アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』には、こうあります。

「わたし」は、世界の中心に君臨しているのではない。「わたし」は人生の主人公でありながら、あくまでも共同体の一員であり、全体の一部なのです。



自分が世界の中心にいると考えている人の思考パターンはこうだと言います。

他者とはわたしのために何かをしてくれる人であり、みんなわたしのために動くべき存在であり、わたしの気持ちを最優先に考えるべきであると。

そして期待が満たされなかった時には、大きく失望し、ひどい侮辱を受けたと思い、憤慨すると。

よって自分が世界の中心にいるという信念を持っている人は、「仲間」を失う結果になると。

あなたは共同体の一部であって、中心ではない。

……ということで

「わたし」が人生の主人公でありながらも全体の一部であるというのは面白いですね。

ポイントは「わたし」はひとつの完結した自分だけの世界の主人公であり、同時に、全体という完結した世界を完璧に構成する一員でもあるってことなんでしょうね。

まるでホログラフィーのように。

すべてはひとつのものです。すべての原子は、ひとつの同じ原子なのです。ひとつの点は、すべての他の点もその中に含むということです。宇宙とは常に、情報がホロニックに配列されたものなのです。それが意識そのものです。by バシャール

そういえばこんなバシャールの言葉を思い出しました。

各部分が、それ自身ひとつの全体として、ほかの部分と共同作業する。そしてまた、全体がすべての部分をサポートする。このような考え方は、最終的にはビジネスや経済、社会、すべての状況に反映されていきます。 by バシャール

なんと!

アドラーの思い描いた理想の人間関係とバシャールの予言する人類の未来が一致しました。

以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』を参考にさせていただきました。