エゴは、苦しみに喜びを覚えるからです。エゴは状況や人にリアクションすることと、そこから生じる軋轢をとおして、肥大化しているのです。




エックハルト トール (著), Eckhart Tolle (原著), あさり みちこ (翻訳)『世界でいちばん古くて大切なスピリチュアルの教え』P.209より引用させていただきました。

この引用した部分までを以下にまとめてみます。

わたしたちは、自分にも他人にも、ちょっとした「わたしの物語」を話す。

これは「苦情」の形を取ることが多い。

他人や物事を「悪者」にし、自分を「正しい人」扱いすることにより「わたしは不完全な人間です」という自己認識に拍車をかける仕組みになっている。

「正しい人」になることにより、自分が優越したポジションにいる錯覚に陥り、偽の自己であるエゴを増大させる。

これはある種の敵をつくることになる。

エゴは自分のなわばり確保のために「敵」を必要とするのだ。

「すっかり習慣化した思考によるレッテル貼りと、かたくなな感情により、わたしたちは、他人と人生の出来事に対して独自のリアクションをする関係を築いています。」(同書P.207-209)

このリアクションは自分でつくりだした苦しみの一種であるとのこと。

……ということで、わかります!これ。

「わたしの物語」……あります。

たとえば

なんて車の運転マナーが悪いんだ!
私はちゃんと運転マナーを守っている。
なのにあの車はマナーが悪い。
悪は許せない!

せっかく今日は何々しようと思っていたのに、よりによって雨かよ。
ついてないなあ。

急いでいるときに限って赤信号にひっかかるなあ……

などなど振り返ってみると「わたしの物語」のオンパレードです。

でも、自分を「正しい人」扱いすることがなんで「不完全な人間です」の認識に拍車をかけるんだろう?

自分が正しいと思うのであれば、それは偽りではあるが、自分は「正しく完全な人間」だとの認識になるのではないだろうか?

正しい方が完全で、間違ってる方が不完全に思えるがどうなんだろう?

それとも偽りの自己を正しい人扱いすること自体が間違っているので、間違った正しさは、知らず知らずのうちに「不完全な人間」という認識を強化するということでしょうか?