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4月――大学の入学式当日。

グレーのスーツに身を包んだ叶は、珠紀と一緒に学校へ向かった。新入生1人につき保護者は1人まで参加可能で、母の晴海とは校門付近で待ち合わせた。

久しぶりに叶を見た晴海は、感動した様子で

「叶、見違えるほど大人になったね」

と、抱きしめてくれた。

晴海に珠紀を紹介し、珠紀も晴海に挨拶をして、珠紀が叶と晴海のツーショットを撮ってくれた。また、

「これから叶のことをよろしくお願いします」

と、晴海が叶と珠紀のツーショットも撮ってくれた。

それを晴海は悠介に送り、叶は清花たちにLINEで送った。清花たちからもそれぞれに新しいスーツ姿の写真が送られてきた。見慣れない姿で不思議な感じがしたが、みんなよく似合っていて素敵だった。


式の後、珠紀たちが構内を案内してくれた。

お昼は初めての学食を食べることになり、和美がみんなの分を奢ってくれた。

「叶ちゃん、サークルは何か入るの?」

と和美に聞かれたが、勉強とバイトに集中したいからサークルに入るつもりはないと伝えると、

「そうだよね。あれもこれもじゃ、時間がいくらあっても足りないもんね」

と美緒が言った。

3人は何かサークルに入っているのか?尋ねてみると、3人ともボランティアサークルに入っているとのことだった。

どんな活動をしているのか?というと、子どもたちの社会参加活動支援、身障者や高齢者のレクリエーション活動の支援スタッフ、地域住民との交流イベント手伝いなど、多岐に渡るいろんな人とのふれあいが出来る内容があるとのことだった。自分たちの生活を充実させたり、人との出逢いの輪を広げる目的もあるが、就活の面においても役立つということで、

「叶ちゃんも気が向いたら、参加してみて。強制じゃないから、参加してもしなくても自由だから」

と誘われた。

叶は、和美たちから聞いた話だとサークルも楽しそうだと思ったが、とりあえずは保留ということで、大学に慣れてから考えることにした。



時期が進むと、珠紀たち3年生はインターンシップをはじめとする就活が忙しくなり、早い人では、すでに先輩や身内の伝などを通して内定をもらう学生もチラホラいた。

そんな中、夏休みに和美が実家に帰省するので、よかったら颯太と叶も遊びに来ないか?と誘われた。

和美は、卒業したら地元に帰って就職するつもりなので、そっちの福祉関係の職場をいくつか当たってみるということらしい。

颯太にどうするか?と聞くと

「久しぶりに、おっちゃん、おばちゃんにも会いたいし、行ってもいいよ」との返事だった。

叶は、いくら和美の実家とはいえ、見ず知らずの人の家に行くのは気が引けたが、颯太も一緒だし、和美の帰省期間中に夏祭りや花火大会もあるというので、勉強の気晴らしになるならと、和美に同行することを決めた。


週末帰省していた叶は、夏休みに颯太の親戚の家に招待されたことを両親に伝えた。

父の悠介は

「そういえば、うちの実家も兄貴に任せっぱなしだから、いつか行かないとな」

と、自分の実家のことを思い出したようだ。

母の晴海は

「まぁ~、なんだか申し訳ないわね。じゃあ、せめてうちのお店のケーキでも持っていってもらおうかしら」

と言ったが、和美の実家まで距離があるのでケーキだと途中で崩れてしまうと叶が心配すると

「そうね。じゃあ何か日持ちするものを用意するわ」

と訂正した。



次の日、叶がバイトから帰ると郵便受けに結婚式の招待状が入っていた。誰からだろう?と差出人を見ると、“鈴木孝太・久美子”となっていた。

(え!?マジ!???)

驚いて急いで開封すると、久美子の丁寧な字で、こう書いてあった。

「叶へ

突然ですが、孝太と私は少し早めに式を挙げることになりました。

もし都合がよければ、ぜひ参列してください。

会場:○○ホテル 結婚式場

日時:7月○日  12:00~」

そして、出席・欠席の部分に○を付けるようになっていた。

叶の額を、冷たい汗が一筋流れた。

予定を早めてアパートに帰ることにした叶は、清花たちにLINEをし、その夜みんなで集まることになった。


いつものファミレスに着くなり、清花が

「叶の予想、当たったね!」

と言った。清花や麻里香、美樹、もちろん颯太にも招待状が届いていたのだ。

「ビックリだよね!だって、まだ卒業して何ヶ月だよ?あの2人って、進路どうなったんだっけ?」

「確か、2人ともどっかに就職したって言っていたような気がするけど」

「そっか。いつ決めたんだろう?ディズニーで会った時は、そんな話してなかったのにね」

そして、そんな話題が似合いそうにない美樹が

「まさか、デキ婚?」

と言うと、清花と麻里香は

「え~、嘘だぁ~」

「それがマジなら、やること早くない?」

と、信じられないという声を出した。

その後も、孝太と久美子についての思い出話や、式に何を着ていくか、ご祝儀はいくら包むか?など、結婚式の話題で盛り上がった。



7月某日。

正午からホテルで、孝太と久美子の結婚式が行われる。

叶、颯太、清花、麻里香、美樹はそれぞれに正装して、式に参列した。会場には双方の両親や身内の他、友人知人、孝太と久美子の職場の人らしき人たちの姿で、賑わっていた。

叶たちが新婦控室に挨拶に行くと、新郎の孝太もいた。ウェディングドレス姿の久美子は、今日の主役だけあってとても美しかった。

みんなでお祝いの言葉をかけると、2人ははにかみながら、式を早めた理由を教えてくれた。

「実はさ、久美子のお腹に新しい命が授かったんだ」

一同、驚きで言葉を失う。やっぱり、そういうことだったのか!

