アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』には、こうあります。
「アドラー的な目的論は、子どもが隠し持っている目的、すなわち『親への復讐』という目的を見逃しません。自分が非行に走ったり、不登校になったり、リストカットをしたりすれば、親は困る。あわてふためき、胃に穴があくほど深刻に悩む。子どもはそれを知った上で、問題行動に出ています。過去の原因(家庭環境)に突き動かされているのではなく、いまの目的(親への復讐)をかなえるために。」
ここまでをまとめてみると
面罵の目的を考えた時、そこには勝つことによって自らの力を証明するというのがある。
しかし権力争いは、敗北者を生む。
敗北者が次に進む段階は「復讐」である。
目的論で考えると子供の非行も、親への復讐だと考えられる。
……ということで
弱肉強食のこの社会。
なんでも比較したがる社会。
そういう社会で必ず生まれるのが勝者と敗者。
たとえそれが勝者であってもこの社会では、常に次は負けるかもしれない恐怖と戦っている。
常に勝ち続けなくてはならない。競争相手である他者は信じることができない。
一方、負けた者は劣等感を抱き、
他者全般を自分を敗北に導く許しがたい敵だとみなすようになる。
他者の幸福は自分の負けであり決して心から祝福などできない。
それどころか時に、権力争いに敗れた者は「復讐」へと向かっていく。
……目的論で考えるところの「復讐」という行動は腑に落ちます。
自分に復讐する場合もあるように思えます。
他者への復讐が目的の場合と自分への復讐が目的の場合があるように思います。
いずれにしても物事を目的論で考えてみるのは面白いです。
この目的論というのはバシャール的に言えば、現在から未来や過去を創ることと言えそうです。
過去を現在において変えることができます。なぜならば、未来に向かっても、過去に向かっても、無数の組み合わせの人生があるからです。そのどれを選ぶこともできます。by バシャール
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』を参考にさせていただきました。

「アドラー的な目的論は、子どもが隠し持っている目的、すなわち『親への復讐』という目的を見逃しません。自分が非行に走ったり、不登校になったり、リストカットをしたりすれば、親は困る。あわてふためき、胃に穴があくほど深刻に悩む。子どもはそれを知った上で、問題行動に出ています。過去の原因(家庭環境)に突き動かされているのではなく、いまの目的(親への復讐)をかなえるために。」
ここまでをまとめてみると
面罵の目的を考えた時、そこには勝つことによって自らの力を証明するというのがある。
しかし権力争いは、敗北者を生む。
敗北者が次に進む段階は「復讐」である。
目的論で考えると子供の非行も、親への復讐だと考えられる。
……ということで
弱肉強食のこの社会。
なんでも比較したがる社会。
そういう社会で必ず生まれるのが勝者と敗者。
たとえそれが勝者であってもこの社会では、常に次は負けるかもしれない恐怖と戦っている。
常に勝ち続けなくてはならない。競争相手である他者は信じることができない。
一方、負けた者は劣等感を抱き、
他者全般を自分を敗北に導く許しがたい敵だとみなすようになる。
他者の幸福は自分の負けであり決して心から祝福などできない。
それどころか時に、権力争いに敗れた者は「復讐」へと向かっていく。
……目的論で考えるところの「復讐」という行動は腑に落ちます。
自分に復讐する場合もあるように思えます。
他者への復讐が目的の場合と自分への復讐が目的の場合があるように思います。
いずれにしても物事を目的論で考えてみるのは面白いです。
この目的論というのはバシャール的に言えば、現在から未来や過去を創ることと言えそうです。
過去を現在において変えることができます。なぜならば、未来に向かっても、過去に向かっても、無数の組み合わせの人生があるからです。そのどれを選ぶこともできます。by バシャール
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
