(14)


卒業式当日。

無事に式が終わり、各教室に戻ってHRが行われる。黒板には「3年2組のみなさん 卒業おめでとう」の文字と、周りには桜吹雪の中で喜ぶいろんなアニメのキャラクターなどが描かれていた。どうやら在校生が前日の放課後に残って一生懸命、先輩たちのために描いてくれたらしい。

高杉先生が一人ひとりに卒業証書を渡しながら、一言ずつお祝いや労いの言葉をかけていく。

最後に、先生が全員に向けて贈る言葉を涙声で優しく語りかけた。

「みんな、卒業おめでとう。

これからそれぞれに、違う道を進んでいきますね。就職する人もいれば、進学する人、お家の仕事を手伝う人、いろんな人生があります。

これから先、たくさんの辛いことや悲しいことに出会うかもしれません。でもその分、反対に楽しいことや嬉しいことも、それ以上に待っていると思います。

どんなに勉強や仕事がしんどくて、途中で投げ出したい気持ちになったとしても、きっと今のみんななら大丈夫。絶対に乗り越えて行けると、先生は信じています。

もし、誰かに頼りたくなったり泣き言を言いたくなったら、いつでも先生に連絡してきてください。先生はずっとここにいます。いつでもみんなの話を聴きます。

また、友だちでもいいです。「ちょっと誰か聞いてよ!」って、ここにいる人でも、他の誰かでもいい。とにかく、一人で全部を抱えようとせず、あなたたちが頼れる人をどんどん頼って前に進んでください。

人は、一人では生きていけません。必ず、周りの人の力が必要な時があります」

と言うと、先生は昔のドラマの真似をして、黒板の端の一部を消して、そこに「人」という文字を書いた。

みんな静かに先生の言葉を聞いていたが、所々、教室中からすすり泣く声も聞こえてくる。

「最後は、みんなで笑って教室を出ましょう。以上!ハイ、みんな笑って笑って~」

と手を叩きながら、先生が某オバチャン芸人のモノマネをして、みんなを笑わせてくれた。

最後に黒板の前に集まって、3年2組の集合写真を撮って解散となった。



校庭のあちこちで、家族や友だち同士で記念撮影をしたり、別れを惜しんで談笑している生徒たちがいた。叶が清花たちと卒業旅行について話していると、孝太、久美子、颯太が近づいてきた。そして孝太が

「俺たち、付き合うことになった」

と久美子の肩を抱いて照れながらみんなに報告すると、

「え~、久美子フッたんじゃなかったの?」

「おめでとう!」

と、清花たちに驚かれたり、祝福されたりした。久美子が叶の側に来て

「杉原さん、今までたくさんひどいこと言ってごめん」

と、和解の握手を求めた。叶は

(ううん)

と首を横に振って快くそれに応じ、みんなも笑顔で2人の和解を見守った。


「ねぇ、みんなで写真撮ろう」

と麻里香が言い、叶、清花、麻里香、美樹、久美子、孝太、颯太は高杉先生にお願いして、仲良しグループの記念写真を撮ってもらった。その後、他の先生にシャッターをお願いし、高杉先生も交えてもう1枚撮った。

校庭の賑わいもだいぶ落ち着いてきた頃、旅行の集合日時を確認し、「バイバイ」とお互いに手を振り合って、清花たちは帰って行った。

叶も颯太と一緒に帰ろうと歩き出すと、颯太が

「叶、ちょっといい?」

と、校庭の隅にある桜の樹の下に叶を誘った。

ドキドキしながらついて行くと、颯太が真剣な顔で自分の思いを話し出した。

「俺、これからの2年間で一生懸命頑張って、調理とかの資格取る。それでさ、どっかに就職して料理の修行しながら、叶が大学卒業するのを待っている」

(うん)

「それで・・・いつか俺と一緒に、店作ろう」

(!)

「叶みたいにさ、コミュニケーションが難しい人でも気兼ねせずに来られて、ゆっくり過ごしてもらえるような、温かい店。俺の作ったものを食べた人が、「美味しい」って喜んでくれて、笑顔になって、幸せな気持ちになってくれるような、そんな店。俺、マジで叶と一緒に作りたい。

俺は、叶のこと一生大切に守っていく。もしその先に、新しい家族ができたら、そいつらもみんな俺が大切にする。だから叶、一生俺に付いてきてくれないか?」

叶の答えは、一つしかなかった。

(うん!)

