アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』には、こうあります。
「怒ってはいけない、ではなく『怒りという道具に頼る必要がない』のです。
怒りっぽい人は、気が短いのではなく、怒り以外の有用なコミュニケーションツールがあることを知らないのです。だからこそ、『ついカッとなって』などといった言葉が出てきてしまう。怒りを頼りにコミュニケーションしてしまう。」
これを逆に見てみると、人はそれしかコミュニケーションの手段がない時は容易にカッとなる?
クルマを運転している時に怒りを感じる場合があると、たいていそれは、怒り以外の有用なコミュニケーションが存在しないシチュエーションです。
だってもうその怒りの対象はたいてい手の届かないところに行ってしまいますから。
無理な追い越しをしていくクルマ、無理な追い越しで迫って来るクルマ、夜間にまだすれ違ってもいないのにハイビームに切り替えてまぶしいクルマ、その他クルマを運転していて怒りを覚える時は、もうすでにそのクルマはいません。
かと言って追いかけたりもしませんが。
あと、自分の家の庭先に知らない人のペットが悪さをした時にも、怒り以外にコミュニケーションの手段がないのかも知れません。
対象がいない場合のこれら怒りは、誰とのコミュニケーションなんでしょう?
架空の相手とのコミュニケーション?空想の中の相手に対する怒り?
でも問題はコミュニケーション”ツール”の話ですね。
道具の話です。
たとえ相手がいま目の前に存在していなくても、道具によっては、怒らなくても済むかもしれません。
この本では、怒りによってではなく、言葉によってコミュニケーションをとることができるとあります。
ん?ということは、相手が目の前にいない時にも、怒りというコミュニケーションツールではなく言葉というコミュニケーションツールを使えば良いんですね。
ん?でも、いずれにしても相手にはもう届きません。
もうすでにコミュニケーションは成り立ちません。
……ということで、もうすでに怒りの対象がそこに存在しない場合は、怒り以外の道具をそれぞれが見つければ良いようです。(^-^;
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』を参考にさせていただきました。

「怒ってはいけない、ではなく『怒りという道具に頼る必要がない』のです。
怒りっぽい人は、気が短いのではなく、怒り以外の有用なコミュニケーションツールがあることを知らないのです。だからこそ、『ついカッとなって』などといった言葉が出てきてしまう。怒りを頼りにコミュニケーションしてしまう。」
これを逆に見てみると、人はそれしかコミュニケーションの手段がない時は容易にカッとなる?
クルマを運転している時に怒りを感じる場合があると、たいていそれは、怒り以外の有用なコミュニケーションが存在しないシチュエーションです。
だってもうその怒りの対象はたいてい手の届かないところに行ってしまいますから。
無理な追い越しをしていくクルマ、無理な追い越しで迫って来るクルマ、夜間にまだすれ違ってもいないのにハイビームに切り替えてまぶしいクルマ、その他クルマを運転していて怒りを覚える時は、もうすでにそのクルマはいません。
かと言って追いかけたりもしませんが。
あと、自分の家の庭先に知らない人のペットが悪さをした時にも、怒り以外にコミュニケーションの手段がないのかも知れません。
対象がいない場合のこれら怒りは、誰とのコミュニケーションなんでしょう?
架空の相手とのコミュニケーション?空想の中の相手に対する怒り?
でも問題はコミュニケーション”ツール”の話ですね。
道具の話です。
たとえ相手がいま目の前に存在していなくても、道具によっては、怒らなくても済むかもしれません。
この本では、怒りによってではなく、言葉によってコミュニケーションをとることができるとあります。
ん?ということは、相手が目の前にいない時にも、怒りというコミュニケーションツールではなく言葉というコミュニケーションツールを使えば良いんですね。
ん?でも、いずれにしても相手にはもう届きません。
もうすでにコミュニケーションは成り立ちません。
……ということで、もうすでに怒りの対象がそこに存在しない場合は、怒り以外の道具をそれぞれが見つければ良いようです。(^-^;
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
