アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』には、こうあります。

「あなたは人生のどこかの段階で、『不幸であること』を選ばれた。それは、あなたが不幸な境遇に生まれたからでも、不幸な状況に陥ったからでもありません。『不幸であること』がご自身にとっての『善』だと判断した、ということなのです。」

ここで言う善とは「自分のためになる」という意味の善だそうです。

例えば金銭絡みの怨恨によって殺人を犯したとしても、当人にとっては「しかるべき理由」が存在し、言葉を変えるなら「善」の遂行だと言えるとのこと。

なので不幸であることも、そうであることが「自分のためになる」「善である」と考えているからとなります。

これは以前取り上げた引きこもりの例と同じなんでしょうね。

引きこもりの場合も引きこもることを善であると考えているから引きこもっている。

何故善であるのか、何故自分のためになるのか?

考えられる理由は、人と出会わなければ自分が傷つかなくて済むから、自分の最大限の力を発揮する機会を先延ばしにすることによって今はまだ本気を出していないだけだと自信喪失の機会をも先延ばしできるから等々……です。

……ということで、面白いですね。

自分が不幸であるのは、不幸であることが善いことであると判断したから……とは。

この考え即ち「すべては自分の責任である」という考えはスピリチュアルの世界では常識ですが、心理学の世界でも同じようなことを言うとは。

バシャール的には、自分の現実は自分で創っているとなります。

すべての人は、自分の欲しいものを創造することができます。自分自身や他人を傷つけることなく、それができるのです。自分の現実は自分が創造しているのだ、とわかれば、好きな人生を自分で創造していくことができます。 : バシャールの学校

一見不幸に見えることであっても、それは自分が欲しくて創造した現実であったとなります。

アドラー的に言えば、不幸であることが自分のためになると考えた。

不幸であることを結果と考えるのが一般的な考えで、目的があって不幸でいると考えるのがアドラー心理学、不幸であるのはそう意味づけたからと考えるのがバシャール流とも言えるのかも知れません。

幸福になるのには、幸福になる道を自分で選ぶ、選択するだけです。不幸になる道を選ぶ代わりに幸福になる道を選ぶだけです。自分で幸福を選ぶとき、すべてのまわりで起きていることが、幸せな出来事になります。 : バシャールの学校

バシャールを読書する : それに肯定的な意味を与えれば肯定的な結果が出ます。否定的な意味を与えれば否定的な結果が出ます。非常に簡単な物理学、非常に簡単な機械的なものです。 by バシャール

以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』を参考にさせていただきました。