心があたたかくなる事が
全ての人に起こりますように



おでんを沢山作って
タッパーに詰めて
岐阜へ行ってきました
両親と義妹が立て続けに亡くなり1人になって3年
実家にひとりぼっちになった弟へ差し入れ
久しぶりに晩遅くまで、ゆっくり話ができました。
弟は私以上に綺麗好きでマメな人ですので、おうちも綺麗にしており、朝からお味噌汁を作り納豆ご飯を食べていました。
娘家族が、車で10分くらいのところに住んでいて、週末には来てくれているので安心です。
それでも子供たちには心配をかけるので言えないつぶやきもある〔わかるよ〕
お姉ちゃんがいてよかったわ〜
そんな嬉しいことを言ってくれました。
なかなかゆっくり話す機会がなかったので、私にも嬉しい時間でした。
「◯◯ちゃん何が食べたい?」
そんなことを聞きましたが
「何か食べたい物というより、一緒に外食に行きたいな」と言います
あまりに立て続けに身内を亡くし、義妹はまだ若く、本当に急逝だった為、こちら側の親戚にも知らせなかった弟〔私も弟が言うまで、いつも電話してた叔母への連絡を経って‥先日亡くなったことが心残りです〕
私も敢えて何も言いませんんでした。
本当に辛い時、誰とも話したくないです
慰めの言葉もいらないし
質問されるのも嫌
やっと熊本の叔母の葬儀の際、電話で従姉妹たちに先日話せたとのこと
心からの慰めを頂き、気丈にしていた壁が崩れて、溢れ出したようでした
昨日のお昼は、キムタクも行った🤪 家族の思い出もあるうなぎ屋さんでひつまぶし定食を食べました。〔うなぎが1匹入ってました〕
昔家族でよく食べた、鯉こくもついてとても美味しいひつまぶしでした〔量が多いので、半分持って帰りました〕
子どもの頃からの思い出話や両親の事を話せるのは姉弟だからこそ
いろいろあったので‥
親しい友人でさえ、話せない事まで分かり合える人は弟だけ
話が出来る人がいると言うのは幸せな事
親しい友人はいても、何もかも包み隠さず話せる友は、2人だけいます。
その2人に今回会えました。
彼女は一緒の楽器屋さんの講師仲間でした。〔後輩〕
前日と当日連絡したのに
忙しい2人なのにそれぞれ時間を空けてくれて、久しぶりに会えました。
40年前2人でよく行った、開店したての喫茶店が、今もやっていました。
40年前に初めて食べた、あんかけパスタ❤️
これこれ‼️
食べました
私も彼女も翌日あった友人も〔弟も〕
大切な人に心配をかけたくないので、1番辛い時期には連絡を取らない。
彼女とも会うのは10年ぶり
疎遠にしていたわけがあったのです
詳しくは言いませんが、変わってやれない息子の病気の治療でした
今は彼女も病気観察中
心が折れるから言えなかった
話したり会えなかった
わかる
私たちはそうだよね
もう1人の、小学5年生から中学〔部活のソフトボールも一緒〕高校も一緒のご近所さんと岐阜モーニング
いつも彼女の喫茶店チケットでご馳走になってます。
岐阜はよく喫茶店モーニングに行くので、チケットが喫茶店に置いてあります笑
モーニングの後、昨年完成した新社屋を見せてくれました〔とある会社の社長さんです〕
岐阜1番の造園屋さんの彼女のお父さんが、壊されるいろいろなところの木や石〔大岩〕をもらってきては造園されたお庭が見事でした。〔枯山水もありました。〕
撮りきれませんが、一日中見ながら座っていたい公園のようなお庭を90歳になるお父ちゃんが造られました
宇宙へ行った桜の木の種を発芽させ〔これが大変難しいらしい〕桜を開花させた樹木医さんでもあります
お父さん90歳にもなっていますが、ブルベリーやいちじく畑も大きくし続けていますが、そして‥まだ夢があるんですって〔膨大な夢〕
多分実現されるでしょう
それを実現されたら食べたいな
テニスのハードコートもあり、車椅子テニスの方を応援しているらしい
社屋内も見せていただきましたが
これが全て素晴らしい
古い家の欄間や建具や天井絵を取り入れたショールーム
素晴らしい組子細工〔大阪の職人さん〕の天井照明
一刀彫の欄間
後世にも残したい芸術家の作品
古き良きものを頂き〔岐阜、京都や大阪、東京などでご縁で頂いたらしい〕
それありきで設計された新社屋でした。
博物館のようでした
彼女の成功が嬉しい
岐阜に帰りたくなるわ
充実した岐阜の実家への旅でした