2日目
今日は、山の上の『無言寺』まで行く予定だったので暑さ対策で帽子を被り、タオルとスポーツドリンクを持ってホテルを出た。
昨日女性が手を合わせていた祠を覗いてみる。そこには、にっこりと微笑む道祖神が立っていた。
(特段変わったものではないな)
商店街を抜けると、小さな川に橋が架かっていた。そこから少し歩くと、山に続く道が見えてきた。
緩やかな道のように見えるが、距離が長そうだ。しばらく登っていくと、さすがに息が切れてきた。少し休んで振り返ると、眼下に村が望める。
(わ~、綺麗だ)
なんてことのない普通の村のようだが、高台から見下ろした景色は、圧巻だった。遠くに城のようなものも見えた。
(あれが、平五郎一族に呪いをかけた城主のいた城か)
息を整え、登山を再開する。少し歩くと、やっと頂上の寺に着いた。スポーツドリンクを飲んで息を整える。
門には、SNSで見たとおり『無言寺』と書かれた看板が掲げてある。
山門を入って左手には鐘楼がある。そのまま進むと、本堂が見えてきた。
(確かに、なんてこのないどこにでもある寺という感じだな)
本堂をまわって奥のほうに進んでみると、SNSの投稿写真で目にした光景がそこにあった。
(すごい!)
数はどれくらいあるのか?知れない。小さいといっても、手のひらサイズから子どもの背丈くらいのものまで、ありとあらゆる地蔵が並んでいる。表情も、笑っているものや悲しそうなもの、怒っているようなものまで様々だ。
(これは観光客が訪れるのも頷けるなぁ)
祐太郎は、持参したデジカメで地蔵の写真を次々と撮影した。
境内に戻ると、本堂から住職らしき人物が出てきた。祐太郎の姿を認めると、笑顔で会釈をしてきた。
祐太郎は住職に歩み寄り、挨拶をした。
「ここは、素晴らしいところですね」
と言うと、住職は手を合わせて
「ありがとうございます」
と言った。
(住職は普通に話している。平五郎の一族ではないのか?)
「ネットで見たんですが、平五郎という人を祀った“口無地蔵”というのがあるとか。ここで見られるんですか?」
「はい、本堂にございます。普段はほとんど人が来ないので、開帳していません。また、本尊の写真を撮られると、その方に良くないことが起こるという噂もあり、面白半分で写真を撮られる観光客の方などの拝観は、お断りしています。純粋な気持ちで拝観をご希望をいただいた方のみに、また平五郎さんの命日にだけ、ご本尊の扉を開けるようにしています」
(なるほど。それでSNSに口無地蔵の写真が一枚もなかったのか)
「あの、この村に住む人は皆、城主の呪いをかけられて喋ることが出来ないと聞いたんですが、ご住職は平五郎さんの子孫ではないんですか?」
すると住職は、「話すと長くなりますが」と前置きして、自身のことを話し出した。
「私の祖先は平五郎さんの一族でした。代々受け継がれてきたこの寺で、祖父も住職を務めました。
やがてこの村で祖母と出会って結婚し、父が生まれました。祖父母はもちろん、父も生まれてからずっと喋ることが出来ませんでした。父は大人になって、寺を継ぐための修行をしに一度村を出たそうです。そこで母と出会って結婚し、私と妹が生まれました。私たちは村の外で生まれたので、何不自由なく育ちました。
物心ついた頃、私は父が家族の前でも声を発しないので、きっと大人しい人なんだろうなと思っていました。
しかしある時、父から村の呪いの話を聞きました。そして、
「じいちゃんばあちゃんや私が無口なのは、流行病の一種だと思っておきなさい。お前たちは何も気にしなくていい」
と言われました。
それから父の修行が終わり、一家で村の寺に戻ることになりました。
祖父の引退後は父が住職を引き継ぎ、祖父母と父が無口なこと以外は、他の家庭と何ら変わりなく生活していました。そして、私も必然的に寺を引き継ぐことになり、父と同じ道をたどりました。
