アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』には、こうあります。
他者の課題を自分の課題だと思い込む例として本書には以下の様にあります。
自分の顔を気にしているのは自分だけであり、他者が自分の顔を見てどう思うかは他者の課題であって、自分がどうこうできるものではない。
確かにそうだと思う一方で、だからこそ人は身だしなみに気をつけたり、ファッションに気を配ったり、自分を清潔に保とうとするんですよね。
自分のことを他者がどう思うかは他者の課題ではあるが、その他者の課題であるところの自分への評価を上げることを自分の課題であると思うのは、ごく普通だと思います。
でも確かに、いくら身だしなみに気をつけても、いくらファッションに気を配っても、いくら体を清潔に保っても、他人が自分に悪い評価を下すことがあり得るのも事実です。
そういう意味では、他者の課題には踏み込めないし、他者の課題は自分ではどうにもできない領域にあるとは言えます。
自分自身が他の人と離れていて「個人」だということは、幻想ではありますが、自分が見るものはすべて自分が創り出したものですから、 「あなた自身がすべてである」 ということです by バシャール
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』を参考にさせていただきました。

なぜ、他者の視線が気になるのか?(中略)あなたはまだ、課題の分離ができていない。本来は他者の課題であるはずのことまで、「自分の課題」だと思い込んでいる。
他者の課題を自分の課題だと思い込む例として本書には以下の様にあります。
自分の顔を気にしているのは自分だけであり、他者が自分の顔を見てどう思うかは他者の課題であって、自分がどうこうできるものではない。
確かにそうだと思う一方で、だからこそ人は身だしなみに気をつけたり、ファッションに気を配ったり、自分を清潔に保とうとするんですよね。
自分のことを他者がどう思うかは他者の課題ではあるが、その他者の課題であるところの自分への評価を上げることを自分の課題であると思うのは、ごく普通だと思います。
でも確かに、いくら身だしなみに気をつけても、いくらファッションに気を配っても、いくら体を清潔に保っても、他人が自分に悪い評価を下すことがあり得るのも事実です。
そういう意味では、他者の課題には踏み込めないし、他者の課題は自分ではどうにもできない領域にあるとは言えます。
自分自身が他の人と離れていて「個人」だということは、幻想ではありますが、自分が見るものはすべて自分が創り出したものですから、 「あなた自身がすべてである」 ということです by バシャール
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
