アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』には、こうあります。
「劣等コンプレックスとは、自らの劣等感をある種の言い訳に使いはじめた状態のことを指します。」
劣等感を抱くことは別に悪い事ではなく、努力や成長を促すきっかけにすればよい。
しかし、日常生活の中で「Aであるから、Bできない」という論理を振りかざすのはもはや劣等感ではなく劣等コンプレックスだと著者は言います。
例えば、学歴が低いから成功できないだとか、器量が悪いから結婚できないだとかだそうです。
このことをアドラーは「見かけの因果律」と言ったそうです。
「本来なんの因果関係もないところに、あたかも重大な因果関係があるように自らを説明し、納得させてしまう。」
……だそうです。
でもこのアドラーの言う「見かけの因果律」は普段日常で何の違和感もなく使っていますよね?
就職難だから就職できない。
景気が悪いから会社が儲からない。
政府が悪いから日本が良くならない。
そしてそれが本当にそうだと思っています。
しかしそれは前にも書いたように「原因論」であり、アドラーは、それでは何の解決にもならず「目的論」で考えよ!と言います。
就職できないのには、目的がある。
会社が儲からないのには、目的がある。
日本が良くならないのには、目的がある。
ほんとは働きたくないから、就職難を持ち出していないか?
会社が儲からないのを、不景気のせいにしていないか?
日本が良くならないのを、政府だけのせいにしていないか?
などなど、目的論に立脚すると建設的に考えることができます。
幸せになるのに「理由」は要りません。その結果だけを得ることができます。 : バシャール・スピリット
見かけ上、過去とつながりがあるように見えているものも、あなたがいまつくっているのです。ですから、現在について変えたいものを変えれば、あなたの過去も同時に変えることになります。 : バシャール ゴールドより
原因と結果は本当はひとつの出来事です。別なものではないんです。原因があれば、必ず結果があります。そして、もしみなさんが結果を得たいのなら、結果を創らなければなりません(原因を創るのではなく)。 by バシャール
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
』を参考にさせていただきました。

「劣等コンプレックスとは、自らの劣等感をある種の言い訳に使いはじめた状態のことを指します。」
劣等感を抱くことは別に悪い事ではなく、努力や成長を促すきっかけにすればよい。
しかし、日常生活の中で「Aであるから、Bできない」という論理を振りかざすのはもはや劣等感ではなく劣等コンプレックスだと著者は言います。
例えば、学歴が低いから成功できないだとか、器量が悪いから結婚できないだとかだそうです。
このことをアドラーは「見かけの因果律」と言ったそうです。
「本来なんの因果関係もないところに、あたかも重大な因果関係があるように自らを説明し、納得させてしまう。」
……だそうです。
でもこのアドラーの言う「見かけの因果律」は普段日常で何の違和感もなく使っていますよね?
就職難だから就職できない。
景気が悪いから会社が儲からない。
政府が悪いから日本が良くならない。
そしてそれが本当にそうだと思っています。
しかしそれは前にも書いたように「原因論」であり、アドラーは、それでは何の解決にもならず「目的論」で考えよ!と言います。
就職できないのには、目的がある。
会社が儲からないのには、目的がある。
日本が良くならないのには、目的がある。
ほんとは働きたくないから、就職難を持ち出していないか?
会社が儲からないのを、不景気のせいにしていないか?
日本が良くならないのを、政府だけのせいにしていないか?
などなど、目的論に立脚すると建設的に考えることができます。
幸せになるのに「理由」は要りません。その結果だけを得ることができます。 : バシャール・スピリット
見かけ上、過去とつながりがあるように見えているものも、あなたがいまつくっているのです。ですから、現在について変えたいものを変えれば、あなたの過去も同時に変えることになります。 : バシャール ゴールドより
原因と結果は本当はひとつの出来事です。別なものではないんです。原因があれば、必ず結果があります。そして、もしみなさんが結果を得たいのなら、結果を創らなければなりません(原因を創るのではなく)。 by バシャール
以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え