その後、祖父母も両親も亡くなり、現在は私が住職、妹は寺の世話をして暮らしております。
お札とお守りのことは、幼少期から父に聞かされていましたので、祖父母に会うためこちらに来て泊まる時は、必ず呪い回避のお札とお守りを持たされていました。
また、祖父からも事あるごとに伝説のことを聞かされていましたので、その2つをいつも肌身離さず持ち歩き、現在も何とか呪いに遭わず生活させていただいております」
「そうだったんだ」
そして住職は、本尊の口無地蔵が祀られた経緯について、簡単に説明をしてくれた。
平五郎は酒浸りでまともに仕事をしなかったが、お縄をかけられるような悪さをすることは一切なく、素面の時は一族に優しく接し、意外にも慕われていたということだった。
そのため平五郎の死後、彼の死を悼んだ一族がわずかな資金をはたいて、住職の先祖に「平五郎を祀ってほしい」と頼み込んだそうだ。それが今の「口無地蔵尊」となって、村人から崇められているらしい。
住職が祐太郎に聞いた。
「あなたは、どのような目的でこちらへ?」
「以前、出張のついでにたまたまこちらに来たことがあって、村の不思議な魅力に惹かれました。
伝説の書かれた看板も見ましたが、とても興味深いと感じました。私は、面白半分に写真を撮ってネットにあげたり、村を冷やかしの対象にするつもりなど一切ありません。
先ほど、裏の地蔵群の写真を何枚か撮りましたが、それは自分の旅の記録用にするつもりです。
あの地蔵群の写真は、いくつかSNSで見かけましたが、そちらは呪いがふりかかるという噂はないんですか?」
「そうですね。あちらは、参拝された方が奉納や寄付をされたお地蔵様ですので、ご自由に拝観されたり、写真を撮っていただいても構いません。では、ご本尊をご覧になられますか?」
「あ、はい!ぜひ」
住職はうなずき、先に立って本堂に案内してくれた。
祐太郎は、住職に続いて中に入った。
住職が本尊の扉を開けると、そこには一体の木製の地蔵が鎮座していた。が、よく見ると顔には口が無かった。
(最初から彫られていないのか、途中で削られたりしたんだろうか)
祐太郎の心の声が聞こえたのか、住職は言った。
「これは、最初から口がありません。わざと彫らなかったのだと、先祖代々言い伝えられてきました」
「じゃあ、城主の呪いを表現していると?」
「そのようですね」
「なるほど。貴重なものをありがとうございました」
祐太郎は本尊に手を合わせ、住職に礼を告げて本堂を出た。住職も見送りに出てくる。
と、祐太郎はもう一つ気になり、尋ねてみた。
「あの鐘は、いつ撞くんですか?」
すると住職は鐘楼のほうを向き、
「あれは、夕方5時を知らせる時に5回撞きます。あなたのように、外から来られた人が村の掟を守れるようにと、先祖から引き継いでいます。もし時間いっぱいまで村にいたとしても、鐘が鳴り終わるまでに村を出れば大丈夫だと。あとは、年末の除夜に撞きますね」
「夕方5時・・・なんでその時間なの?」
と聞けば、住職の話では、平五郎が殺された時刻が夕方5時だったからという言い伝えなんだそうだ。
「平五郎さんを弔うために、この時間に鐘を撞くことが定められたとか」
(ふ~ん)
「あ、そういえばさっき言っていた呪い回避のお札とお守りってここで買えるんだよね?」
「はい、ご用意しております。特別に作られた物ですので、詳細はあまり口に出来ませんが、もしご入り用になりましたら、こちらにおいでください」
「それって、効き目はどれくらいあるの?」
と聞くと、住職は首をかしげ、
「さぁ?私も詳しくは。しかし、身につけてさえいれば、半永久的に守られるとのことです。そういえば、この村に1人、お札とお守りを終始身につけておられて、毎年新しいものを買いにいらっしゃる方がいます」
と言った。
「え、それは誰なの?」
しかし、住職はにこりとしたきり、それ以上答えてくれなかった。
(それって一体・・・?まさか、先日見た女性?)
