目黒さくらサポーターズブログ 目黒なう!
Amebaでブログを始めよう!

ありがとうございました

桜の季節も終わり、このブログも最後の更新になりました。
たくさんの写真や記事をご提供いただきましたメンバーの皆様、
遊びに来ていただいた皆様、本当にありがとうございました。
 
また来年もお会いできますように!

目黒の桜 ちょっといい話

「目黒の桜 ちょっといいはなし」
このコーナーでは、目黒に住む人たちの桜に対する想いやエピソードなどを綴ります。


「親子2代で桜を守る!」 鈴木金二郎さん、肇さん(中目黒在住)

目黒さくらサポーターズブログ 目黒なう!

午後の日差しを浴びて、目黒川の桜は伸び伸びと枝を広げている。桜橋のたもとで待っていると、鈴木金二郎さんが自転車で颯爽と現れた。82歳とは思えない若 々しさ。笑顔がチャーミングだ。このあたりに、毎年一番最初に開花する木があるときいて、今日はご案内をお願いしたのだ。


「どの木ですか?」


「あ、この木だよ。どういうわけか、この1本が毎年一番早く咲くんだよね。」


「目黒川一番桜ですね!」


金二郎さんはひょいと枝を手許にひき寄せた。枝先には固いつぼみが身を寄せ合っている。金二郎さんの話によれば、枝全体が赤紫色になると日一日と開花に近づくという。戦後から現在に至るまで、目黒川の変遷と桜を見守ってきた金二郎さんは、地元では"桜博士"とも呼ばれている。
息子の肇さんは、桜博士の薫陶を受けて育ち、現在は作曲家として活動中。今年は、「目黒川」というCDも制作した。


「目黒川の桜は、雲海のように咲くんですよ。」


肇さんの言葉に、にこにことうなづく金二郎さん。夢のように咲き広がる桜に会えるのはもうすぐだ。


ズバリ、金二郎さんの開花予報は?

「そうねえ。3月25日あたりかな。」


※金二郎さんの後ろの桜が、「目黒川一番桜」です。みなさんもチェックしてください!

 


目黒さくらサポーターズブログ 目黒なう!

 戦後まもない目黒川の風景(桜橋付近)


「目黒川と桜」  寄稿 鈴木金二郎

 

川は土地の低いところを流れて、世田谷の烏山川と北沢川が池尻で合流して目黒川となる。今は池尻と大橋の間は暗渠で下水道となっている。大橋から下流の山手通りに沿って目黒区内を3,750m流れて、東品川、東京湾へと出てゆく。伝説によれば、目黒川に水車が回り川辺には染物屋さんがあって、友禅染の洗い場所で二階の物干しに色とりどりの干し物が見えたのどかな風景だったと聞かされていた。


 私は終戦後の昭和21年に目黒川と出会った。中目黒界隈は焼け野原で目黒川が息をしているだけだった。川の土手の桜の木は枯れ木が燃えたのも同然だった。昭和24年頃から住宅が建ち始め、目黒川沿いの焼けた桜の木を伐採して新しい桜の木を植樹してようやく10年が過ぎた頃だった。昭和32年、33年と続いて台風に見舞われ、33年には目黒川が大洪水に見舞われた。中目黒駅前の山手通りは大人の腰ほど目黒川の水が氾濫し、上目黒一丁目と青葉台の目黒川沿いの床上浸水が約200戸以上、床下浸水もおびただしかった。宝来橋の近くで、住宅と人間一人が流されたが田楽橋で救助された。町のあちこちには、濡れ畳と家財道具の残骸の山、伝染病予防のDDTの消毒臭がひどいものだった。


東京都と目黒区は、激甚特別災害救助法を適用して目黒川の改修工事を行い、大橋から田楽橋の間は20年の工事を経て完成された。下流はそれ以降に完成した町民も立ち上がり、元区議の、柳沢八郎氏が会長になって『目黒川を豊かな生活環境にする会』を発足。目黒川沿いの町会と商店街が加入して、安心な川づくりを現在も続けている。


 桜の木は大橋から目黒線のガードまで、八重桜を含めて約800本余り。上流の桜の木は護岸工事完成後の、昭和62、3年ごろ、大人の足ほどの若木を植樹したのを覚えている。

30年が過ぎ大きな桜に成長し、お花見の頃には川面が見えないほどの花を咲かせている。

その桜の木の下に集う「中目黒桜まつりは」今年で24回目を迎える。

 

 

 





 

目黒さくらサポーターズブログはじめました!

気象庁が54年ぶりに桜の開花予想をやめ、全国の花見ファンはがっかり。だったら、目黒で開花予想をやろうよ!という声が高まり、ついにブログをはじめることになりました。開花の情報や、とっておきのお花見スポット、おすすめの散策コース、休憩場所などなど、情報を提供していただければ幸いです。目黒の桜を愛するみなさん、どうぞよろしくお願いいたします。

「目黒なう」建国記念日にめでたくオープンです!