アドラー心理学に基づいた本『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』には、こうあります。

「怒りとは出し入れ可能な『道具』なのです。電話がかかってくれば瞬時にひっこめることもできるし、電話を切れば再び持ち出すこともできる。この母親は怒りを抑えきれずに怒鳴っているのではありません。ただ大声で娘を威圧するため、それによって自分の主張を押し通すために、怒りの感情を使っているのです。」

アドラー心理学の主張する「目的論」では怒りでさえもその順番が違ってきます。

この本には喫茶店でウェイターに買ったばかりの一張羅の上着にコーヒーをこぼされて怒り狂った人の話があります。

この場合、瞬時の怒りに「目的」など入り込む余地などないではないか!と。

しかしこの場合もアドラー心理学では、引用した文章と同じように、「大声を出す目的で、怒った」と解釈します。

大声という目的をかなえるために、怒りの感情をつくりあげた。
その理由は、恫喝してミスを犯したウェイターを屈服させ、自分の言うことを聞かせたかった。
言葉で説明する手順を面倒に感じて、より安直な手段で。

私はかなり怒りやすい性格です。
常時何かに怒っている気もしないでもありません。(^-^;

この場合、私はずっと、自分を怒らせる原因があってその結果怒っているのだと思っていました。それが世間一般での常識ですよね?

だから当然、怒りはその原因に向かっていくのですが、前にも話したように原因というのは常に時間的に過去に存在します。

もう存在しないものに対しては、現在からでは何もできません。
その対象が手に届かないところにあるのを知って怒りはさらに増してしまいます。

しかし、見方を変えて、どういう目的で自分は怒っているのだろう?という考え方をすると、解決可能な解決策が浮かんできそうな気がします。

このように、「原因論」で考えるより「目的論」で考える方が「中立状態に自由に意味を与える」という意味でバシャール的だし、建設的に思えます。

以上、岸見 一郎 さん (著), 古賀 史健 さん (著)『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』を参考にさせていただきました。

感情というのは観念に対する反応です。一番重要な感情は、愛です。他のものはすべて、それのバリエーションであり、自分の持っている固定観念に基礎を置いています。 by バシャール

怒りというものは、自分の中にあるもの、統一性なんですが、自分の中にあるエネルギーが出てきて、中にあるものと外にあるものが違うと思ったときに起きます。by バシャール

自然の怒りというものは十秒から十五秒しかもちません。それは怒りのとき、ワッとくる感じ、何かものを見たとき、自分の内と外は違うんだと思ったとき、パッと瞬間的にくるエネルギーなのです。 by バシャール