(23)
数ヶ月後。
颯太と叶は、ハワイ島のワイメア地区にいた。ここは“パーカー牧場”を中心に、ハワイの言葉で「カウボーイ」を意味するパニオロの街として知られ、現在も大小様々な牧場が集まっている。涼しくて過ごしやすい高原地帯で、上質な農作物の産地としても有名だ。
2人の住居は現地のレストランオーナーが支援をしてくれ、小さな一軒家を安く借りることが出来た。
颯太は日中、日本から一緒に来た同僚や先輩たち数人と現地レストランで働き、叶はひとまず花嫁修業ということで家事全般を担当し、ハワイでの生活に慣れることを優先させた。
まだまだ分からない言葉が多く、コミュニケーションもままならなかったが、隣に住むルアナという女性が叶を優しく受け入れ、助けてくれていた。ルアナは50代で叶とは年が離れていたが、2人はすぐに仲良くなった。
ルアナには1人の娘と2人の息子がいたが、3人とも独立して家を離れていたので、今は夫のカイさんと仲良く2人暮らしをしている。普段は何かと叶たちを気に掛けて家に来てくれることがあり、叶と颯太もルアナの家の食事に呼ばれるなど、お互いの家を行き来していた。
ある日、颯太と叶はルアナの家での昼食に呼ばれていた。
ルアナは手料理が得意で、彼女の作るものはどれもシンプルで素材の味が活かされており、日本人の口にも合うようなお袋の味という感じで、とても美味しかった。
叶も、時々はルアナに料理を教えてもらうことがあったり、逆に叶が日本の料理をルアナに教えることもあった。
結婚式のことを聞かれると、颯太は
「雨の少ない乾期の6月に、“フォーシーズンズ・リゾート・フアアライ”でやろうと思っています」
と伝えた。ルアナは
「それはいいわね。屋外ウェディングには良い時期よ。海も近いし。そのままビーチフォトを撮ってもらうといいわ」
と言い、実は自分たちもそこでフォトウェディングをしたのだと、棚の上に飾ってあった写真を見せてくれた。そこには、海をバックに若い頃のルアナとカイが笑顔で写っていて、とてもカッコ良くて素敵だった。
それからは、式に招待する人のリストを話し合ったり、観光するならどこがオススメだという情報をもらったりと楽しい談笑が続き、カイが
「今度、釣りに連れて行ってやるよ。いい場所があるんだ」
と、颯太を誘っていた。
誰も知り合いがいない海外での生活に不安があった叶も、ルアナやカイと知り合うことで新たな故郷や家族が出来たようで、(颯太に付いてきて良かった)と、今の生活に満足していた。
その夜、挙式までまだ少し期間があったが、颯太と叶は早めに結婚式の招待状を準備した。
結婚式当日。
式には颯太の職場の人たち、タケ夫と菊子、悠介と晴海、清花、麻里香、美樹、孝太と久美子とその子どもたち、そしてルアナとカイや友人たちが参列した。
和美と幸司は「子どもたちがまだ小さいから」と不参加にし、後で写真を送って欲しいと颯太たちに頼んでいた。
颯太と叶は「フォーシーズンズ・リゾート・フアアライ」の屋外ガーデンで挙式後、少し移動してビーチフォトを撮ってもらった。
せっかくだからとスタッフに勧められ、タケ夫と菊子、悠介と晴海も夫婦で記念撮影をしたり、叶たちも友人たちに囲まれて、賑やかな写真をたくさん撮った。
その後は、海の望める宴会場でささやかな披露宴が行われ、友人たちからは高校時代の数々のエピソードが披露されたり、ルアナとカイからは現地の歌がプレゼントされた。叶が失声症のため、花嫁から両親への手紙の朗読は省略され、その代わりに颯太から2人の両親に向けて、感謝の手紙の朗読が送られた。
会場中が涙でつつまれ、叶はタケ夫と菊子から、颯太は悠介と晴海からそれぞれ抱きしめられ、「これからも(颯太を)(叶を)よろしくね」と温かく迎え入れられた。
ブーケトスタイムになり、叶がブーケを投げると、それを受け取ったのは清花だった。
