オリンピックには「魔物」が棲んでいると形容されます。

勝てば実力、敗ければ「魔物」の所為。

「魔物」、便利な生き物です。

 

ひとつ出たホイ、一人娘

ナントカ・ウタという柔道選手の号泣事件が尾を引いているようです。

同情論、キビシイ意見、いろいろあるようですが

駒沢大の柔道の先生が試合のVTRを繰り返し見ながら解説、

 

「彼女の右手がなんら有効に働いていない、ただガムシャラに動いているだけ」

「敗けるのは必然でした」

と言っていました。

 

敗けて勝者を称えることなく、ただただ自分が敗けた悔しさを感情的に表した勝利万能主義。

一方試合の勝者、ケルディヨロワ選手、

「彼女はオリンピックのチャンピオンであり、レジェンド。

尊敬しているから、喜びたくなかった」

彼女のほうが、余程柔道の精神をわきまえているようです。

 

レジェンドにあるまじき身勝手な振る舞い

兄との兄妹愛などを美談仕立てで報じる日本のメディア、

日本選手の勝利が視聴率=スポンサー獲得に直結する有力コンテンツ、オリンピック、

これでもかのニッポン・チャチャチャ、

いい加減にしてほしいもの。

 

ふたつ出たホイ、二人娘

メダルの有力候補と謂われながら緒戦で敗けた女子フェンシングの選手。

「魔物」が潜んでいて敗けたそうです。

なまじ旗手なんかしちゃったので、勘違いしてしまったのでしょうか。

 

感情的に報じるのでなく、

感傷的に報じるのでなく、

ちゃんとフェンシングが解っている解説者が、敗けの「必然」を解明してほしいです。

 

みっつ出たホイ、三人娘

その前には体操の選手が飲酒喫煙でチクられて、出場辞退になりました。

 

トレセン、味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)の居室内での飲酒行為の内部通報といいますから、

チクった人は、そこに一緒に出入りしていた限られた選手、スタッフだろうと謂われています。

飲酒喫煙の選手が出場取りやめになれば繰り上げで交代出場できる可能性のある補欠選手だったりするのでしょうか。

 

しかし実際は、

エントリー期間が終了しているため、病気やケガなどの理由を除いて選手の入れ替えは不可能だったそうです。

「補欠で同行中の杉原愛子(TRyAS)の繰り上がりは認められない」

なんて、書いてありました。

 

誰が「内部通報」したか知りませんが、あちこちに禍根を残すだけの、

無駄な行為に終わりました。

 

そしてこの騒動には、

「国の税金で強化合宿をしてもらっているクセに飲酒喫煙とは怪しからん」

なんていう声が、ネットに多かったそうです。

 

オリンピック出場選手を「国の税金で強化合宿」することが、

不思議な、異常なことと思わないのでしょうか。

 

むかし日本がオリンピックでなかなか勝てない時代、

勝つのは米・英・仏といった大国か共産圏の国ばかり、

共産圏の選手が強いのは共産主義のプロパガンダ、

「アマチュア」といいながら国が強化費を注ぎ込んで作った、

ドーピングも当たり前に行って作られたプロの選手、

「ステート・アマ」だ。

 

なあんて謂われたものでした。

 

ところが現在、

日本がかつての共産圏諸国のように、

スポーツをナショナリズム鼓舞の道具として使いたい日本政府の意向をうけて、

国威発揚のために膨大な予算を注ぎ込み、「オリンピック選手」を作り上げるj時代になりました。

立派な「ステート・アマ」です。

 

よっつ出たホイ、四人娘

国のナショナリズム鼓舞の道具にされ

勝てばおだてられ敗ければ使い捨て

奇しくも水泳の池江リカコが言っていました。

「ここまでの努力は何だったんだろうと思うし、頑張ってきた意味はあったのかなと、そんな気持ちでいっぱい。」

「正直…頑張ってきた分だけ無駄だったのかって」

 

マスコミは「悲劇の主人公」が欲しかったのです。

マスコミにとって、池江の努力は無駄でなく、

物語の味付け、努力の末の敗けが欲しかったのです。

 

思えば次から次へ消費される可哀相な選手たち、

号泣の訳もナットク?

 

そんな涙もお涙頂戴物語りに仕立て上げ、

勝利の美酒の隠し味、

涙は女の「武器」ざんす。

 

シクシク・ウエ~ン、ハヒフヘホ。