kindle本『図解 哲学がわかる本
』にはこうあります。
「こうしてパルメニデスは、生成、消滅、変化、運動、空虚といったもののすべてを人間の思い込み(臆見おっけん)として否定した。」
パルメニデスの言うことをまとめてみますと。
生成とは在らぬものから在るものが生じることであり、消滅とは在るものが在らぬものになることだ。これは明らかに自己矛盾をおかしている。
……ということでこれはバシャールの言うこういうことでしょうか?自己矛盾とは?
創造は存在そのものです。何かがそれを始めたのではありません。「前」はどうなっていたんだという疑問があるでしょうが、「前」はないのです。存在は存在している、それだけです。他に答はありません。 : バシャールの学校
存在は存在している、ただそれだけ。
いわゆる「存在」には初めも終わりもありません。皆さんの概念における「初め」から「存在」はありました。「存在」とは本質的にそれ自体が完全な定義付けとなっています。 by バシャールと宇宙連合
存在と非存在は同時には成り立たないので、もうすでに存在しているということは決して非存在にはならないということ。もうすでに存在してしまっていれば非存在の入り込む余地は無い……と言うことでしょうか?
さらにパルメニデスは、在るものがふたつ以上あるとすると、それらの間にはすきまがあることになる。すきまとは空虚(非存在)のことだから認めがたいと主張する。
以上のふたつのことからパルメニデスは、「存在とは永遠不変な一なるものとしか考えられない」とした。
さてこれらを踏まえてバシャール的に考えてみると
存在とはひとつのもの。
そしてすべてである。
であれば当然変化など存在しない。
生死も存在しない
永遠に変わらないひとつのものが存在しているだけ。
このことをバシャールは映画フィルムの一コマで例えている。
映画フィルムの一コマ自体は永遠に変化しない。静止画である。
映画フィルムという存在自体には変化はないが映写機に通して時間と場所を与えると、動画として、あたかも変化しているかのように観える。
もしみなさんが観念や定義を変えていなかったら、物理次元の時間と空間を体験することはできません。まったく何も変わらないように見えるでしょう。 by バシャール
逆に言えば、観念や定義を変えることによって時間と空間を生み出している。
つまり、生成、消滅、変化、運動、空虚は人間の”思い込み”であると。
存在と非存在が相容れないのであれば、存在の中に非存在も存在しない。
すきまという空虚はその性質上存在できないので、すべては一つにつながっていることになる。
つまり分離していない!
すべてはひとつである!
【Separation 分離】分離とは、あなたがすべてを創り出していることを忘れている状態、もしくは、あなたがすべてを創り出していることを忘れることが可能な現実を創り出している状態です。 by バシャールと宇宙連合
すべてはひとつのもの。簡単にいってしまえば、すべての原子は、ひとつの同じ原子。ひとつの点は、すべての他の点もその中に含むということです。宇宙とは常に、情報がホロニックに配列されたものなのです。それが意識そのものです。 : バシャールの学校
……ということで、もう少しで理解できそうな気がしますが、今の私には理解できません。これらがすべて結びつくはずなのです。整合性をもって……。

「こうしてパルメニデスは、生成、消滅、変化、運動、空虚といったもののすべてを人間の思い込み(臆見おっけん)として否定した。」
パルメニデスの言うことをまとめてみますと。
生成とは在らぬものから在るものが生じることであり、消滅とは在るものが在らぬものになることだ。これは明らかに自己矛盾をおかしている。
……ということでこれはバシャールの言うこういうことでしょうか?自己矛盾とは?
創造は存在そのものです。何かがそれを始めたのではありません。「前」はどうなっていたんだという疑問があるでしょうが、「前」はないのです。存在は存在している、それだけです。他に答はありません。 : バシャールの学校
存在は存在している、ただそれだけ。
いわゆる「存在」には初めも終わりもありません。皆さんの概念における「初め」から「存在」はありました。「存在」とは本質的にそれ自体が完全な定義付けとなっています。 by バシャールと宇宙連合
存在と非存在は同時には成り立たないので、もうすでに存在しているということは決して非存在にはならないということ。もうすでに存在してしまっていれば非存在の入り込む余地は無い……と言うことでしょうか?
さらにパルメニデスは、在るものがふたつ以上あるとすると、それらの間にはすきまがあることになる。すきまとは空虚(非存在)のことだから認めがたいと主張する。
以上のふたつのことからパルメニデスは、「存在とは永遠不変な一なるものとしか考えられない」とした。
さてこれらを踏まえてバシャール的に考えてみると
存在とはひとつのもの。
そしてすべてである。
であれば当然変化など存在しない。
生死も存在しない
永遠に変わらないひとつのものが存在しているだけ。
このことをバシャールは映画フィルムの一コマで例えている。
映画フィルムの一コマ自体は永遠に変化しない。静止画である。
映画フィルムという存在自体には変化はないが映写機に通して時間と場所を与えると、動画として、あたかも変化しているかのように観える。
もしみなさんが観念や定義を変えていなかったら、物理次元の時間と空間を体験することはできません。まったく何も変わらないように見えるでしょう。 by バシャール
逆に言えば、観念や定義を変えることによって時間と空間を生み出している。
つまり、生成、消滅、変化、運動、空虚は人間の”思い込み”であると。
存在と非存在が相容れないのであれば、存在の中に非存在も存在しない。
すきまという空虚はその性質上存在できないので、すべては一つにつながっていることになる。
つまり分離していない!
すべてはひとつである!
【Separation 分離】分離とは、あなたがすべてを創り出していることを忘れている状態、もしくは、あなたがすべてを創り出していることを忘れることが可能な現実を創り出している状態です。 by バシャールと宇宙連合
すべてはひとつのもの。簡単にいってしまえば、すべての原子は、ひとつの同じ原子。ひとつの点は、すべての他の点もその中に含むということです。宇宙とは常に、情報がホロニックに配列されたものなのです。それが意識そのものです。 : バシャールの学校
……ということで、もう少しで理解できそうな気がしますが、今の私には理解できません。これらがすべて結びつくはずなのです。整合性をもって……。
