ココロコロコロ -8ページ目

欲しいものはお金です?

近頃のお子様達は「欲しいものがない」ってことが
多々あるそうですね。
「お金」なんて答えちゃう子はとりあえず物欲は満たされてるのかな。

「お金」ええ、そりゃ、まったくなきゃ困りますし
いくらあっても足りないと思うものかもしれません。
でもさ、子供の立場で欲しがるものじゃないぞぉ。
なに?老後が心配?
まさか自活したいわけでもあるまい?
貯金するって?何のために?
お金さえあればシアワセだとどこかで聞きました?
お金に困ったことなんてほんとはナイでしょう?
お金の使い方も知らないんじゃないですか?

「子供はお金の話なんてしないのっ!」
と、ワタシが子供だったころは、わりと良く聞いたセリフですが
この頃は、そーゆーのはやんないのかしらね?
お金の話はハシタナイとまでは言うつもりもないけど
お金に換算しないと価値がわからないってのは情けないな。
子供の頃から経済観念をしつけるっていう理論もわかる。
お金に感謝できるなら、それもいいけど。
例えばハタラキバチのお父さんをのけ者にして
文句ばっかり聞かせるお母さんが
アタリマエの顔をしてお金を管理してたらさ
子供はお金の価値をどこに置けばいいの?
例えば横暴なお父さんが誰が食わしてやってるんだ?とか
お母さんの仕事をないがしろにしていばってたら
子供はお金の価値を権力だと思わないか?

お金がなくてもいい、とは言えない。
でも、お金だけじゃだめだ、とはきっぱり言う。
子供は小さい大人じゃない。
何でも大人と対等にしなくたってできなくたっていい。
お金じゃなくお父さんやお母さんの労働に感謝できるように
それはつまり結果だけじゃなく過程を考えることだと。

欲しいものはお金だなんて答える子供が哀しい。

ささやかな反抗。

基本的にあるがままを受け入れるという生き方
(ってほど、立派なもんじゃないが)
なので、振り返ると過去はいつもみっともない。
とりあえず目の前の環境で悟りを開きつつ
日常の些細な出来事に幸せを感じてしまう、、、。
(つまりは、たいした努力もせずあきらめて開き直るヤツだってことだな。)

真面目に人生に取り組んでいる人々は
時に羨ましく本音は鬱陶しい。
「楽なほう」を選択し続けることは敗北なのかしら?
人生の勝ち負けなんて見た目で判断できるもんじゃないしぃ
なーんてのは、いわゆる負け犬の遠ぼえ?
まぁ、ほんの時たま「この先」ってのを考えると
こんなことじゃいかーん!
と、前向きに嘆くことも(なんじゃそりゃ)あるけど
身に付いた逃避癖は根深いから
とりあえずの言い訳を作成して納得してみたりするのだ。

一番嫌いなのが
いわゆる体育会系な人。
見てるだけで疲れちゃうから寄ってこないでほしい。
がんばった自分自身だけが好きな人ってとても目障り。
何が嫌いって、彼等は努力したことをひけらかすからさ。
勝手にこそこそ苦労して影でひっそり喜んでるだけなら
何の害もないんだけどなー。
一生懸命ですってパフォーマンスと勝ちましたって思い込みには
到底ついていけません。
おせっかいなことにその自分の価値観を押し付けてくるから
彼等の自己満足のタメにうざったい言い訳を用意しちゃう、
そんな自分が情けないぞ。

あとは王様の優しさを振りまく方々、これが苦手。
自分は持ってるけど、持ってないアナタはなんて可哀想、って思考。
高みから見下ろした優しさもどきは必要ないです。
「わたしもそうだったのよ」なんて過去形で無邪気に言われると
それで優しい共感のおつもりで?ってその無神経な物言いに
繊細なワタシ(え?)は、過剰反応してしまうのだ。
いや、もちろん口に出して言うわけじゃないんだよ。
口先ではがんばりますぅって言ってしまう弱い自分に自己嫌悪。

ワタシの幸せは
ワタシの価値観の中にあるのです。
他の誰かの幸せとは、たぶん違うものです。
だからいいの、ワタシが不幸に見えても気にしないでね?
負けてるように見えても
持ってないように見えても
それで不幸だと決めつけないでほしいの・・・。

と、実生活ではなかなか言えないので、ここで言ってみました(笑

結婚ってナンですか?

「不倫」とヒトコトで片づけられないくらいに
いろんなパターンの婚外恋愛があるようですが
まぁ、どなたも「自分だけは特別の恋愛してる」
って思っているでしょうし。
実際に当人の話を聞くと
せつなくて微笑ましくて、嫌悪感は感じないし、
結婚してても恋はする、っていうのもとてもわかる。

でもさ、なんで結婚したの?
「これが最後の恋」とか「この人が運命の人」とか
そんな気持ちで結婚したんじゃないのかな?
でも、やっぱ間違ってました、ってことよね。
だったら結婚生活解消したらいいんじゃ?
過ちを犯して改めないこと、すなわちそれが過ちである。
とまぁ、昔のエライお方もおっしゃっておる。

そうじゃないんだ、家庭は大事って言うのね。
配偶者は家族で「恋」を出来ない。
解消出来ない結婚生活があるので、恋は婚外に求める。
人にされてイヤなことは自分もしないってのが
人間関係の基本だと思うんですけど
婚外恋愛する人は相手もしてもいいってことですか?