みんなから祝福の声を浴び、清花は万歳をして「ありがとう!」と笑顔で答えた。
こうして、友だち同士で幸せを順番に繋いでいけることを叶はとても嬉しく思った。
宴が一段落して参列者が解散し始めた頃、端のほうで半分酔い潰れていた麻里香がぽつりと独り言を言った。
「あ~、私も彼氏欲しい!」
するとそこへ、背中から声をかけられる。
「じゃあ、僕はどうですか?まだフリーですよ♪」
トロンとした目で見返し、
「あんた、誰?」
と聞く。
「僕は、田原君の同僚の殿崎直樹と言います。あ、同僚といっても僕のほうが3つ年上ですけどね」
とその男性、殿崎は答えた。
「ふ~ん。殿崎さん・・・うん、いい!すごくいい!ハンサム。私のタイプ。決めた!私、殿崎さんの彼女になってあげる」
いきなりの発言に殿崎は驚いたが、すぐに笑顔になって
「大丈夫ですか?」
と、酔っている麻里香を心配して優しく肩に手を掛けた。
麻里香は、遠くにいた主役たちに向かって手を振りながら、
「田原~、叶ちゃ~ん。私、殿崎さんと付き合うことにする!」
と大胆発言をした。殿崎も、麻里香の後ろでピースサインをする。
颯太たちは殿崎のほうに近づいてきながら、
「え、殿崎さんいいんすか?こんなのと付き合って」
と無遠慮なことを言った。
麻里香も酔っていながら、そこはさすがに素早く反応して、
「ちょっと、田原!こんなのとはどういう意味よ!?こんなのとは!レディーに失礼でしょ!」
とむくれた。
「悪ぃ、悪ぃ」
と颯太は笑いながら麻里香に謝り、殿崎に
「佐藤、きっと酔っているから本心から宣言しているわけじゃないと思いますよ。大丈夫ですか?」
と聞いた。すると殿崎は
「うん、そうみたいだね。でも僕いまフリーだし、いきなり付き合うってわけじゃなくても、友だちからなら仲良くなってもいいかなと思って」
と前向きな発言をした。それを聞いていた麻里香は
「え~、友だちから?・・・まぁいいけど。でも、私のこと大事にしてくれない人は、痛い目に遭うんだからね~だ!」
と、やっぱり半分酔ったような口調で言った。
それを見て、叶も颯太も殿崎も笑った。清花が
「麻里香、飲み過ぎ~。水持ってこようか?」
と心配し、麻里香は無意識に軽くうなずくような仕草をした。
その後、みんなで記念写真を撮ることになったが、酔ってヘロヘロになっていた麻里香は、あろうことか殿崎さんにお姫様抱っこをされて撮影に臨んでいた。が、その直後「気分が悪くなった」とトイレに直行した。
トイレから出てきた麻里香を殿崎さんが介抱して、清花や美樹たちもホテルのそれぞれの部屋に戻っていった。
「俺たちも部屋に戻るか」
と颯太が言い、叶と一緒に部屋に戻った。颯太と叶は、当然同じ部屋で寝ることになっていた。
「叶、今日はありがとう。疲れていない?」
と颯太が聞くと、叶は
(うん。ちょっとだけ疲れた)
と指で“少し”の表現をした。
「そっか。じゃあ早めに風呂入って寝るか」
(うん・・・)
颯太と叶は、同じことを考えていた。
“新婚初夜”。今日から2人は夫婦になったのだ。気まずい空気が流れている。颯太が
「風呂、俺が先に入ろうか?それとも一緒に入る?」
とおどけた。叶が驚いた顔をしたので、颯太は
「いや、そんなねぇ、うそうそ!ごめん」
と謝った。が、叶は颯太の側に座り、腕を組む。その意味を理解した颯太は
「いいの?」
と叶に聞き叶がうなずいたので、頭を優しく撫でて抱きしめた。
「叶、大好きだよ。愛してる」
颯太と叶は一緒に入浴し、そのあと初めてたくさん愛を確かめ合った。無事に新婚初夜を迎えられたのだ。
今までに2人とも経験したことがなかったので、何をどうするのが正解なのか?は分からなかったが、2人で一緒に幸せな時間を感じられたことが満足なら、それでいいのだと思った。2人の愛に正解はない。それは、これから2人で一緒に作り上げていくものなのかもしれなかった。
