大いなる自己にとっては逆説は統合された同一のものなのです。対立する二つのものを見始めた時は、あなたの中でさまざまな振動がひとつになるのを知る時なのです。




以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック1―ワクワクが人生の道標となる (VOICE新書)』P.275より引用させていただきました。

すべてがひとつであるのなら、確かに、対立はあり得ません。

比較するということもないでしょう。

ひとつがひとつでそのままで分離することがなかったら、比べるということもない。

比べるということがなければ、オリンピックも無意味です。(^-^;

比べて競って一位を決めるから、そして一位が一番価値があるとみんなが思っているからオリンピックに意味がある。

たった一人でオリンピックをやっても無意味です。

いくら一位になって金メダルを独占しても……。

逆説に向かい合ったときは、本質に近づいているというしるしです。なぜならば、中心にいるときにのみ、それらの矛盾に見えるもの、相反して見えるものが、再び、ひとつのものとして調和できるからです。 : バシャールの学校

より高いレベルで見たとき、「これか、あれ」ではなく、常に「これと、あれ」なのです。つまり、別の視点から見ると、どちらも真実なのです。より高いレベルにおいては「逆もまた真なり」ということです。 : バシャール スドウゲンキ

最初にこういう物理次元を創り出したとき、皆さんの波動は高いところにあったということです。そして、それを体験するために自分自身の波動を下げて、その物理次元の波動へ自分自身を合わせていったのです。 by バシャール

自分自身が他の人と離れていて「個人」だということは、幻想ではありますが、自分が見るものはすべて自分が創り出したものですから、 「あなた自身がすべてである」 ということです by バシャール

純粋で均一な「存在」が自分自身を知った時、「存在」はすでに分離を始めたことになります。最初の分離、最初の分化は「知ること」なのです。 by バシャールと宇宙連合

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