だとしたら結婚ってなんだろう・・・。
恋愛してるとゴールを結婚に設定しがちだけど
それってあながち間違いじゃなかったのね。
多くの恋愛は結婚と同時に終わってしまうものなのね?
そんなのイヤン。
結婚後も家庭内熱烈恋愛希望!

とか言うと
人生わかってねぇな~とか言われちゃうのかしら。
まぁいいじゃないですか、夢を見させて下さいよ。。。

浮気に関するたわごと。

ワタシは結婚してる男の人に興味がないので
とりあえず不倫はしない予定ですが、
そもそも浮気ってのが嫌いです。

まず何と言っても
浮気される、のが辛いので。
・・・誰でもそうでしょうが(笑

彼の心が動いたのなら、そりゃもう悲しいのはアタリマエ。
でもさ
心は動いてませんよっって言い訳されてもダメです。
なんつーかね、
相手の女に対して「敗北感」みたいの感じちゃうから。
なんたって負けず嫌いには自信があるので(謎)
悔しさで自分を見失っちゃいます。

自分がされて嫌なので、ワタシも浮気しません。
フランス語のコキュって言葉があるじゃないですか。
寝取られ男への蔑称。
好きな彼氏をコキュとか呼ばれたくないじゃない?
尊敬できない男なら好きにならないし
好きじゃなかったら、とっとと別れてますし。

結婚してる男の人に興味がないのは
一番になれないから、という理由です。
なんたって負けず嫌いですから(笑

以上まとめて言いますと
「負けず嫌いなので、浮気はしません」
と、なります。
理由と結論の間に、若干の無理があるような気もしますが
たぶんしないんじゃないかな、と思う(弱気な!)

注意してくださいっ。

「おじちゃんに怒られるから静かにしなさい」
これは是か非か、ってやつです。

確かに安易にヒトのせいにして自分で怒らないって態度に
はらただしい思いをなさってる「おじちゃん」は多いことでしょう。
・・この場合「おじちゃん」は男女問わず、
  バスの運転手さんやらお店の売り子さんやら
  レストランのウエイターだったり看護士さんだったり
  イロイロです・・
ヒトが怒るからじゃなく
ナゼいけないのかをきちんと説明すれば
小さな子どもでもきちんと理解できるはずである、ってのが正論でしょう。

しかし、あえて反論したい。
子育て中のママも、何も好き好んで小煩いガキ・・・もとい、
お子様を公共の場所に連れて来てるってわけじゃなく
拠ん所ない事情で仕方なく、かもしれないですし
あれでも日頃よりずっと大人しいくらいかもしれないし。

「アナタがいつもより良い子でいてくれてるのはわかるわ、
 こんなところに連れてきてごめんね?
 ママはあなたが元気でいてくれて嬉しいけど
 アナタが騒ぐと迷惑に思うヒトもいるの。
 お願いだから静かにしてちょうだいね?」
という思いを込めて、なおかつ簡潔な言葉に置き換えると、
「おじちゃんに怒られるから静かにしなさい」
になっちゃうってことじゃないのかと思うのですよ。

そもそもマナーなんてヒトが居ない場所ではルーズになるし
人目を気にするからこそってのはあるんじゃないかな?
脅しはよくない、っていうのもあるかもしれないけど
子どもの頃「夜中に口笛を吹くと蛇が来る」なんて言われて 「うるさいからやめてくれ」って言われるより効果的じゃなかったです?
子育てに「こうあるべき」ってのを求めすぎじゃないかなぁ。
それじゃなくてもお父さんもお母さんも疲れてます。
もうちょっとラクでもいいんじゃないかな。

それ(ヒトを引き合いに出すこと)で、
静かな環境が取り戻せるならまぁいいかってくらいに、
おおらかに悪役を引き受けて下さる、
ホントは心優しき「おじちゃん(おばちゃんでもなんでもいい)」が増えて
子育てを一人っきりで抱え込まなくていいようになるといいんじゃないかなぁ。
元気すぎる子どもさんを育てている方々の苦労は、
ホントはわかっちゃいないですが、
子連れじゃなきゃ常識のある行動を取れるであろうヒトが、
図らずも顰蹙を買うような行動を取ってしまう時にまで
責め続けなくてもいいかなぁと思うのです。

そんなわけで 「怖いおばちゃん」と呼んで下さっていいので
どんどん使って下さい。
注意さえしない親に比べれば、なんてことないですっ。