イギリス君と知り合って5日目、またメールが来た。
またコイツは私をパラレルワールドへ巻き込むつもりかと思っていたら、
「メイが今まで行った国を教えて。」と尋ねてきた。
私は10ヶ国の国名を伝え、
「好きな国ベスト4は、
イタリア、エジプト、パレスチナ、トルコだよ。
旅先で出会った友人達は、もう二度と会うことはないけど、一生忘れないよね。
不思議だ、旅先でほんの数日一緒に過ごしただけなのに。
イスラエル人とパレスチナ人と一緒に、ボディのない土台だけのジープに乗って、ヨルダン川西岸地区を走ったこと。
エジプト人の友人たちと夜遅くまでカフェに座り、大笑いしたことや、シーシャの匂い。
旅先で一緒に走り回って遊んで、その後、ずっと私のバスを追いかけてきた子供たち。
世界のマクドナルドのご当地バーガーを必ず食べて、写真を撮ってたな。
何だか旅にいけば、また私は元気になれる気がする!!」
何となく感傷的な気分になりながら、旅は素晴らしいと話した。
「イギリス君は、どの国に行ったの?」
彼は20ヶ国以上行っていた。
メールを消したので忘れたけど、あまり私とかぶらなかった。
アメリカくらいだった気がする。
「どの国が一番良かった?」
「それは難しい、全て違う国だから。」
(ええ、同じ国が2つは存在しないことは、多分私も存じております。)
「何かおもしろい思い出はある?」
「それは難しい、全て違う国だから。」
(あれ、さっきと同じ答えですね。)
本当に旅行したことある?
全く話が展開しない。
コイツはいつもそう。
まるで国際ロマンス詐欺師だ。
そしてこのタイミングで、
彼は何故か唐突に、私の故郷の写真を送ってきた。
彼は載っていなかった。
ただ私は、
彼に私の故郷を伝えていない。
※この理由は、後ほどすぐわかりました。
何の脈絡もなく、いきなり私の故郷の写真がどーんと一枚、送られてくるなんて。
しかし外国人はこういう祭りが好きだよな、なんてこの時は思った。
あ、そうだ!
写真といえば…。
私は自分のデスクの上にある、ロンドンのコンサート会場で、私のバンドのメンバーと撮った写真を写メして送った。
バンドのメンバーの顔は隠しておいたが。
(こうやって書くと、私たちがコンサート会場で演奏したように聞こえますが、私たちは超オーディエンスです!)
しかし私のロンドンの写真を送った後の、イギリス君の返事に、私はこの時は嫌な気分になりました。↓↓
「あ…こんな大事な写真、僕に送っちゃダメだよ。
大事な思い出はちゃんとそちらでキープしといた方がいい。」
↑↑
(だが、この後、この言葉を思い出し、
ちょっとは人の心がある奴かと思うことになります。)
例えばヨルダン君にも数枚、旅行の写真を送ったけど、
(はい、ヨルダン川西岸地区で、車体のない土台だけのジープに乗り、イスラエル人とパレスチナ人と一緒に遊んだ写真等です。)
ヨルダン君の返事はいつも優しかった。
「この写真が大好きだよ。」
「メイの美しさから目が離せない。」
「メイが食べてる〇〇を僕も食べてみたいな。」
「え!?この写真は一体どういう状況で!?」
(↑また変な写真を送ったな、私。)
そして私は、
イギリス君の英語の文法間違いに気づき始めた。
日本人も日本語を慌てて書いてて、間違えることはある。
でもそうじゃない、絶対間違いないことあるよね。
例えば、
「おいしかったです」と書こうとして間違えて、
「おしかったです」になったとか、それなら理解できる。
でも、
「おいしいだったです」と書いたら、
ん?この人、日本人じゃないな…って感じませんか?
「知らなかったです」じゃなくて、
「知らないだったです」とか。
「美しかったです」じゃなくて、
「美しいだったです」
書き間違えではない、
絶対に間違えないこと。
また通常イギリス人は、
「very」の代わりに「quiet」を使う。
私が高校時代から友達であるイギリス人は、長いメール一通に「quite」が4〜5回は書かれていた。
それほどイギリス人は「quite」を多用するが、イギリス君は「very」を使い、一度も「quite」を使ったことがない。
更にイギリス英語は、
「neighbor」 を「neighbour」と書いたり、特徴がある。
(すみません、これを言うとイギリス人に怒られますね。英語は彼らのものですから。)
初日のメールはネイティヴの英語だったのに。
誰か違う人が書いているのかな?
これがネイティヴではない友達なら、おそらく私もスルーしていた。
でもネイティヴではないヨルダン君さえ、こんな文法の間違いはしない。
せいぜい、軽いタイピングミスくらい。
イギリス君は詐欺師なのか?
するとイギリス君は、
「メイ、
僕がメイにどの国に行ったか聞いた理由はね、、、」