この地球の人はよくやるんですが、一生懸命がんばるのは何のためか。
退屈しないためにがんばっているんです。




以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック1―ワクワクが人生の道標となる (VOICE新書)』P.77より引用させていただきました。

少し大胆に、このことを考えてみます。

人間は生まれたら、後は死に向かうだけです。

そして、死は新たな生の始まりでもあります。

バシャールは魂は永遠だと言いました。

今存在するものは永遠に存在すると言いました。

だとしたら、生きる目的とか、そういうのは本来ないことになります。

魂は永遠で、人間は物質界に生まれ、そして死んでいく、ただそれだけ。

そこに特に意味はなく、それがあるがままの真実です。

でも、それだと退屈です。つまりません。

だから人間はいろんなものに意味づけをした。

元旦、大晦日……12月31日も1月1日も本当は他の一日と何の変わりもありません。

野球の2000本安打!……1999と2000の違いも本当は何もありません。たまたま10進法だっただけです。

冠婚葬祭……まさに意味づけの宝庫です。

ボルトがオリンピックの100メートル競走で優勝した。10秒を切った!……たった一人しかできないことには価値があるという意味づけ。100メートルという意味づけ。10秒という意味づけ。100メートルは100メートルと人間が意味づけたから100メートルとなっただけ。

社長にしても、大統領にしても、総理大臣にしても、すべて人間が意味づけをして、そしてその意味づけにみんなで喜んで縛られています。

暇で暇でどうしようもないとき、テレビゲームをするかもしれない。
このテレビゲームは絶対やらなければいけない、という性質のものではない。
テレビゲームをやらなくても人間は生きていける。

でも、暇は紛れる。

そして人間は、たとえば、ゲームに様々な意味づけを付加していく。
ゲームの優勝者、ゲームの達人、ゲームを作れば儲かる……。

意味づけが、新たな意味づけを生んでいく。

でも、それで人間は退屈しないようになった。

いつも忙しくしていることができた。

人間は必ず死ぬ運命にあるのを忘れることができた。

……案外、そういうことなのかも知れません。

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