私は、現在名刺屋をしていますが、昭和61年ころ、任天堂のゲームソフトがファミコンしかないころ、中古のゲームソフトの中古売買を広島のスーパ-の店頭で、日本で最初に始めたのは自分だと思っています。
3年目には、嫁さんと二人とアルバイト4人で年商1億6千万くらいあったと思います。
この頃は仕事もしていましたが酒とゴルフ三昧でした。
経営者としては未熟で、後からでてきた業者に大きく離されてしまいました。
また、携帯電話の2次代理店もアナログ電話からデジタルに変わるころから始めてましたが小遣い稼ぎで終わってしまいました。
しかし、プリペイド電話の販売はセルラーのプーさんから始めてましたから、これも全国的に最初だと思います。
ホームページ作成も広島では、どこにも作成業者はないころから、自分で作っていましたし、広島の大きな会社のホームページも最初のころは手掛けた会社もあります。
時代の先取りはしてきたと思っています。しかし、全て、事業として責任は負いたくない、借金もしたくない、リスクも負いたくない、給料を払う責任も負いたくない。家族を養う責任と自由に生きたいと思う気持ちで精一杯で、まだ、この頃は経営者ではなかったようです。
時代の流れについてゆけず、たまたま、名刺印刷を始めました。
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