バシャールの言葉に地球人は退屈しないためにがんばっているという言葉があります。
以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック1―ワクワクが人生の道標となる (VOICE新書)
』P.77より引用させていただきました。
最初と言うかしばらくは私はこのバシャールの言葉を無視していました。
そんな馬鹿な!と思っていたからです。
でも月日が流れていまは案外そうなのかもと思い始めています。
突き詰めると、人間は生まれて来た目的とか生きる目的とか、そういうのはないんです。
生まれて生きて死ぬだけです。
ただそれだけ。
だから生きることがある程度保障されているいまは人類は暇なんだと思います。
暇だから競争するとも言えるでしょう。
暇だからオリンピックをする。暇だからワールドカップをする。暇だから働く。暇だから遊ぶ。
ある意味そう言えてしまう。
何故そう言えるのか、そう、すべては無意味、すべては無、すべては空、すべては中立だからです。
住むところがあって食べるものがあればそれで生物としては充分満たされている。服だって寒さをしのぐ服さえあればいい。
昔は住むところと食べるものを確保するだけで一日が終わってしまったでしょう。
それがいろいろと便利になり、時間が出来て暇になった。
人類が最大に嫌なことは暇であることです。
その証拠に、会社に出て、狭い部屋に閉じ込められて何もしないでじっとしているのが、あなたの仕事だと言われたら、それが延々と毎日続くとしたら、ゾッとします。
ほんとに何もしないんですよ。ゲームもダメ。読書もダメ。運動もダメ。
ほんとに何もしない日々。
何もない部屋で椅子か座布団に座って何もしないで、ただ灰色の壁を見つめている日々。
そんな日々は苦痛以外の何ものでもありません。
普通の人は耐えられないと思います。
しかし一方で何もしないことに意味を見出せば、耐えられるかもしれません。
たとえば瞑想です。
毎日8時間の瞑想をする、であるのなら、先ほどの状況を耐えることができるかもしれません。
でも、瞑想さえも禁じられたら?
結局のところ、この場合も瞑想という何かをしているのです。
それが外部から分からないだけです。
……と書いてきてなんですが、今まで書いてきたことは、引用したバシャールの言葉からはずれているかもしれません。本質からずれているかもしれません。
今のシステムの中では努力をしたり頑張るのはお金のためですよね。
お金がすべてでありお金に絶対の価値を置いている社会システムではそうなるのも致し方ありません。
私達が社会や家庭から教えられたのは、努力をしたり、がんばっていないとお金を沢山稼げないぞ、ではないかと私は思うのですが、バシャールは退屈と言う言葉を持ち出していますね。
暇つぶしのために努力をしたり、がんばってやる。
お金のために努力をしたり、がんばってやる。
いずれも認めたくはないですが、そういう一面もあることは、認めざるを得ないと思います。
……と、特に結論はないです。そういう見方をすればそういう見方もできるなあと言うことです。
みなさんは創造の一部です。ただ、違う所から見た「目」のひとつひとつなのです。すべての「目」は、本当は平等です。違う視点から見ているだけなのです。ですから、意識の進化とは「たくさんの目をもって見る」ということです。 : バシャールの学校

この地球の人はよくやるんですが、一生懸命がんばるのは何のためか。
退屈しないためにがんばってるんです。古くから社会や家庭で教えられているんですね。努力をしたり、がんばってやっていないと退屈するぞって。
以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック1―ワクワクが人生の道標となる (VOICE新書)
最初と言うかしばらくは私はこのバシャールの言葉を無視していました。
そんな馬鹿な!と思っていたからです。
でも月日が流れていまは案外そうなのかもと思い始めています。
突き詰めると、人間は生まれて来た目的とか生きる目的とか、そういうのはないんです。
生まれて生きて死ぬだけです。
ただそれだけ。
だから生きることがある程度保障されているいまは人類は暇なんだと思います。
暇だから競争するとも言えるでしょう。
暇だからオリンピックをする。暇だからワールドカップをする。暇だから働く。暇だから遊ぶ。
ある意味そう言えてしまう。
何故そう言えるのか、そう、すべては無意味、すべては無、すべては空、すべては中立だからです。
住むところがあって食べるものがあればそれで生物としては充分満たされている。服だって寒さをしのぐ服さえあればいい。
昔は住むところと食べるものを確保するだけで一日が終わってしまったでしょう。
それがいろいろと便利になり、時間が出来て暇になった。
人類が最大に嫌なことは暇であることです。
その証拠に、会社に出て、狭い部屋に閉じ込められて何もしないでじっとしているのが、あなたの仕事だと言われたら、それが延々と毎日続くとしたら、ゾッとします。
ほんとに何もしないんですよ。ゲームもダメ。読書もダメ。運動もダメ。
ほんとに何もしない日々。
何もない部屋で椅子か座布団に座って何もしないで、ただ灰色の壁を見つめている日々。
そんな日々は苦痛以外の何ものでもありません。
普通の人は耐えられないと思います。
しかし一方で何もしないことに意味を見出せば、耐えられるかもしれません。
たとえば瞑想です。
毎日8時間の瞑想をする、であるのなら、先ほどの状況を耐えることができるかもしれません。
でも、瞑想さえも禁じられたら?
結局のところ、この場合も瞑想という何かをしているのです。
それが外部から分からないだけです。
……と書いてきてなんですが、今まで書いてきたことは、引用したバシャールの言葉からはずれているかもしれません。本質からずれているかもしれません。
今のシステムの中では努力をしたり頑張るのはお金のためですよね。
お金がすべてでありお金に絶対の価値を置いている社会システムではそうなるのも致し方ありません。
私達が社会や家庭から教えられたのは、努力をしたり、がんばっていないとお金を沢山稼げないぞ、ではないかと私は思うのですが、バシャールは退屈と言う言葉を持ち出していますね。
暇つぶしのために努力をしたり、がんばってやる。
お金のために努力をしたり、がんばってやる。
いずれも認めたくはないですが、そういう一面もあることは、認めざるを得ないと思います。
……と、特に結論はないです。そういう見方をすればそういう見方もできるなあと言うことです。
みなさんは創造の一部です。ただ、違う所から見た「目」のひとつひとつなのです。すべての「目」は、本当は平等です。違う視点から見ているだけなのです。ですから、意識の進化とは「たくさんの目をもって見る」ということです。 : バシャールの学校
