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あおの日記

アラフォー共働き主婦の日常






先日、推し活を兼ねて沖縄に旅行に行ってきました。

旅行に対するモチベーションが長い間ゼロだったので、重い腰を上げて何とか申込み・出発した感じでしたが、実際に行ってみたら楽し過ぎました目がハート




今回の旅の目的は、

1  推しのイベントに参加する
2  結婚式を挙げたホテルを再訪する
3  沖縄DFSで買い物する
の3つ。

推し活については、需要がない内容だと思いますので詳細は省きますが、控えめに言って最高でした!
明日からまた頑張るための元気をもらいました。

ただ、今回、サインしてもらえることを知らなくて事前に何も用意しておらず、咄嗟にスマホを差し出したものの、せっかくのサインが消えてしまうのが怖くて、旅行中ずっとスマホが使えなかったという……
スマホがないともはや生きていけないってことがよくわかりました泣き笑い



推し本人が色付けしたシーサー↑

何と抽選で当たって一体我が家にいます。家宝です。


そしてイベントが終わった2日目のお昼、すぐ近くのルネッサンスリゾートオキナワに立ち寄りました。
その昔、私たちが結婚式を挙げたホテルです。
お互いに家族と親友数名のみ参加の小さな式でしたが、その時は両親もまだまだ若くて元気で、気心の知れたみんなで沖縄を楽しみ尽くした、今となってはかけがえのない大切な思い出です。


昔とほとんど変わっていない風景に少しうるっとなりつつ、ロビーラウンジで軽食を食べ、レンタカーの返却予定時間が迫っているので急いで那覇に戻ります。

スーツケースだけを宿泊予定のホテルで預かってもらい、レンタカーの返却場所でもある沖縄DFSへ。
その後、閉店まで残りわずか1時間半ほどでしたが、明日の下見というくらいの気持ちで店内を見て回ることに。

VCAは入店待ちの方が1人、このくらいならすぐかなと思い行列に並んでみたのですが、15分以上経っても一向に案内されず…どうしても見たいものがあったわけでもないので、諦めて離脱。

そしてティファニー → カルティエへ。
そこで、下見程度のはずがものの10分ほどで大物(私にとっては)を即決してしまいました泣き笑い

これです↓


 

クラッシュのバングル✨


ずっと前から欲しいと思いながらも、なかなか勇気が出ず…そうこうしているうちにあっという間に価格も上がり、もう半分諦めていたのですが、今回免税➕ポイント還元ということで思い切って購入することができました!


ここらへんの話は次回また詳しく書こうと思います。


ただ、天国の両親から、また無駄遣いして…と言う小言が聞こえてきそうです泣き笑い




この週末は久しぶりに何の予定もない週末でした。

なので、ずっと後回しになっていた、父の車を動かす目的で夫とドライブに行ってきました✨


父が、亡くなる2ヶ月前に購入した真っ赤なオープンカー車

もう余命宣告もされているのに、車買っちゃうの?ポーンと驚いたものです。でも、それが少しでも生きる力につながるなら、と私も妹も大賛成しました。


結局、父はおそらく10回もその車に乗れていないと思います。でも、毎回、本当に楽しそうに乗っていたし、車と一緒に撮った記念写真を病室に飾って、看護師さんたちに嬉しそうに自慢したりしていて(笑)本当に買ってよかったなぁと思っています。


ただ、残念なのは、気持ちのいい季節にオープンにしてのドライブができなかったこと。3月末に一度、完全防備をしてオープンで走っていましたが、やはり寒いし目立つ(笑)とのことで、もっと暖かくなったらまた挑戦したいと言っていました。でも、結局、父が車を運転したのはそのときが最後で、もう一度運転したい、それが無理なら、家の駐車場でエンジンふかすだけでもやりたいと言っていたのに、実現できませんでした。


持ち主のいなくなってしまった真っ赤なオープンカー、父は、売却せずに私たち夫婦が引き継ぐことを望んでいましたので、今後は我が家の愛車として大事に乗っていくつもりです。


ただ、我が家にもすでに車がありますので、2台所有と言うことになります。しかも私は筋金入りのペーパードライバー、運転できるのは夫だけ。(そして駅直結のマンションなので車なくても全然生活できる…)

維持費を考えると分不相応かもしれません泣き笑い


ドライブ帰りに給油も洗車もして、ピカピカになった愛車を見て、父もきっと喜んでいると思います✨


先日、父が逝去しました。

がんで約2年間の闘病でした。


その間に、母にも末期のがんが発覚し、それまで看病してもらう側だった父は立場が逆転し、看病する側となってしまいました。もちろん、私もできる限りのサポートを頑張りましたが、老老介護ならぬ病病介護の日々は本当に大変だったと思います。

そして、その甲斐なく昨年末母に先立たれてしまった父。すっかり自分が先に逝くつもりで準備をしていたのに、母に追い越されてしまい、心労のせいかそれからは坂道を転げ落ちるように病状を悪化させていきました。


母がいなくなってからの5ヶ月。

父はほとんどの時間を病院で過ごしましたが、自分の亡きあと私たち姉妹が困らないよう、病床から本当にいろいろな準備や手続きをしてくれていました。

今になってそのことを知り、改めて深い悲しみに襲われています。


これまで、父とは、決して仲が悪かった訳ではないけれど、父に関してあまりに無関心だったなと思います。父の遺品を見ると、花や風景を撮った写真の数々、ノートに書き留められた何気ない文章、それらから本当の父の姿が浮かび上がります。


私は子供の頃からずっと、父に対して、頑固で気難しい人という印象しか持っていませんでした。でも、それは不肖の娘である私がそうさせていた(もしくはそう思い込んでいた)だけで、本当はとても繊細で心優しく、また人から愛される人だったのだと思います。


父が亡くなって病院を出る時、今までにお世話になっていた科の先生方、看護師さん方が業務中にも関わらず、本当にたくさん裏玄関まで見送りに集まってくださいました。葬儀社の運転手の方が、長い間この仕事をしているけれど、こんな光景は見たことがない、本当に皆さんに愛される方だったのですねとおっしゃってくださいました。

そして、訃報を父の友人の方々にお伝えした際には、皆さん本当に父のために悲しんでくださいました。


そんな父の姿を、私は生前にもっと知るべきだったし、もっと尊敬し感謝するべきだったなと後悔しています。


あっという間に約2週間が過ぎ、忌引き休暇も終わり、徐々に日常の生活に戻りつつありますが、それでも両親がもういないという現実をまだ完全には受け入れられていない自分を感じます。


両親は私にとっての根っこでした。

今まで散々好き勝手をして生きて来られたのも、両親という根っこがあったからだと痛感しています。

この歳になって今さら気付くことではないですが。


両親は今、あちらの世界で愛犬と共に毎日楽しく暮らしているのだろうと思います。

私もいつかあちらへ行ったら、また仲間に入れてもらえるといいな。その時は、もっとじっくり父と語り合いたいです。


それまで待っててね、お父さん、お母さん。

今までありがとう。