颯太と叶は、お互いの温もりを感じながら、深い眠りについた。
翌日。
颯太は幸司にLINEをした。
「幸司さん。俺、無事に新婚初夜迎えました(ピースの絵文字)幸司さんの言っていたこと、ちょっと分かったような気がします。和美姉ちゃんにもよろしく。ちゃんとした写真は、また現像したら送ります」
と書き、ビーチで撮影してもらった写真を添付した。
叶に「おはよう♡」と言い、叶も笑顔で答えた。
朝食を食べるため、2人でレストランに行くと、孝太たちイツメンが先に食べ始めていた。
「よ、新婚さん!こちらへどうぞ」
と、孝太が冷やかす。
颯太はビュッフェで適当に朝食を調達し、孝太の隣に座った。女子たちはそれぞれにビュッフェやパンケーキの朝食を食べていたので、叶もパンケーキとサラダ、コーヒーで軽めの朝食を取ることにした。
ジュースを飲みながら、孝太が颯太に耳打ちをする。
「お前、昨日やったの?」
卵料理を食べていた颯太は軽く噴き出しそうになったが、素直にうなずいて答えた。
「うん。したよ」
「で、どうよ?」
「まぁ、よかった」
「そっか、そっか。おめでとう」
男子たちのヒソヒソ話に不審な目を向けて、久美子が
「ちょっと、何コソコソしてんの?どうせ、ヤラシイことでも話しているんでしょ。子どもも見ているんだから、やめてよね」
とズバリ言ったが、孝太は
「いやいや、これは俺たちにしか分からない話だから。久美子たちは気にしなくていいって」
と、適当にごまかした。
昨日酔い潰れていた麻里香は、まだ少し酒が残っているのか、青い顔でサラダとデザートだけを少しずつ口に運んでいた。そこへ
「二日酔いには、グレープフルーツジュースがいいですよ」
と、殿崎が麻里香の前にジュースを置いた。
「殿崎さん・・・あ、ありがとうございます」
麻里香が礼を言うと、殿崎は
「もしよかったらこの後、散歩に行きませんか?少し外の空気を吸えば、気分も落ち着きますよ」
と、麻里香を誘った。
「よければ、お友だちのみなさんも一緒に」
と誘われたが、せっかくの麻里香のチャンスを邪魔しては悪いと思い、殿崎の誘いを丁重に断った。
両親たちは日本に帰国するため、ホテルの前で颯太たちとの別れを惜しみ、タクシーで空港へ向かった。
清花たちはハワイにもう一泊する予定だったので、今日は一日レンタカーを借りて、颯太の運転と案内で島内の観光に行くことにした。
美樹が、映画『ホノカアボーイ』の舞台になったホノカアに行ってみたいと言ったので、ワイメア経由でのんびりドライブしながら向かった。
『ホノカアボーイ』は、俳優の岡田将生が主演の映画だ。ハワイ島のホノカアを舞台に、町の映画技師として働くことになった青年とそこに暮らす人々の人間模様がつづられる、ハートウォーミング・ストーリー。
美樹は、ずいぶん昔に一度だけその映画をDVDで観たことがあったが、内容はなんとなくしか記憶になかった。
「岡田将生って、かっこいいよね。なんか、シュッとしてて」
と清花が言うと、孝太が
「俺みたいに?」
と言い、久美子にどつかれていた。ホノカアを散策しながら、美樹は
「まだ子どもだったから、映画の記憶が曖昧なんだよね。なんかこの辺、そういえば出てきたかも?くらいで」
と町並みを見渡して言った。
テックス・ドライブ・インに寄り、休憩がてら名物のマラサダを食べた後、ホノカア・マーケットプレイスやホノカア・トレーディング・カンパニーでショッピングを楽しんだ。
途中、ホノカア・ピープルズ・シアターを目にした美樹がスマホで情報を検索し、
「そういえばここ、映画の舞台になった映画館だ!」
と気づき、みんなで記念写真を撮った。
「帰ったら、もう一回DVD借りてちゃんと観よう」
と言ったので、後日清花たちも日本に帰ったらみんなで集まって、鑑賞会を開くことにした。
颯太と叶は、いずれ自分たちも機会があったら『ホノカアボーイ』のDVDか小説を買ってみることにした。
