口に出したからといって和らぐものでもないんですが

やっぱり言いましょう、

寒いです。


不本意ながら縮んでしまって

測った訳ではないので正確ではありませんが

約1.5センチ?

可哀相ではありませんか。

Pity is akin to love.

可哀相、ったあ惚れたってえことよ


何を言ってるんでしょう。


きのうが冷蔵庫ならキョウは冷凍庫、

こだわる訳ではありませんが

1.5センチです。


1.5センチと謂えば(関係ないか)

詩を読まなくなって久しいのですが

たまに新聞に出ている谷川俊太郎の

テダレではあるが言葉をカネにしているだけの「詩」、

まあ

どうせもうすぐ死ぬだろう80の爺さんへの憐憫か、

或いはたまに新聞に出ている「あるきだす言葉たち」の腑抜けた詩だか俳句だかを見ると

今はこの程度で詩人というのか

なんとフザケて堕落した世の中なんでしょう、


尤も相田みつをとか金子みみず

じゃあない、

金子みすずなんかを持てはやす世の中なんですから

こんな程度か

と思っていたら


キョウの夕刊に

荒川洋治とかいう詩人が

現代の詩の堕落を嘆いておいでだ

という記事が出ていました。

詩の世界にいる人なら

なんでもっと早く声を上げなかったのか。


一体いつからこんな事になったのか、

ねじめ正一なんていうイカサマ詩人がH氏賞を獲ったあたりから?

「鳩よ!」なんていうグウタラ雑誌が出たころから?

阿久悠が排出した自作の詩を一生懸命正当化しようとしたあたりから?


別にわたしは詩人でも何でもないんでどうでもいいんですけど、

俵万智の「サラダ記念日」がヒットして

俵万智の歌はいいと思うんですが

以後それを真似してウジャウジャ出てきたエピゴーネン達の群れ

それ以降明らかに

「詩」は死んだのです。


いえいえ別に

詩だけが死んだのではなく

小説も不可能になり哲学もなくなり音楽も消え

例えば荷風が散歩の達人として紹介され

カフカが絶望の名人

なんて謂われる時代なんです。


いえ文芸だけでなく

政治も正義も

更には悪もなくなり


ぬるま湯につかった愛想笑いと追従、おべんちゃら、仲間内の慰め、

絆とか寄り添うとか居場所、自分探し、癒し、

みたいな言葉が流行り卑しい限り

嫌いな歌でいうならファンキー・モンキー・ベイビーズみたいな一緒に泣くね的傷のなめ合いソング、

無駄な命の延命と金勘定だけの時代になってしまいました。


詩人なら敏感に

そうした時代に告発の言葉を突きつけねばならなかったでしょうに何故に沈黙だったのか


いまや世間は堕ちるにまかせ

次の津波にさらわれるのを凝っと視つめる時代です。


あと4年もすれば70%か80%の確率で来るっていいますから

楽しみに待とうじゃありませんか。

ねえ、

ご同輩。


イヒヒヒ・・・・。