とにかく、もう少し調べてみる必要があった。
腕時計を見ると、午前11時を指している。腹が減ったが、昨日の喫茶店に行くとまた時空のゆがみを感じてしまいそうで恐かったので、今日は商店街のうどん屋に行ってみることにした。
(まさか、そこも時空のゆがみがあるとは限らないだろう)
店の屋根を見ると「うどん屋」と書いてある。特に店名はないらしい。
引き戸を開けて中に入ると、カウンターで数名の客が食事をしていた。祐太郎は、出迎えてくれた店員の女性に質問をしてみた。
「ここって、まさか時間が早く進んだり遅れたり、時空のゆがみとかないよね?」
すると、女性は(ない、ない!)と笑って手と首を左右に振り、否定を示した。
(よかった。ここならゆっくり食事が出来そうだ)
安心してテーブル席に座り、メニューを開く。かけうどんに、きつねうどん、山菜うどんなど、やはりここも定番のメニューばかりが並んでいる。とりあえず、すぐに食べられそうなかけうどんを注文して待つ。
しばらくして、目の前にかけうどんが届いた。
出汁のいい香りが立ち、食欲をそそる。汁をひと口飲んでみると、あっさりして美味しい。うどんもコシがあって、満足のいく出来だった。
うどんを食べ終え、ひと息つく。まさかと思って腕時計を見るが、さすがにそこは、店に入ってからまだ30分程しか経っていなかったので、ホッとした。
先ほど、無言寺で撮影した地蔵群の写真を改めてゆっくり見てみる。どれも趣があって、愛らしい。
とその時、新たな客が入ってきた。見ると、昨日祠の前で見かけた女性だ。
彼女のほうも祐太郎を覚えていたらしく、祐太郎に軽く会釈すると、店員に注文を伝えてから別のテーブル席に座った。
祐太郎は、さっき寺で住職に聞いたお札とお守りの話を思い出し、念のために彼女に聞いてみようかと思い、
そちらの席に移動した。
女性は突然のことに驚き、戸惑った表情で祐太郎を見た。
「あ、怪しい者ではありません。ただの観光客です。さっき無言寺の住職に、この村の不思議な言い伝えについて聞いたものですから、真相を確かめたくて。あなたは、この村の方ですか?」
と聞くと、女性は静かにうなずいた。
「よかった。では、どなたかご存じですか?聞くところによると、呪い回避のお札とお守りを毎年買っている方がいると」
すると女性は少々驚いた表情になり、持っていたノートに筆談で
(それはきっと、私の父です)
と、意外な返答を返した。
「え、あなたのお父さんが!?」
(うん)
「また、どうして?まさか、お父さんは村の人じゃないんですか?」
(私も詳しくは知りません。よかったらこの後、うちに来られますか?父は家にいると思いますので、直接お話を聞いてみては?)
「ありがとうございます。では、ぜひそうさせてください。・・・あ、お食事の邪魔ですよね?あちらで待っていますので、どうぞごゆっくり」
と言い、祐太郎は元いた席に戻った。女性の前に注文した品が届き、彼女は手を合わせてうどんを食べ始めた。
しばらくは、客がうどんを啜る音だけが聞こえていた。
女性が食べ終わるのを待ち、一緒に会計をして店を出る。
女性の案内で、村をしばらく歩く。商店街を抜けると、閑静な住宅が立ち並んでいる。一部の2階建て家を除いてほとんどが日本古来の平屋で、時代から取り残された村を象徴しているように思えた。
と、女性が1件の家の前に立ち、指をさした。どうやら、ここが彼女の家のようだ。例に漏れず、彼女の家もまた平屋で、落ち着きのある風情を醸し出していた。
夏の暑い日差しが降り注ぐ外から一歩中に入ると、ひんやりと涼しく、汗が引いていくようで気持ちよかった。
彼女が靴を脱いで上がり、祐太郎にも入るように手で示したので、遠慮なく上がらせてもらうことにした。
廊下を歩いて行くと、和室に通された。そこには、一人の初老の男性が座って新聞を読んでいた。どうやら、この人が彼女の父親らしい。
女性が、メモで父親に何か伝えている。父親がうなずき、新聞を横に置いた。
「どうぞ、こちらへ」
(!?)
