アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』には、こうあります。

「つまり価値とは、社会的な文脈の上で成立しているものなのです。」

1ドル紙幣に与えられた価値とは、ひとつの共通感覚ではあっても、客観としての価値ではない。
印刷物の原価で考えると1ドルの価値はないとのこと。

……ということで「価値」という概念自体が相対的ですね。というか言語すべては常に相対的なのかも知れません。いやすべては相対的ですね。

バシャールの言うようにすべてが中立なのですから、言葉を変えれば、すべては相対的です。
絶対的なものは存在しない。

価値は人間が付加するものであって、道端の石ころにはすべてが無価値です。

人間が付加する価値であるのなら、本来如何様にも価値は付加できると考えられます。

とは言っても、お金はたくさん欲しいし、わたしも有名になりたい、みんなからちやほやされたい、他人より上に立ちたい、というのはほとんどの人が持っている共通の価値観ではあります。(^-^;

本来多様であるはずの価値観をこのように共通の価値観にしてしまったのは、誰なのか?
誰がそれで得をするのか?

そういう考え方も導かれたりします。

私たちが言っている「豊かさ」とは「能力」のことです。「する必要のあることを、する必要のあるときにできる能力」です。それ以上の定義はありません。具体的な形は問題ではありません。「能力」の話なのです。 by バシャール

貨幣のシステムはしばらく続くでしょうが、豊かさに対するみなさんの定義は変わっていきます。「自分がしたいことをするために、必ずしもお金というシンボルを使う必要はない。そのほかの方法もあるのだ」とわかってきます。 : バシャール 2006

最終的には価値の基準が、人の価値や能力そのものに直接置かれるようになるので、価値のシンボルであるお金がいらなくなっていきます。 by バシャール

以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』を参考にさせていただきました。