翼さんに会わせてくれてありがとうございます、島本先生。
トロッコ問題の結論がこうなるとは。斬新という言葉の先を駆け抜けて行ってしまわれた。
漫画とはこうでなければ。
ストーリーは全然意味が分からなかったけれど、爽快感で満ちています。
登場人物に対する愛が素晴しい。まさか氷馬君がああなるとは。
翼さんに会わせてくれてありがとうございます、島本先生。
トロッコ問題の結論がこうなるとは。斬新という言葉の先を駆け抜けて行ってしまわれた。
漫画とはこうでなければ。
ストーリーは全然意味が分からなかったけれど、爽快感で満ちています。
登場人物に対する愛が素晴しい。まさか氷馬君がああなるとは。
ネット漫画は時に見ていられないほど残酷です。
何が残酷かというと。
普通に、当たり前に暮らしている顔をしている人間が残虐だということです。
現在、mamastaで連載している
【人生逆転!私の勝ち】
という作品ですが。
編集と作者から
「酷い主人公でしょう?いじめられて叩きのめされて傷ついたからって、誰かを叩いて良いわけじゃない。皆さん、こういう女性大っ嫌いでしょう?さぁ叩きのめしてストレス発散してね」
と言わんばかりの扱いを受けているこの物語の主人公である妹さんが哀れでなりません。
容姿を悪く、正確を悪く描かれる妹。
対照的に妹は小さいころから可愛い可愛いと育てられ、母親になってからも性格が良くて、悪いことなんて何一つないんですよ。
賞賛されれるはずですよね?
という展開にしていくおぞましさ。
一日一話更新なので、まだ前中後くらいの三日で終わればいいです。
しかし、この作品は現在において第23話
叩きのめされ、人格を否定され、酷い扱いを読者にされて当然。
炎上商法のようにコメントを引き出すために生み出されたキャラクター。
哀れでならないです。
作者のよしはなさんは、子持ちの母親だと自己紹介をしています。
物語は、散々振り回してきた母親に軽い扱いを受け、ショックを受けているところに姉が訪れて。
ここで姉が綺麗で優しい言葉をかけて物語はハッピーエンド。
お姉ちゃんは身も心も綺麗な人なんです、永遠に賛美されるべき存在なのです。それが救いなんですよ、という展開になるのでしょう。
・・・妹がボロクソな扱いを受けていた成人前の扱いを止められなかったのも、姉も幼かったんだし仕方ないよ、なのでしょう。
読者から叩きのめされ、叩かれることで注目を浴び、その注目を受けるのは身も心も綺麗な姉という展開。
こういう物語をさも素晴らしい漫画です、というように流すって凄まじい。
生まれた時から愛される存在は愛され。
嫌われる存在は、終わりの時まで愛されない。
こんな物語を二十話以上、一日更新で続けられる。
読者のサウンドバッグ用に生み出された妹にはコメントで寄り添う言葉はそこそこありますが、当然叩かれる言葉の方が多い。
一日二日ならともかく、一月近い一日更新で読者の感情は育まれていくのです。
この妹キャラが無条件で受け入れられる世の中というのは絶対来ないでしょう。
そりゃ母親という生き物が、無条件に優しい目を向けられなくもなるよなと思います。
こういう作品が世に出てくるのですから。
「タオパンパ」とかいう、何もかもやってもらったせいで子供ができたら亭主関白ができるんだ、みたいな男性を主人公にする作品がこのmamastaで過去掲載されていて、私は
「全部用意されていると、こういう風な作品を出せるんだな。親が笑顔でいるんだから子供がそう育つの当たり前じゃないか。よくもまぁ、タオパンパな父親を見せて育てた子供をアホ呼ばわりするよなこの〇〇バ〇ア」
「男だったらどんだけ蔑む対象にしても、どんだけありえないほどアホに描いても女性には受けると思っているんだなmamastaは。読者も作者も編集も女だと、こんな風になるのか。まさに作者とmamasta編集部は頭の中が用意されることが当たり前な女版タオパンパ」
と悍ましい思いをしました。
姉に慰められた程度で、成人して子供が出ても傷ついている女性の心が癒えるとでも?
