『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』、2007年ポール・トーマス・アンダーソン監督、 ロバート・エルスウィット撮影。



 これは凄い傑作。これを選ばず『ノー・カントリー』を選んだアカデミーは恥を知れ。オープニングの採掘シーンから一切セリフが無く画面と音で勝負しており、その迫力はラストまで持続する。ダニエル・デイ・ルイスが子供を助け出して食堂に運び込むまでの移動長廻し撮影を初めとして、力強いショットの持続力が半端でない。

 途中、石油の雫がキャメラにつくカットには痺れる。撮影時に意図していたか否かは定かではないが、少なくとも編集時にはこれを意図して入れたのだろう。緻密な計算と準備による作品ではあるが、こういう「偶然」を画面に取り込む力、そして、それを作品の魅力としてしまう力、ロッセリーニの系譜にも連なる監督の力をまざまざと見せつけてくれる。

 また、ブラームスのバイオリン協奏曲第3楽章が実にはまっている。

 『アフタースクール』(2008年;内田けんじ監督、柴崎幸三撮影、大泉洋主演)を観た。

 面白い。相変わらず。デビュー作『運命じゃない人』でも冴えていた脚本が、今回も冴えていて素晴らしい。なんか、絶好調の時のロナウジーニョやクリスティアーノ・ロナウドをみるようなキレまくりの脚本だ。ここまで「物語」にこだわる監督、今時珍しいと思うが、その完成度、凝り度は最近では他に類を見ない。

 1940年代~60年代くらいに活躍したアメリカの映画監督ビリー・ワイルダーの薫陶を受けているのではないか、と推測されるが、凝りに凝った脚本と緻密な物語構成、ラスト近くになってくると「えっ!?」というドンデン返しの連続となる仕組みは、リメイクや原作ありの題材から映画化するのが多い現在の邦画界の中では異質な存在感を放っている。

 また、脚本ばかりに目を奪われがちな作品だが、

その映画を作る力も素晴らしく、カットの構成、構図、音の使い方、オフスペースの活用、など、堂々たるものである。

 映画には2タイプあり、脚本から絵コンテを作りこみ、撮影前から既に映画が出来上がっていて、そのプラン通りに製作していくタイプと、一応脚本なりは最初はあるにしても監督の感性やその場の状況に応じて即興的に撮影していき、撮影と編集を通じて製作していくタイプとがあるとすると、内田けんじは明らかに前者の極だ。前出のワイルダーや、ヒッチコック、黒澤明や小津安二郎が前者タイプだし、後者タイプとしては、ジャン・ルノワール、ロベルト・ロッセリーニ、ジョン・カサベテス、そして日本では北野武などが当てはまるだろう。

 キャメラが弱く、画面にあまり力が漲っていない、とか、脚本が緻密過ぎて説明の為のショットが多くなりがち、とかいった「欠点」がないとは言えないのだが、それでもこの「異質」な監督の作品は、圧倒的に面白く、次回作も楽しみで仕方が無い。

 シド・チャリシーが亡くなった。ご冥福をお祈りします。
私の最も好きなミュージカル映画『バンド・ワゴン』でフレッド・アステアと踊ったあの優雅な姿が忘れられない。 
 アステアと言えばジンジャー・ロジャースだが、一番輝きを見せた組合せの相手はシド・チャリシーだったのではないか。スタイルが抜群で、踊りも素晴らしく、『雨に唄えば』でジーン・ケリーと踊った場面も良かったが、彼女のキャリアの白眉はやはり『バンド・ワゴン』だろう。
 ハリウッドのミュージカルは『ウエストサイド物語』以降、最近の『シカゴ』や『ドリームガールズ』に至るまで、カットを細かく割り、編集で歌や踊りを繋いでいく“MTV的”なものばかりとなってしまったが、フレッド・アステアやジーン・ケリーが活躍した頃、即ち、1930年代~50年代は、ダンスシーンになると、カット割りを殆どせず、長廻しのフルショットでじっくり至芸を味あわせてくれていた。好みはいろいろあろうが、淀川長治さんがいみじくもおっしゃっていた、「ミュージカルは『ウエストサイド物語』の登場で壊れてしまいましたね。」という意見に私は賛成だ。
 そのミュージカル映画が一番輝いていた頃の、私にとっての最高傑作が『バンド・ワゴン』、最高のダンサーが、フレッド・アステアとシド・チャリシーだ。アステアの自伝『Steps in Time』で、アステアはシド・チャリシーに惜しみない賛辞を贈っているが、まさに『バンド・ワゴン』での“ガールハントバレエ”には痺れたし、何と言っても“ダンシング・イン・ザ・ダーク”は優美さの極みで、素晴らしいセット美術とキャメラの中、2人のシンプルな白い衣装が美しく、特にシド・チャリシーの美脚を見せるために作られたであろうスカートの見事なつくり、ぴったりと息の合った2人のダンス、何回でもそこだけ繰り返して観たくなる、映画史上の残る瞬間だと思う。
Dancing in the Dark

http://jp.youtube.com/watch?v=duLFwcsc6Nc&mode=related&search=

 シド・チャリシー、ありがとう。