私は雑魚よ。


すごい実績があるわけでもない。
圧倒的な自信があるわけでもない。
「私についてきたら大丈夫」なんて、堂々と言えるほど強くもない。

むしろ、昔からずっと思っていました。

売るのが怖い。
発信するのが怖い。
自分の商品を出すのが怖い。

誰かに見られるのも怖いし、
誰かに期待されるのも怖い。

もっと言えば、
期待されたあとに、がっかりされるのが怖かった。

だから私は、強い人みたいに振る舞えませんでした。

「絶対変わります」
「今すぐやりましょう」
「本気なら行動できます」
「覚悟が足りないだけです」

そういう言葉を見るたびに、
たしかに正しいのかもしれないけど、
昔の私には少し苦しかった。

だって、それができないから止まっていたから。

行動した方がいいことくらい、わかっている。
発信した方がいいことくらい、わかっている。
売らなきゃ何も始まらないことくらい、わかっている。

でも、怖いものは怖い。

自信がないものはない。

自分の商品を出すたびに、
「こんな私が売っていいのかな」
と思ってしまう。

だから、私は自分のことを雑魚だと思っていました。

でも最近、少しだけ思うんです。

雑魚だからダメなんじゃなくて、
雑魚だからこそ、雑魚の気持ちがわかるんじゃないかって。

強い人の言葉は、たしかにまぶしいです。

実績があって、
自信があって、
堂々としていて、
迷わず前に進める人。

そういう人の言葉に救われる人もいると思います。

でも、昔の私みたいに、
そのまぶしさで余計に自分の弱さを見てしまう人もいる。

「私はああなれない」
「やっぱり向いてない」
「こんなに弱い自分には無理だ」

そう思って、また静かに戻ってしまう人もいる。

私は、そっち側の気持ちがわかります。

強く売れない人。
売ろうとすると手が止まる人。
自分の言葉に責任を持つのが怖い人。
相手を煽ったり、急かしたりするのが苦手な人。

そういう人は、弱いのかもしれない。

でも、いい加減な人ではないと思うんです。

むしろ、相手のことを考えすぎている。

相手を傷つけたくない。
期待させすぎたくない。
損をさせたくない。
がっかりさせたくない。

だから、強く言えない。

それをただ「覚悟がない」と言われたら、
昔の私は、たぶんもう何も言えなかったと思います。

だから私は、雑魚のままでいいと思っています。

少なくとも、最初から強者ぶらなくていい。

堂々と売れないなら、
堂々と売れない自分から始めたらいい。

自信がないなら、
自信がない人の目線で言葉を書いたらいい。

全部を自分で背負えないなら、
全部を背負えるふりなんてしなくていい。

私たちは、いきなり誰かを変える人にならなくていい。

まずは、昔の自分みたいな人が、
少しだけ立ち止まれる場所を作れたらいい。

私は、昔の自分に何かを売りたかったわけじゃありません。

ただ、あの頃の自分の前に、
こういう言葉が置いてあったら、
少しは楽だったかもしれないと思うんです。

強くならなくていい。
すごくならなくていい。
今すぐ自分の商品を売れなくてもいい。

まずは、
「自分が何に怖がっていたのか」
そこを見てもいい。

売れない自分を責める前に、
発信できない自分を責める前に、
行動できない自分を責める前に、
一度、自分の怖さをちゃんと見てもいい。

そう言ってくれる場所が、
あの頃の私にはなかった。

だから今、ここにそっと置いておきます。

昔の私みたいに、
売るのが怖い人。

発信するたびに、
自分の弱さを見てしまう人。

誰かの役に立ちたいのに、
「こんな私でいいのかな」と止まってしまう人。

強い人の言葉を読んで、
余計に自分はダメだと思ってしまった人。

そんな人が、
少しでも自分を責めずに済むように。

雑魚は、雑魚のまま終わりじゃない。

雑魚だからこそ、見えるものがある。
雑魚だからこそ、わかる痛みがある。
雑魚だからこそ、強い人には届かない場所に言葉を置ける。

私はそう思っています。

だから、無理に強くならなくていい。

まずは、自分がどこで止まっていたのか。
何を怖がっていたのか。
本当はどんなふうに届けたかったのか。

そこを、少しずつ見ていけばいい。

必要なタイミングで、読んでみてください。

ここに、そっと置いておきます。

必要なタイミングで、読んでみてください。

私みたいな雑魚が、
昔の雑魚だった自分に向けて、
ここに、そっと置いておきます。