去年の秋はアメリカへ行ったのが、もう懐かしい。

大きなスーツケースに、あれもこれも詰め込む、それだけじゃない。

ひとりの旅は、すべて自分でやらなくてはいけないから、結構緊張の連続だった。

(ボケてなんかいられないものね。)


長時間のフライト。ひとり旅の閉ざされた空間。

でも不思議と心は穏やかだった。

なぜ?

 

高度が上がり、そして一万メートルの上空は

飛行機は雲の上を滑るように、音もなく進んでいく。

本当は、時速800キロメートルの世界を

駆け抜けているのに。

私は座席前のモニターのフライトデータ画面を

見つめた。

 

その不思議な静寂。そこで私を包んでいたのは、

孤独ではなく、深い安心と、凪のような平和。

 

私は孤独ではなかった

その理由を考えてみることもしなかった。


そしてやっと今、はっきりと、

眠れない夜の遅い時間に、気がついた。


夫が住む私のまだ知らない世界が、

きっとこんなに穏やかな場所なのかもしれないと。


夫と一緒に行きたかった。

その思いに押しつぶされそうな自分も、

確かにいた。

でも、それだけではなかったのだ。

私は夫を感じながら、旅をしていたのだ。。


そう確信できた時、一万メートルの上空が

夫を感じる場所に変わっていた。


また、どこかへ行こう、と。決めた。


(友人が、明日ヨーロッパへ。国際音楽コンクール

中の孫守りに行く。大変だっ!)


 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

3年も経ってしまいました。


3年前の2月の最後の予約診察日。

広い院内の移動、既に夫は車椅子を使わないと

無理でした。

シースルーのエレベーターで

血液検査センター、

そして上の階の診察室へ。

待つこと2時間。

主治医は血液検査データを見るなり顔が

引き攣ったのを、私は見逃さなかった。

主治医は努めて冷静に振る舞っていても

かなり慌てた様子。言葉はきつくても心は

優しい良い先生なのだろう、と。

“では2週間後に予約を入れておきますね。”

短い診察が終わり廊下で精算用診療ファイルを待つ。

と、診察室から主治医がわざわざ出て来られた。


🧑‍⚕️ “お大事に。次回の診察は奥さんだけで

良いですよ。”

👵 “ありがとうございます。”


夫は、主治医の言う意味がわからなかったらしい。

👴 “先生、変なこと言うね。”

分かろうとしなかったのかもしれない。


私には、主治医が夫の命は2週間持つのは

危ういと知っているのだろうと察した。

夫には、言えるはずもない。


夫は、最後の診察日から約2週間後に

息を引き取った。



主治医が慌てた血液データから🩸

毎回の短い診察時間に主治医はLDHの経過を

追っていたのを説明していた。

LDHの急激な上昇は、たぶん医療では手に負え

ない程の急カーブだったから。

素人にはわからないことだらけ。

でも主治医は短時間に伝えてくれていたのだ。

検索

LDH(乳酸脱水素酵素)は全身の細胞(肝・心・腎・筋肉・赤血球)に存在する酵素で、組織が破壊されると血液中に漏れ出し、数値が上昇します。急性肝炎、心筋梗塞、がん(悪性腫瘍)、溶血性貧血などで高値となり、全身的な細胞の損傷を反映するスクリーニング項目です。






日本人は昔から意見の対立を好まない。個を確立し、意見が異なっている人との違いを認め、その上でうまくやっていくという努力を好まない。古くからあるこの体質によって日本は泥沼の戦争に踏み込んでいったのです。


この言葉、突き刺さる。