるリンゴを手に取り、そして口に運ぶことなく、またテーブルに置いたとき。
ああ、わたしの手にはリンゴがないから食べることができないな、というのはごく当たり前の話。
だって、あなたがそのリンゴを自分でテーブルの上に戻したんですよ!って話です。
つまり何が言いたいかというと、部屋に引きこもっていて、「ああなんて自分には価値がないんだろう?」と悩むのはおかしな話だということです。
引きこもっている行為自体が、他者に貢献する機会を奪い、同時に自分の価値を消滅させているからです。
引きこもっているから他者に貢献ができず、そして、自分に価値が見いだせないんだよって話です。
これも当たり前の話ですね。
……ということで、熱く!自分に向けて語ってみました。(^-^;
すべての存在に対して、二つだけ共通なものがあります。そのひとつは「あなたは存在する」ということ。二つ目は「あなたが与えるものが、あなたが受け取るものである」ということです。 by バシャール
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』を参考にさせていただきました。

ありのままの自分を受け入れる――つまり「自己受容」する――からこそ、裏切りを怖れることなく「他者信頼」をすることができる。そして他者に無条件の信頼を寄せて、人々は自分の仲間だと思えているからこそ、「他者貢献」することができる。さらには他者貢献するからこそ、「わたしは誰かの役に立っている」と実感し、ありのままの自分を受け入れることができる。「自己受容」することができる。
ということで、ここにアドラー心理学の目指すものを以下に掲げます。
行動面の目標
①自立すること
②社会と調和して暮らせること
この行動を支える心理面の目標
①わたしには能力がある、という意識
②人々はわたしの仲間である、という意識
こうやって文字にしてみると、すべて当たり前と言えば当たり前のことなんですよね。
人がいずれ自立するのは当たり前。
他人とは調和して暮らすのが当たり前。
自分も他人も同じなんだから、自分が我を通せば、他人も我を通してくるのは当たり前。
自分がやって良いことは他人もやって良いと思えるのが当たり前の考え。
ありのままの自分を受け入れるのも、当たり前。
だってありのままの自分以外の自分ってどこにも存在しないから。
誰かの役に立っていると思るのは、他者に貢献するからであって、自分一人しか存在しない世界では、自分が誰かの役に立っているとは思えない。
社会から孤立した状態では他者には貢献ができないので、当然、自分が社会に対して役に立っているとは思えない。
これも当たり前の話。
他者に働きかけて初めて、他者への貢献が可能になり、そして自分の価値を認めることができる。
社会から離れ他者に貢献する状況にいないのだから、自分の価値を認められないのは、当たり前の話だ。
他者に対して役立つことをしていないのだから「わたしは誰かの役に立っている」と思えないのは当たり前。
つまり、自分で他者貢献しない状況を選択しているのだから、自分に価値がないと思えるのは当たり前の話だ。
テーブルにあるリンゴを手に取り、そして口に運ぶことなく、またテーブルに置いたとき。
ああ、わたしの手にはリンゴがないから食べることができないな、というのはごく当たり前の話。
だって、あなたがそのリンゴを自分でテーブルの上に戻したんですよ!って話です。
つまり何が言いたいかというと、部屋に引きこもっていて、「ああなんて自分には価値がないんだろう?」と悩むのはおかしな話だということです。
引きこもっている行為自体が、他者に貢献する機会を奪い、同時に自分の価値を消滅させているからです。
引きこもっているから他者に貢献ができず、そして、自分に価値が見いだせないんだよって話です。
これも当たり前の話ですね。
……ということで、熱く!自分に向けて語ってみました。(^-^;
すべての存在に対して、二つだけ共通なものがあります。そのひとつは「あなたは存在する」ということ。二つ目は「あなたが与えるものが、あなたが受け取るものである」ということです。 by バシャール
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