夫にも子供にも軽蔑されているシーンがあったのに?
素人にどうこうレベル超えているのに、カウンセリングに連れていってもらえず、客寄せパンダとして罵倒のサンドバッグにされているこの妹キャラは本当に哀れです。
「また麺かよ」「手抜き」「レベルが低い」私の料理をバカにする息子に怒り心頭!【みなさんの体験記】 | TRILL【トリル】
息子に我儘放題言われて嘆いていないで、すぐさま頭引っぱたいて教育を施す、というのは母親には無理なのですか?
よくこんな性悪状態の子供を放置する育児放棄の母親を描き、母親以外の人間が目にする世の中に配信して、母親ってこんなに無力で愚かな存在なんです、と主張できるな、というのがネット漫画を読んでいる上での一番の驚きです。
こういう子供が育って犯罪者になった後、母親面して「昔は良い子だったのに」とありもしない記憶を捏造して悲劇のヒロイン面するんだろうか?と思ってしまいました。
・・・起承転結がないんですよね、こういう漫画。
この子供にどう対応するのかが一番大事なのでは?
なに世の中に放り出してモンスター作ろうとしてるんだ、この母親。
私がこういう漫画で一番母親らしいな、と思ったキャラは、
「あんな子と遊んじゃいけません」
と激怒していた母親です。
発達障害だったかで、人のものを取るのが当然の女性が母親にまでなってしまって。
その母親となった女性は子供の御菓子を平然と盗んでいってしまう。
という感じで漫画が終わっているシーンが流れましたけど。
このおかしな女性に近づいたせいで被害を受けている人たちが気の毒でした。
特に、母親が親しいからと家に上げてしまったせいで被害を受けた女の子が。
そんなヤバい女を近づけるなよ我が子に。
かつては酷い言葉だと思っていた
「あんな子と遊んじゃいけません」
は、母親が子供を守る台詞なんだよな・・・と思う年齢になってしまいました。
設定が作りこまれている。
絵が綺麗。
ゴールデンウィーク中に漫画を読んで好きになれるかと思ったけど、二巻まで読んでも駄目でした。
どうしても無理だ。
キャラの性格や考え方が受け入れられない。
ココの「ちょっとだけなら良いよね」で、第一話に母親を石化させるまでの流れが一話なのが一番きつい。
どうしても国語の授業で大っ嫌いだったコスモスの主人公の女の子を思い出してしまう。
あの、一つだけ頂戴を連呼して父親が持って行くはずだったおむすびを食い尽くしたあげく、さらに求めたコスモスの女の子。
他の子が沢山頂戴、山ほど頂戴というなか、一つだけ頂戴という様が哀れだと周囲の大人の同情を誘う描写が、子供心にどうしても醜いあざとさに思えて駄目でした。
ファンタジーの世界の作り込みは丁寧だと思います。
だからこそ、その丁寧に作りこまれた嫌悪感を誘う描写が辛い。
六話まで視聴して、誰にも好感を抱けない。誰にも共感できない。
アガット以外の弟子は、水色とピンクとしか記憶出来ない。
これで可愛いと思えれば良かったんだし、見るの止めれば良いんだよな・・・と毎回思います。
特にココは子供なのだ、と分かっていても。
母親のことで自分を責めている描写があっても。
ギャグシーンで流してしまう描写の数々のせいもありますが、子供の残酷さを見せつけられている気分です。
とある漫画で、幼児が楽しいからとヒーローごっこでさらに小さい女の子を殴って大笑いする姿を見ているから、子供っていうのは残酷なのだとわかってはいるけれど、見ていて辛い。
親が自分のせいで石となった状態でも、魔法に対する嫌悪が見られない。
能力ではなく性格や精神の在り方こそが、才能なのだろうか?と思ってしまいました。
子供や可愛い絵を理由に出来ないほど、誰も深く罪悪感や責任感を持たない世界観。
何も考えずにPCやスマホ、ネットに触れて大失敗する現在社会も重なって、見ていて辛い。