そこから少し移動して、ヒロという街に向かう。ここは、サトウキビ栽培などに従事した日本人移住者によって造られ栄えた歴史をもつ、初めて訪れたのにどこか懐かしい雰囲気を感じるところだった。
颯太は、ヒロについての自分の思いをみんなに聞かせた。
「“ヒロ”ってさ、ハワイの言葉で結ぶとか編むっていう意味があるんだって。なんかちょっとカッコ良くない?俺さ、叶と2人でいつか店出したいと思っているんだけど、ヒロも候補地の一つなんだ。
いろんな人との縁を結んで、叶と一緒に幸せな人生を編み込んでいく。そんな生き方が出来たらいいなって思って」
「颯太、お前カッコいいな。なんだよそれ。すげーいいじゃん。夢があるってうらやましいわ」
と、孝太が素直な感想を言った。
颯太も助手席に座る叶も、孝太の言葉に嬉しくなって、お互いに目を合わせて微笑んだ。
一行は、カメハメハ大王が少年時代に持ち上げたという伝説がある「ナハ・ストーン」を訪れた。
颯太が石の言い伝えをみんなに聞かせる。
「重さは推定3.5tあって、持ち上げることができた者はハワイの王者になるっていう言い伝えがあったんだってさ」
それを聞いた孝太は、もちろん簡単に持ち上がるはずはないのだが、某アニメの主人公を真似して
「ハワイの王者に、俺はなる!」
と、大きな石に果敢に挑んで久美子やみんなに笑われていた。2人の子どもだけは
「パパ、がんばれ~」
と純粋な応援を送っていた。
お腹が空いてきたところで、「プカプカ・キッチン」に寄った。ここは店内でも食事は可能だが、中は狭く混みやすいため、メニューをテイクアウトするか日本食の弁当を買って食べてもよかった。
天気も良かったので、せっかくだからとそれぞれに弁当を買い、近くのモオヘアウ郡立公園の芝生に座って、みんなでシェアをしながら食べることにした。缶のスプライトとコーラで乾杯をして、それぞれに感想を言い合う。
「まさか、ハワイに来て日本食が食べられるなんて思わなかったよ」
「この缶、かわいい♡」
「うん、肉も野菜もご飯も全部美味い。最高!俺もこっちに住みたいな~」
「お、孝太たちも来るか?いつか店ができて、お前たちが働くところなくなったら雇ってやるよ」
「言うね~。まぁ、さすがにそこまでは考えていないけどな。気が向いたら、いつか遊びに来るよ。その時は、また案内してくれな?颯太。いいよな?久美子」
孝太は、颯太と久美子にそれぞれ質問をした。
颯太は
「俺は、いつでも歓迎するよ」
と言い、久美子は
「まぁ~、年に1回くらいはね。でもその代わり、しっかりお金貯めてよ。私も協力するから」
と現実的なことを言った。食事を終えた孝太は
「もちろん、父ちゃんは頑張るよ」
と言って、芝生に寝転んで伸びをした。他のみんなも、それぞれにくつろぐ。子どもたちが走り回り、久美子はそれを追いかけていった。
少し歩いた先にカメハメハ大王像があるということで、昼食後は腹ごしらえにみんなで散歩し、記念撮影をした。
その後、車でヒロの市街地まで行き、ヒロ大神宮を参拝した。ここは1898年に建てられた最も古いハワイで唯一の神社で、古くから日系人の心の拠り所となってきた。鳥居が立つ様子を見ると、まさに日本にいるかのような感じを受ける。
参拝後、大人たちはそれぞれに交通安全のお守りや、ハワイ島限定“オヒア・レフア”が刺繍されたお守りを購入し、久美子は子どもたち用に“こどものおまもり”を買い、みんなでおみくじを引いた。ここのおみくじは日本語と英語が両面に記載されていて、誰でも楽しめるようになっていた。
ひととおりの観光を終えると、一行を乗せた車は日が暮れ始めた道をホテルに向かって走った。女性陣と子どもたちは、後ろのシートで静かに寝息をたてている。
「颯太、今日はありがとうな。すげー楽しかった」
と、助手席の孝太が話しかける。颯太は
「おう。またみんなを連れて遊びに来いよ。叶と2人で待っているから」
