アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』には、こうあります。

「そもそも主張の正しさは、勝ち負けとは関係ありません。あなたが正しいと思うのなら、他の人がどんな意見であれ、そこで完結すべき話です。」

しかし、多くの人はそこから権力争いに突入してしまうと言います。

他者を屈服させようとする。

だからこそ、「自分の誤りを認めること」=「負けを認めること」になってしまうとのこと。

この本はさらに

「誤りを認めること、謝罪の言葉を述べること、権力争いから降りること、これらはいずれも『負け』ではありません。」

と主張します。

確かにそういう考え方もありですが、勝ち負けを決めるのはたいてい第三者ですからね~。(と意地悪く言ってみる)

どうなんでしょう?そのへんは。

要は考え方なんでしょうね。

そういう考え方をすれば、悔しい思いをしないで済む。

他人からは負けに見えても、自分は勝負をしているわけではないので、負ける悔しさとは無縁でいられる。

……とこれも見方のひとつですが……

結局のところ先の

「そもそも主張の正しさは、勝ち負けとは関係ありません。あなたが正しいと思うのなら、他の人がどんな意見であれ、そこで完結すべき話です。」……が唯一正しいのです!と言い切ってしまうと、このこと自体が権力闘争の引き金になってしまう。

まあ確かに、この世界は、主張が正しければ必ず勝つという世界ではありません。

正義が勝つのはドラマや映画のなかだけという言葉もあります。

正義は勝つべき!

が正しいのかも知れませんね。

あっ!正しさを主張してしまいました。(^-^;

この文明の中で混乱が起きてきたのは、皆が違う見方をしているからではありません。違う見方をしている人達が、自分の見るものだけが一番正しいと思ってきたからです。 by バシャール

以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』を参考にさせていただきました。