戸惑いながらも、祐太郎は彼の前の座布団に座る。
「ようこそ、口無村へ」
「あなたも、喋れるんですか?平五郎さんのご子孫では?」
「うむ・・・」
父親は何やら思案しているようで、宙をみながらしばらく黙った。
「私のことをどこでお聞きになったのかな?」
「あ、いえ。たまたま山の上の無言寺に行く機会があって、そこで毎年呪い回避のお札とお守りを買っている方がいると住職からお聞きしまして。先ほど、うどん屋でお嬢さんと知り合い、そういう方を知らないか?と尋ねたところ、自分の父親ではないか?というので、こちらに案内していただいた次第です」
「ふむ、そうか。沙夜から聞いたのか」
父親はそう言うと、また黙った。沙夜とは、彼女の名前らしい。しばらく、静寂の時間が流れる。
「きみは、観光客かね?」
「はい、そうです。以前出張で、この少し先の事務所に来たのですが、その時早く仕事が終わったので時間を持て余してしまい、どこか観光でもしようかと歩いていると、この村を見つけまして。興味を持ったので、来させてもらいました」
「そうか。いや実はね、私もここの村人ではなく、きみと同じく外から来た人間なんだよ」
「え?でも伝説によると、平五郎さんの一族は皆、城主の呪いをかけられて一切喋ることが出来ないという・・・」
「そう、もともとこの村で生まれた人間はね」
(どういうことだ?)
祐太郎が頭の中に疑問符を浮かべていると、父親が経緯を話し出した。
「私も最初は、きみと同じ観光客の一人だった。仕事ではないが、たまたま旅行でこっちのほうに来る事があってね。その時に口無村を見つけて入ってみたんだ。特に何があるというわけではないが、静かで落ち着いた村だなと思ったよ」
そこで彼は一息ついてから、続きを話し始めた。
「散歩がてら山の上の無言寺に行った際、住職から伝説のことや、呪いから守ってくれるお札とお守りのことを聞いてね。これは面白いと思ったんだ。試しにお札とお守りを買って、寺に数日宿泊させてもらってね。村の様子をしばらく観察していたんだ。もちろんその間、私に呪いがふりかかることは無かった。
そのうち、村の女性と知り合って仲良くなった。それが、私の家内だ。
家内は、村で生まれた平五郎の子孫だから、生まれつき喋ることが出来ない。だけどとても聡明でね。性格も明るくてすぐに気に入ったよ。なに、無口なくらいどうってことなかった。むしろ黙って後をついてくるというほうが、日本人らしくて理想的な女という感じだろう?その姿にますます惚れたよ。
それからしばらくして、結婚を申し込んだ。家内の家族は皆、すぐに受け入れてくれたよ。しかし私の身内はなかなか首を縦に振らなかった。
それはそうだろう。こんな奇妙な伝説のある村の女を嫁にもらおうとしているんだから。それでも私が頑なに結婚の意思を表すと、しぶしぶながら了承してくれた。ただ、その後は両親やきょうだいと縁を切ったよ。
「どうしても結婚したいなら、お前の好きにするがいい。しかし、もう二度と家の敷居を跨いでくれるな」と言われてね。
数年後には、娘の沙夜が生まれた。しかし沙夜はこの村で生まれたため、何年経っても無口なままだった。
まぁ、泣き声くらいはあげたがね。それで私は、少々畏怖を感じた。
あ~、伝説というのは本当だったのだと。
それから私は、この先もずっと村にいたら、いつか自分にも家内や娘のように呪いが降りかかるのでは?とという不安を抱き、寺の住職に相談に行った。
すると住職が、こう提案してくれたんだ。
(そのお札とお守りを毎年購入されてみてはどうですか?
まず、いつも家の中に置いておくために一組。身につけて持ち歩くために、もう一組。神棚や仏壇など目に付くところに置いたり、入浴時以外は常に肌身離さず持っておくのです。もしどこかで落としたりなくしたりしても、代わりに家にあるほうを持ち歩いたり、念のための予備が必要であれば、夕方5時までにまた購入しに来ていただければ、年中呪いは回避できます。前年に使ったものは、こちらでお炊き上げさせていただきますので、ご安心ください)とな」
「なるほど。それであなたはずっと呪いがかからず、村の中で話すことができるんですね?」
「そういうことだ」
「でもそれだと、外から来た人間というのは住職兄妹以外だと、あなた1人だけということになります。他の村人で家庭を持たれた方たちは、村人同士で一緒になったということですか?」
「さぁ。私もそのへんは詳しくないがね。ただ、伝説通りだと村で生まれた平五郎の子孫は皆、呪いをかけられて喋ることが出来ないというのだから、ここに暮らす無口な人間は、皆平五郎の一族ということになるだろうね。この村で他に喋れる人間を探すというのは、森の中から1枚だけ形の違う葉っぱを探すくらい難しいことだと思うがね」
「そうですか」
自分と同じ外の人間に出会えたのは良かったが、一族同士の結婚などあり得るのだろうか?