叶たちイツメンの予想は、見事に的中していた。


「まだそんなに目立たないんだけどな。久美子の体調が安定してからとも思ったんだけど、それだとドレス着れなくなるし。できるだけ早いほうがいいと思って。親からは「順番が違う!」って怒られたけど、結果的に、早かれ遅かれ結婚して親になるのは俺らだし。俺らの人生は、俺と久美子のもんだから。反対されても一緒になる覚悟っつーか。最悪、駆け落ちしてでも俺は久美子とお腹の子を守るつもりでいる。それを親に言ったら、「仕方ない。時代が違うからな」って、渋々承諾してくれたんだ」

自分たちの知らない間に、そんなことがあったのか。

それにしても今の孝太は高校の時とは違い、顔つきも話す言葉も、久美子とお腹の子を守ると言った決意も、全てに大人の男としての自覚を感じさせ、とてもカッコ良かった。

「孝太、すげぇな。一足先に父ちゃんになるなんて。子どもの性別分かったら教えろよ。俺がいい名前考えてやる」

「え、いいよ。颯太が思いつくと、なんか変な名前つけられそうだから」

「何だよ、それ(笑)」

しばらく、高校時代に戻ったときのように同級生の会話が弾む。

久美子は少しだけダルそうな顔をしてはいたが、久しぶりに会えた清花たちと話していると元気が出たようで、少しだけ笑顔になった。


式は、久美子の体調にも配慮して休憩をこまめに挟んだり、全体的に短めに催された。

颯太や叶たち同級生は、高校時代の想い出話を披露し、例の中庭での公開プロポーズ事件を孝太と颯太が再現した時は、参列者みんなの笑いを誘った。

新婦から両親への手紙の読み聞かせでは会場中が涙につつまれ、とても感動的だった。


式が終わり、ブーケトスタイムになった。久美子が後ろ向きで投げたブーケを独身の女性たちが狙っていたが、見事それを受け取ったのは、叶だった。隣にいた清花が笑顔で

「ほら、やっぱり次は叶じゃん!おめでとう」

と、まだ式を挙げていない叶を祝福した。麻里香や美樹も一緒に笑顔で拍手をしてくれている。

孝太が、颯太の背中を押して叶の横に立たせる。そして、参列していた人たちに向かって

「みなさ~ん。次の新郎新婦は、この2人です。ぜひまた祝福してやってください」

と大声で宣言し、颯太に

「おい、バカ!まだ早いって!」

とツッコまれていた。

会場からも笑いや拍手が起こり、颯太と叶は恥ずかしがりながら、みんなにペコペコとお辞儀をした。



妊娠中の久美子に配慮して2次会は行わないことになっていたが、せっかく集まったんだからと、主役抜きで颯太たちだけで2次会をすることになり、近くの居酒屋に行った。

一応まだみんな未成年なので、ソフトドリンクで乾杯した。

颯太が

「なんか、孝太がこんな早く結婚するなんて意外。でも、幸せになって欲しいな」

と素直にこぼした。他のみんなも

「そうだね。高校時代は、久美子の態度がムカついたけど。ホント今は、元気な赤ちゃん産んでほしい」

「あの2人なら、絶対幸せになるよ。たぶん、久美子が鈴木を尻に敷くだろうけどね(笑)」

と、孝太と久美子の明るい未来を願った。

 麻里香が、叶の手元を見て

「次は叶ちゃんかぁ。田原、絶対叶ちゃんを幸せにしなよ!しなかったら、私が痛い目に遭わせてやるから!」

と、颯太を脅した。颯太はそれに対して

「大丈夫だって。叶の手は、何があっても絶対に離さないから!」

と、隣にいた叶の手を繋いで、上に上げて見せた。みんなも

「ひゅ~。ごちそうさま♡」

「こんなところで見せつけないでよね」

と冷やかし、周りのお客さんや従業員さんたちから注目されてしまっていた。



アパートに帰ると、叶はブーケの花束をとりあえず水を張ったバケツに浸けた。

(明日、ちゃんとした花瓶買ってこよう。河野さん綺麗だったなぁ。でも、結婚して子どもができるって、なんか大変そう。私には、まだ想像できないや)

と、机に突っ伏しながらいろんなことを思った。


いつの間にか眠っていた叶に優しくタオルケットが掛けられる気配があったが、それは現実ではなく、夢の中でリノが掛けてくれているものだった。

朝目が覚めると、タオルケットこそなかったが、テーブルの上でスマホに付けた白猫のストラップが、窓から入る朝日に、キラリと光っていた。