キーフリー先生を見ていて、そこここでココに親身になっているんじゃないんだな、と思うことがあります。
物語の流れのせいか、子供目線でおいかける能力がキーフリーにはないから、失敗するまで気付かない。
泉に洗剤を入れて洗う。
魔法で綺麗な水になると解っていても、嫌悪感を覚えました。
失敗までの流れが本当によく出来ていました。
誰も正しい流れまで持って行こうとしないから最悪の事態まで行ってしまう。
羽馬車に乗ってきた貴族の女性達は親に黙って来る。
羽馬車をひっくり返した子供たちは、本心から悪いと思っていない。
母親から「止めてね」「一人にしないで」「早く寝なさい」と止められても、主人公は「ちょっとだけなら良いよね」と言って自分のしたいことをする。
覗いてはいけないと言われても覗き、寝ろと言われても眠らず、夢中になって魔法陣を描き続けた。
悪いことをしても、誰も叱らない。
口頭の軽い注意だけで終わってしまう。
戒めとか物事考えるとか、そういう意味でも作りこまれていると思います。
でも、月曜日の夜。週初めに見るというのが特にきつい。
AIの発展は目覚ましい。
自分のPCでCopilotと相談し、Duolingoへの課金ではなく、本屋で冊子を購入。
ラジオ英会話を好きな時間に聞くことで英語の勉強をすることにしました。
英語物語でカード集めを楽しむより、Duolingoで何度も話し、聞き、書く方が英単語を覚えられました。
英語物語は音声なしでも出来るので、隙間時間に便利でした。電車に乗車中はお世話になりました。
Duolingoを一年くらい続けて、半年くらいで課金して快適にしようか悩んだのですが。
これにお金を払うの、嫌だなぁ・・・という気持ちが日々大きくなってしまいました。
多様性の押し付けとか。
運営会社が英国だから、辞める時揉めないかとかより。
TikTokの広告がとにかく不快
こんな広告を流してくるのが嫌
という感情にどうしても抗えませんでした。
食べる時の音を聞かせる、ASMR動画というものがTikTokでは受け入れられているんですよ。
でも、そういうのはどうしても受け入れられない人もいますよ、分かります。
と言ってくれるCopilot。
まぁ使ってるの私だから、私の気持ちに沿った答えを返してくれたのでしょう。
・・・とにかく無理でした。
何で刺身を食べるのに、吐息とか必要なの?
何で回転寿司で炎上したみたいに、口の中に醤油を放り込むの?
岡田斗司夫氏が、育ちが悪い人は無理みたいなこと言ってましたが。
私も無理でした。
まともな育ちしてたら、あんな汚い食べ方を全世界に晒さない。
何で、普通にしていれば綺麗な女性が、醜い食べ方をして、その様を全世界に晒すのか理解できません。
ギャル曽根が、大食いをするけれど人に見られるのが職業だから綺麗に食べるように努力した、というようなことを言っていて納得したことがあります。
そもそも、食べる行為というのは綺麗なものではない。
食事にマナーがあるのは、食事という行為が野放図だったら汚いからです・・・やる夫で学ぶシリーズ楽しかったなぁ・・・ローマが崩壊したらマナーも崩壊しましたな歴史も楽しかったなぁ・・・。
マグロの刺身という音をたてずに食べるものに何で吸い込む音を立てながら食べるの?
小さな口で食べるのが上品だからピンチョスが出来ました、ていう料理の成り立ちだってあるのに、何で小口で食べられるものを大口を開けて食べ、箸を持ったまましゃべる。
下品極まりない。
こんな不快なものを毎回出してくるものにお金を出すのは無理だと思ってしまい、断念しました。
食べる時の音を聞かせる、ASMR動画というものが好きな人もいるのでしょう。
なら、閉じた世界でやっていて欲しい。
初対面で殴りつけてくるようなものを広告として出して欲しくないです。
刺身をこう食べると外国に思われるの、嫌だなぁ。