本当は、外というものはありません。一人ひとりが自分の現実を完全にいっぱいに満たしているのです。この物理的な現実は、文字どおり、みなさん自身でつくられています。自分の意識でできているのです。 : バシャール ゴールドより

とのバシャールの言葉

そんな馬鹿な!と一瞬思いますが

よくよく考えると当たり前のことを言っているに過ぎないと分かります。

人間の視覚にしても触覚にしてもそういうふうに見えるそういうふうに感じるというだけで

たとえば鏡に映った景色と本物の景色はそうと知らなければ区別はつきません。

そもそも錯覚と言う現象があるのだって人間は見えるようにしか見えないからだと思います。

極端に考えた場合、生きている脳に対して直接に視覚情報と触覚情報だけを与えれば、現実世界において、それを見てそれを感じているのとまったく同じことになります。

肉体がなくても脳だけが生きておりその脳に対して視覚情報や触覚情報を与えれば、感覚的には肉体を持って目でものを見て手でものを触ってと言うのを脳は違和感なく感じると思います。

つまり感じる意識のみで(肉体がなくても)、現実を現実のように感じそしてそのように生きることが可能だと思われます。

あるいは夢を考えた場合、夢の中では、意識のみを使って見たり聞いたり感じたりしているわけですから、実は現実と言うのは自分の意識で出来ていたのだ!というのはあり得てもおかしくありません。

ただ人間ではなく機械装置によってものを捉えた場合はどうなんだ?という疑問は湧きますが、おそらく夢の中でさえ機械装置によってものを捉えることは可能、そういう夢を見ることが可能なはずなので、機械装置で捉えた画像や機械装置で捉えた触覚の感覚データさえも、意識のみで創りだすことは可能に思えます。

おそらくいくら機械装置で現実と言うものをデータ化したとしてもそれが意味を持つのは、人間の視覚やその他の感覚を経由した後なので、あまり意味がないということでしょう。