Numberの名物連載「カズへの手紙」

サッカー選手の三浦知義氏が友人からの

手紙とともに思い出を振り返る企画です。


最新号はべゼーハ氏からの手紙です。

え?べゼーハって誰?ですって?

まあ、無理もありません。

べゼーハ氏は無名のホペイロ(用具係)なのですから。


でもその手紙がすごく良いのです。

この場で全文をご紹介します。

(まあ、盗用ですな。)


「   親愛なるカズへ

 

 君のことはブラジルにいた時から知っていたけれど、

仲良くなったのは日本でのことだった。僕は当時、

読売クラブの監督だったぺぺからの誘いで「8ヶ月」

日本で働くことになった。8ヶ月が8年以上になるとは

あの時、想像もしなかった。日本というまったく文化の

違う国、言葉はわからないし、友達もほとんどいない。

さらに当時日本のサッカー界には、僕の職業。ホペイロ

というものがなかったんだ。いや、日本だけじゃない。

アジアになかった。だから初めてアジアに来た

ホペイロというわけだ。最初は僕が信用されていない

ことがわかった。初めての試合は、ヤマハ戦だった。

試合が終わった後、僕の所にスパイクやユニフォームを

置いていったのは、19人の選手のうち、8人だけだった。


僕は、自分の仕事を認めてもらおうと、全力で仕事を

したよ。スパイクの泥を落として、手入れして磨いた。

ユニフォームは洗濯し、アイロンを掛けた。君は

みんなが集まった時、僕のことを指さした。ホペイロが

チームの中で、どれだけ大切か、ホペイロという仕事の

重要性を話してくれた。それから選手たちの僕を見る

目が明らかに変わった。君はブラジルに8年いたから、

ホペイロの仕事の重要性を理解していたんだね。40人分の

選手にユニフォームを洗うと言う仕事を終えた後、

僕はユニフォームを置く棚をつくるために徹夜したことも

あった。ちょうど午前中の練習が始まるまえにようやく

眠り、目が覚めたら昼だった。そしてもう練習は終わろうと

していたんだ。そんな風にして、僕はホペイロの

仕事を日本に伝えたんだけれど、君の手助けは本当に

ありがたかった。本当に感謝している。僕は君の

ことを知らない友達に、君のプレーを説明するときに、

フルミネンセにいたカフーリンガの話をするんだ。

ブラジル代表の右サイドバックのカフーは、彼に

似ているから、カフーと呼ばれるようになった。

試合が終わった後に、君とよく試合内容について話した

ものだったね。僕は君の“相談相手”だったことを

自慢したい。その後、君はイタリアのジェノアに移籍

していった。満足できる活躍はできなかったかも

しれない。でも、ああいったことはサッカー選手には

つきものだよ。時に乗り越えなければならない障害物は

あるものだ。日本に戻ってきた時、君がいい時期の

プレーを取り戻していたこと、さらに安定感のある

プレーができるようになっていたのを見て安心したのを

覚えている。中略

君は今、日本、僕はブラジルにいる。

離れているけど、君からまなんだことを胸に刻んでいるよ。

友人というのは見返りを期待せずに親切にすること

このことを僕は残りの人生守っていくつもりなんだ。

                   君の友人 べゼーハ」


Number 7月14日号 より


全盛期のうちに華麗に引退することを

拒否し続けるカズ選手。

こうなったらかっこ悪くても無様でも

ボロボロになるまでJ2でも、JFLでも

サッカーを続けて欲しいと思っていました。


しかし、その日は思ったより早く

来てしまいました。

成績不振のチームが戦力の再編のため、

カズ選手をJ2の横浜FCに放出することを

決めたのです。

自分自身のプライドを取り戻すため、

遠い地の友人の無償の友情に応えるため、

もう一度ピッチで輝いて欲しいと思います。

カズ選手、頑張ってください。