と返事した。
「そうだな。なんか、颯太たちと別れて日本に帰るの変な感じ」
「はは。まぁ~、俺らもそのうち時間見つけてたまには帰国するからさ、また向こうで会おうぜ」
「約束な」
親友の2人は軽くグータッチをして、日本での再会を誓った。
夕食後は、翌日帰宅する孝太たちとの最後の夜を楽しむため、颯太と叶夫婦の部屋に集まり、簡単なお別れ会を開いた。久美子は子どもを寝かしつけるため、不参加だった。
「あ~、明日ついに日本に帰るのか。もっといたかったな」
「麻里香は、殿崎さんの彼女になってあげるって宣言していたじゃん。また会いに来れば?」
「うん、そうする」
「私、叶たちのお店ができたら絶対また来る!その時は、ちゃんと友だち割引してね」
「まぁ、考えとくわ」
「で、どんな店にするつもりなの?」
「肉や魚をほとんど使わない、使ってもメニューの一部な。メインは野菜やフルーツ、身体に優しい地産地消の食材を使った健康志向の店。広い庭にはテラス席を設置する。店の横にはハーブガーデンをつくって、いつでも新鮮なハーブを摘んで使えるようにしたいんだ。それで、仕事や生活で疲れたお客さんがリラックスして過ごしてもらえる雰囲気にする。なんか昔、一度だけ叶に連れられて行ったカフェがそんな感じだったから」
「へ~。なんかすごいな、颯太。そんなに細かい設定まで考えているなんて」
「ホント。ますます楽しみ♪」
叶は、ようやくリノが目指していた本当の未来に近づいてきたようで、嬉しくなった。そして、お店でお客さんの体調や要望に合ったハーブティーを提供できるように、これからもっともっとハーブの勉強を頑張ろうと思った。
同級生たちの楽しい宴は、夜遅くまで続いた。
翌日。
颯太と叶、そして2人に付いてきた殿崎は、日本に帰国する孝太と久美子一家、清花、麻里香、美樹を空港まで見送りに来た。
「じゃあな、颯太。ホントたまにはこっちに帰ってこいよ。杉・・・あ、叶ちゃんも幸せにね」
(うん)
「叶、元気でね。また連絡する」
「私は手紙書くね」
と、清花と美樹。
麻里香は
「叶ちゃ~ん、またねぇ~。寂しくなったら日本に帰ってくるんだよぉ~?私も絶対また会いに来るから~」
と、半分泣きながら叶に抱きついていた。叶は、麻里香の頭をヨシヨシする。
すると横から殿崎が麻里香に話しかける。
「麻里香さん、また来てくださいね。今度は、僕が島を案内します」
麻里香は、ますます泣きじゃくり、
「殿崎さ~~~~ん!帰りたくないよぉ~~~~!」
と、大声で訴えていた。清花が
「ちょっと、麻里香!みんな見てる。恥ずかしいよ!」
とたしなめる。
飛行機の出発時間が近づき、泣いている麻里香を促してみんなが颯太たち3人に手を振って、ゲートの中に入っていった。
「行っちゃったね」
と殿崎。
「なんか、あっという間でしたね」
(うん)
レンタカーを返却し、3人はタクシーでそれぞれの家に戻っていった。
颯太と叶が家に戻ると、隣からルアナが出迎えてくれた。
「お帰り。疲れたでしょう。夕食はうちで食べるといいわ。それまでしっかり休みなさい」
「ありがとう。そうさせてもらいます」
颯太と叶は、夕食の時間までお茶を飲んだり昼寝をして、ゆっくり身体を休めた。
そして夕食では、颯太と叶が同級生たちとどれだけ楽しい時間を過ごしたかをルアナとカイに報告し、食後はヒロで買ってきたお土産のお菓子を出して、Teatimeを楽しんだ。
家に戻り交代で入浴を済ませると、2人でベッドに座って星空を見上げる。
「叶。改めて言うけど、付いてきてくれてありがとう。叶が一緒に来てくれなかったら、俺いまごろ1人で寂しく暮らしていた。うまく言えないけど、これからもよろしく」
(こちらこそ、よろしくお願いします)
と、叶もぺこりとする。
「なぁ、俺たちが抱き合ったら向こう(ルアナさんたちの家)に聞こえるかな?」