まぁ、昔であればそのようなことがあっても不思議はなかったのかもしれないと祐太郎が思っていると
「また何かあれば、いつでも来なさい」
と父親が言った。
祐太郎は、先ほどから気になっていることを聞いてみた。
「ありがとうございます。つかぬ事をお聞きしますが、奥様はどちらに?」
「ん?家内かね?亡くなったよ。5年前に病気でね」
「あ、これは大変失礼いたしました」
よく見ると、部屋の上には先祖代々の写真が飾られ、その中に比較的新しい女性の写真があった。
(あれがこの人の奥さんか)
たしかに、聡明で優しく朗らかな感じの顔をしている。
ふと腕時計を見ると、午後2時半を指していた。
(そろそろ帰るとするか)
「あ、それでは、私はこれで失礼します。大変貴重なお話をありがとうございました」
「うむ。沙夜、その辺まで送ってあげなさい」
「あ、でも・・・」
「遠慮しなさんな。若い者同士つもる話もあるだろう。ほほほ」
「はぁ・・・」
沙夜の父親に見送られ、祐太郎は沙夜と2人で村を歩いた。
当然ながら、沙夜は無言だ。祐太郎から話を振ってみる。
「沙夜さんは今、お父さんと2人暮らしなんですか?」
(うん)
「じゃあ、家事は全部沙夜さんが?」
(うん)
「そっか。大変ですね」
会話が続かない。
と、沙夜がノートに筆談を始めた。
(そういえば明後日、無言寺で夏の夜祭りが行われるんですよ。屋台が並んで、村人がたくさん集まって賑わいます。とても楽しいですよ)
「観光客も来るの?」
(さぁ、どうでしょう?少なくとも私が生まれてからは、一度も村の夜祭りに来た観光客の方は見たことがありません。もしかしたら、すれ違っていても私が気づいていなかっただけかもしれませんけど)
「そう」
(もしよかったら、一緒に行きませんか?)
「え?でもそうなると僕は、お札とお守りを買ってどこかに泊まらないといけないんだよね?」
(はい。もし村内でお泊まりになる場合は、お寺の宿坊がありますし、もしよければ家に泊まっていただいても構いませんよ。うちは父と私の2人だけですから)
祐太郎は悩んだ。沙夜の誘いを受けるべきか、断るべきかについて。
(掟を破ると呪いがかかるという不可思議な伝説のある村に宿泊することについては、若干の不安がある。しかし、お札とお守りが本当に効果があるものなのか?興味はあるし、夜祭りというのもそそられるものがある)
「分かりました。行ってみます」
(では、明日のうちにお寺でお札とお守りを授与しておいてください)
そう言い交わし、祐太郎は沙夜に名前を伝え、夜祭りで会う約束をして別れた。
ホテルに戻ると、フロントの朝木に先ほどの沙夜との約束を報告した。
「それは随分、思い切りましたね」
「いやぁ、僕も少し迷ったんだけどね。お札とお守りに本当に効果があるのか?ちょっと確かめてみたくなって」
「そうですか。では、明後日はあちらでご宿泊を?」
「うん、そのつもりでいるよ。明日、寺の住職に相談してみようと思う」
「分かりました。しかし、十分お気を付けて夜祭りを楽しんできてくださいね。夜は魔物が徘徊しやすいので、引き込まれないように」
「随分と恐いことを言うね、きみ。脅かしているの?」
「いえいえ。あくまでも夜は足下や周りが見えづらく危ないので、注意の意味で申し上げたまでです」
そう言うと朝木がお辞儀をして仕事に戻ったので、祐太郎も部屋に戻った。
(さて、明日は寺へ行ってお札とお守りを買ってこなければ。特別に作られたと言っていたが、どんな物なんだろうか?)
呪いから守ってくれるというそれに思いを馳せながら、祐太郎は少しだけベッドに横になった。
夕食にはまだ早かったので、少し仮眠をすることにした。
(無事に戻って来られるといいが)
祐太郎が瞼を閉じる。
窓の外では、西日が傾きつつあった。