この地球の人はよくやるんですが、一生懸命がんばるのは何のためか。
退屈しないためにがんばっているんです。
以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック1―ワクワクが人生の道標となる (VOICE新書)
少し大胆に、このことを考えてみます。
人間は生まれたら、後は死に向かうだけです。
そして、死は新たな生の始まりでもあります。
バシャールは魂は永遠だと言いました。
今存在するものは永遠に存在すると言いました。
だとしたら、生きる目的とか、そういうのは本来ないことになります。
魂は永遠で、人間は物質界に生まれ、そして死んでいく、ただそれだけ。
そこに特に意味はなく、それがあるがままの真実です。
でも、それだと退屈です。つまりません。
だから人間はいろんなものに意味づけをした。
元旦、大晦日……12月31日も1月1日も本当は他の一日と何の変わりもありません。
野球の2000本安打!……1999と2000の違いも本当は何もありません。たまたま10進法だっただけです。
冠婚葬祭……まさに意味づけの宝庫です。
ボルトがオリンピックの100メートル競走で優勝した。10秒を切った!……たった一人しかできないことには価値があるという意味づけ。100メートルという意味づけ。10秒という意味づけ。100メートルは100メートルと人間が意味づけたから100メートルとなっただけ。
社長にしても、大統領にしても、総理大臣にしても、すべて人間が意味づけをして、そしてその意味づけにみんなで喜んで縛られています。
暇で暇でどうしようもないとき、テレビゲームをするかもしれない。
このテレビゲームは絶対やらなければいけない、という性質のものではない。
テレビゲームをやらなくても人間は生きていける。
でも、暇は紛れる。
そして人間は、たとえば、ゲームに様々な意味づけを付加していく。
ゲームの優勝者、ゲームの達人、ゲームを作れば儲かる……。
意味づけが、新たな意味づけを生んでいく。
でも、それで人間は退屈しないようになった。
いつも忙しくしていることができた。
人間は必ず死ぬ運命にあるのを忘れることができた。
……案外、そういうことなのかも知れません。
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