【いまから始めるバシャール!】地球人は退屈しないために頑張っている?


この地球の人はよくやるんですが、一生懸命がんばるのは何のためか。
退屈しないためにがんばってるんです。古くから社会や家庭で教えられているんですね。努力をしたり、がんばってやっていないと退屈するぞって。




以上を、バシャール (著), ダリル・アンカ (著), 関野直行 (翻訳) 『バシャール・ペーパーバック1―ワクワクが人生の道標となる (VOICE新書)』P.77より引用させていただきました。

「不安」と「ワクワクする気持ち」は、本当は同じエネルギーなのです。自分が分離して疑いをもつとき、それは、不安になり、自分が統合されていて、自分を信頼しているとき、それは、ワクワクする気持ちになります。 : バシャールの学校

ワクワクと不安は同じエネルギーで、それを肯定的に見ればワクワクだし、それを否定的に見れば不安になる。

もし不安をワクワクに変えることができたなら、努力する部分がより少なくなるそうです。

さて、一生懸命がんばるのは退屈しないため?について考えてみると……

おそらく、生きることには目的があると仮定するから、一生懸命がんばろう!となるのでしょう。
生きることには目的があるのだから、何もしないで生きているのは、居心地が悪いのでしょう。
だからがんばる。

生きていることには目的があるはずだと思うから、何もしないのは、すごく退屈に思えてくる。

でももしバシャールの言うようにすべてが本来中立であるのなら、生きることに目的がなくても別にかまわないはずです。

だいいちバシャールはこう言っています。

目的という考え方は、存在が創り出したものです。存在は目的という概念の前からすでに存在していたので、目的を必要としない存在でいるのです。目的は存在があるがままに存在することです。 : バシャールの学校

このことから類推するに、もうすでに生まれてきているのなら、生きることは必ずしも目的を必要としない、とは言えないだろうか?

ここであえて、生きる目的を設定するなら、生きる目的は生まれたままのあるがままに生きること、とも言えるのかも知れない。

あるいは、人が頑張るのは、満足感を得たいからなのかもしれない。

人より優れている、人より多く所有している、人に認められたい……などなど、人間の様々な欲望が求めるところは、結局は満足感なのではないか?

自分は人より優れているんだと満足したい、自分は他人より多くのものを持っているのだと満足したい、多くの人に認められるのはとっても満足することだ等々……欲しいのは満足感!

人が頑張るのは、何か物質的なものを得るためではなく、満足感を得たいだけなら……

……「いまここ」で満足すればそれは達成されます。がんばることなしに。


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