端書(はがき)がきたから奮発して此手紙を上げます。・・・
君方は新時代の作家になる積(つもり)でしょう。
僕もその積であなた方の将来を見ています。
どうぞ偉くなってください。然し無暗にあせっては
いけません。ただ牛のように図々しく進んでいく
のが大事です。 ・・・・
これは、晩年の夏目漱石が彼の書斎に足しげく通った作家志望の
門下生に送った手紙の一部です。青年の名前は芥川龍之介。
芥川龍之介からハガキをもらった漱石が返事として出した手紙です。
その中にある「ただ牛のように図々しく進んでいくのが大事です。」
の一文に私は励まされています。
私は鍼灸師として日々の臨床に「繊細さ」が重要だと感じています。
ツボの位置をミリ単位で判断していますし、患者さんの訴えには
細かく対処することを心がけています。
一方で、施術において自分の思い描く経過をたどらず、力不足を
痛感させられる症例や、お互いのために施術をお断りする場面も
あります。
繊細さは必要ですが、『繊細な精神』では到底立ち上がれないような
逆境が日常的に起こり得るのが鍼灸院の現場でもあります。
時に『牛のような精神』でなければ、鍼灸院を運営していけないとも
思えてきます。 (牛が本当に図々しいのかは知りませんけど・・)
繊細かつ図々しい。
美しい響きには聞こえませんが・・。
鍼灸師に限らず、生きていくために必要なスキルではないでしょうか。
私がこの一文に出会ったのは、この一冊からです。
「夏目漱石の手紙に学ぶ 伝える工夫
」 著:中川 越
文章での伝え方を勉強するつもりで購入したのですが、
漱石の手紙を読んでいると心地よい気分になり、趣味と
しての読書を楽しみました。
恥ずかしながら、夏目漱石の作品を一つも読んだことは
ありませんが、「夏目漱石」がどんな人物だったのか、深く
知れたように思います。夏目漱石の作品が好きな方には
おすすめの一冊です。