今年から、丁度30年前の1976年、
東急グループで新しい会社が産声を上げました。
「消費者が手と頭を使って自分で楽しみながら
作る活動を応援する。
そのために各売り場の担当者が、
自分で専門的な知識を勉強し、
各担当者の裁量で商品を仕入れ、販売する。
そのためには多品種少量販売となり、
少品種を大量に売るという、
商売の儲けの鉄則とは逆行するが、
今後の消費の成熟化に応えるためには必要なはず。」
という企画段階のアウトラインはグループ内では
時期尚早である、と反対意見が多かったそうです。
しかし当時の東急不動産社長であった松尾英雄氏が賛成し、
東急グループの総帥であった五島昇氏がバックアップ。
「三十億くらいの損はするかもしれないが、
それくらいならいいだろう。
とにかくやってみろ。
ただし、既存の百貨店やスーパーの真似はするなよ。
自分たちでそのシステムを
向こう傷を負いながらつくっていくべきだ。
背中の傷は許せないけど、向こう傷ならいい。
おまえたちだけでやってみろ。」
こうしてハッパをかけられた創立メンバーは
「手の復権」
「手と知恵を活かす生活の楽しさを」
というコンセプトを推し進め、
専門店も含め、全国22店舗、売り上げ900億円の
人気業態に育て上げたのです。
そう、みなさんご存知の東急ハンズのお話です。
東急グループの二代目総帥五島昇を描いた
城山三郎著「ビッグボーイの生涯」より。
- 城山 三郎
- ビッグボーイの生涯―五島昇その人
東急というといろんな鉄道路線を買収しまくり、
強盗慶太と呼ばれた五島慶太氏が有名ですが、
その息子の五島昇氏もかなりの人物です。
東急グループは上記の東急ハンズの他に
渋谷、自由が丘、二子玉川、たまプラーザなど
沿線の土地もイメージが良いのですが、
そんな企業ブランドが形成される裏側が見られる上に、
まあ、五島昇氏がカッコ良すぎて
とんとん読めてしまいます。