颯太の発言に、叶は照れ隠しで枕を投げつける。
「いて!冗談だよ、冗談(笑)その時は、ちゃんとしたところ行くから」
今度は、颯太の身体をベッドに押さえつけた。
「叶、ストップ!」
しばらく2人のじゃれ合いが続く。
幸せな2人を見守るように、いくつかの星が夜空を流れていった。
数年後。
朝からいい天気だ。庭では、4歳くらいの女の子がシャボン玉を飛ばして遊んでいる。その様子をテラス席のテーブルにクロスを掛けながら、母親が見守っている。と、そこへ
「叶~」
と、1歳くらいの男の子を抱いた颯太が、手に試作品を持って2人のいる庭に出てきた。
あれから颯太と叶は、長女の莉乃(りの)と長男の海(ひろ)という2人の子どもを授かった。
“リノ”はハワイの言葉で「光る、輝く、結ぶ、編む」といった意味をもち、“ヒロ”は颯太たちが暮らしている地名からとった名前でもあるが、「結ぶ(むすばれた)、編む(編まれた)」という意味をもつ。どちらも人との縁を大切に結び、楽しいこともそうじゃないことも全部含めて、自分なりの幸せな人生を編んでいってほしいという願いを込めた。ひろの漢字は、ハワイの広い海をイメージして付けた。
「出来たぞ、俺の自信作「キャロットケーキ」。これ、ホイップ付けたらもっとよくなると思うんだけど。食べてみて。莉乃もおいで」
と、颯太は叶たちに試食を促した。
莉乃が一口食べて
「パパのケーキ、美味しいね」
と可愛い声で言い、叶も親指を立ててグーサインを出し、うんうん!と美味しい気持ちを表現した。
「良かった。じゃあ、さっそく今日から出してみるよ」
颯太と叶は、ヒロの地で無事に『café nanea』というカフェをオープンさせた。
“ナネア”とは、ハワイの言葉で「興味深い、面白い、気楽に楽しんで、リラックスした」という意味をもつ。
店に来た人が、肩の力を抜いてそれぞれの楽しみ方で、リラックスして過ごしてもらえるようにとの思いで名付けた。店内は森をイメージした落ち着いたインテリアを施し、カフェの他には手作り作家さんたちの作品を委託販売出来る小さな雑貨販売コーナーも設けた。
カウンターには、昔叶が修学旅行のお土産でリノに買ってきた、シマエナガのぬいぐるみがちょこんと座っていた。だいぶ古くはなっていたが、ずっと叶の人生をそばで見守ってくれている神様のような存在で、叶は大切にしていた。
そして壁には、高校時代に叶が『カフェlino』をイメージして描いた絵を飾った。
かつて、叶がリノとやりとりしていた交換日記のノートは不思議なことに、高校時代の叶が書いた内容は消え、リノが叶に向けて書いてくれたたくさんのアドバイスやメッセージだけが残っていた。
そのノートはずっと大切にされ、今では颯太が作る料理のレシピや、叶が勉強したハーブティーの情報が所狭しと書かれている。
基本的に店は2人で切り盛りしているが、時々ルアナや友だちが手伝いに来てくれたり、カイが釣った魚を持って来てくれて、それをメニューの一部に加えることもあった。レストランが休みの日は、殿崎が店に顔を出すこともあった。
あれから殿崎は、麻里香と遠距離恋愛でLINEや手紙のやりとりをして、上手くいっているようだった。
そして、いずれ日本に帰国して昔働いていたレストランに戻り、麻里香にプロポーズをしようと思っていると話していた。
颯太と叶は、年に一度は帰国してそれぞれの両親に会いに行ったり、和美の家にも遊びに行ったりした。
同級生たちとの交流は今も変わらず続き、海が生まれる前は清花や美樹の結婚式にも参列した。
もうすぐ開店の時間。今日はどんなお客さんが来るだろう?と期待に胸を弾ませていると、入口のほうに立つ女子高生らしい日本人観光客の姿が見えた。
その女の子は、緊張しながら店の様子をうかがっている。叶はゆっくり彼女のもとへ歩いていき、メモ帳にこう書いてにっこり笑った。
(いらっしゃいませ。どうぞお入りください)