颯太が、叶を抱きしめる。

「ありがとう、叶!ずっとずっと大好きだ♡」

叶も、颯太の腕の中で嬉し涙を流した。



颯太からの幸せな告白を受けた後、叶は

(ちょっとだけ寄りたい所があるから)

と、颯太と校門で別れ、1人で『カフェlino』に向かった。あれからリノのことがずっと心配だったし、これから先、忙しくなったらしばらくは会えないかもしれないと思うと、どうしてももう一度だけ顔を見ておきたかったのだ。


 店の近くまで来て、叶はその異変に気づいた。『カフェlino』があった場所には工事車両が多く出入りし、

店のほとんども解体作業が進んで様子が一変していた。

(何、これ・・・)

あ然とする叶に気づいた1人の男性作業員が、叶に近づいてきた。

「学生さん、ここに何か用?」

叶は、メモにこう書いてその作業員の男性に尋ねた。

(ここ、少し前までカフェがありませんでしたか?)

作業員の男性は、不思議そうな顔をして

「カフェ?いや、ここは何年も前から廃墟になってたみたいだけど。いつまでもほったらかしだったから、幽霊屋敷みたいで不気味だからって、業を煮やした近所の住民が役所に苦情を言ったらしいんだ。それで、うちが解体工事を請け負うことになったんだよ。さ、ここにいたら危ないから早く帰ったほうがいいよ」

と、簡単に状況を説明してくれた。

叶は、理解が追いつかなかった。

(何年も前から廃墟!?そんなはずはない。だって、ほんの少し前までちゃんとお店はあって、私と颯太がリノさんと話して、お祝いのケーキだって食べたんだから!コーヒーを飲んだことだって、ちゃんと覚えているのに。どうして?)

リノさんは、どこに行ったんだろう?もう二度と会えないんだろうか?

混乱とショックを隠せないまま、叶は仕方なく帰宅の途についた。



一緒に店に行ったことのある美樹や颯太には、どう伝えていいのか分からなかった。叶自身も、これまでの記憶と今日見た現実とのあまりの違いに戸惑っていたからだ。

スマホには、『カフェlino』で買った白猫のストラップが、ちゃんと付いていた。

(夢じゃない・・・んだよね?)


しばらくベッドで横になっていると、下から母が夕食を知らせる声が聞こえた。リビングに降りていくと、食卓の上にはちらし寿司や唐揚げなど、豪華な料理が載っていた。

「今日は叶の卒業祝いだから、奮発したのよ。たくさん食べてね」

(・・・うん)

「叶、元気ないな、大丈夫か?」

と父に聞かれ、叶は両親を心配させたくなくて

(大丈夫。最後だからみんなとはしゃいだら、ちょっと疲れただけ)

と嘘をついて、いただきますと手を合わせて食べ始めた。

「じゃあ、今日は早くお風呂入って寝なさいね」

(うん)

一部はスーパーの惣菜もあったが、母が用意してくれたごちそうは、どれも美味しかった。

食べられるだけ食べてお腹がいっぱいになった叶は、食後のリラックスタイムにリノからもらった紅茶のセットから3パック出し、自分と両親の分を淹れた。

「あら、それどこの?何かデザートいる?」

と母親が聞いてきたが、

(これだけでいい、お腹いっぱい)

と手で合図をし、

(ちょっと前に、私のお気に入りのカフェで買ってきたんだけど、今日行ってみたら潰れていた)

とメモで伝えた。

「そう、それは残念ね。次々新しいお店が出来ているから、お客さんを取られちゃったのかしら。今どき、そういうの多いから。あ、美味しい」

両親は、自分たちが食べるためのクッキーを少しだけ出し、お茶請けにした。

そうであって欲しいと、叶は願った。

きっと工事現場の男性の話はただの噂で、客足が遠のいたから閉店してどこかに移転しただけなんだ。

リノさんはきっと、どこかでまた新しいお店を開いているかもしれない。

紅茶を飲み終えた叶は入浴し、早々に自室へ上がった。



机の上には、閉じたノートが置いてある。叶はページを開いて、今日のことを書き綴った。

(リノさん、こんばんは。

今日私は、無事に高校を卒業しました。いろんなことがあったけど、すごく充実した3年間だったような気がします。

私のことをイジメていた河野さんとは、最後に和解しました。河野さんは、鈴木孝太くんという子と付き合うことになったそうです。私も颯太から、「将来一緒に店を作ろう。一生俺についてきてくれ」と告白されました。すごく幸せでした。

それをリノさんに伝えたくて、学校の帰りにお店に行きました。でも、そこにあったはずのお店はなくて、工事の人に「何年も前から廃墟だ」と言われました。嘘ですよね?きっとどこかに移転しただけなんですよね?だってこの前、颯太と2人でお店に行って、お祝いのケーキを食べたし、コーヒーも飲んだ。ボールペンと紅茶セットをもらった。それもちゃんと手元にあります。

リノさん、今どこにいるんですか?体調は大丈夫ですか?もしまた会えるなら、リノさんの元気な顔が見たいです。リノさんの淹れてくれたハーブティーを飲んで、美味しいスイーツを食べて、この前みたいにいっぱいお話したいです。きっとまた、どこかで会えますよね?)


しばらくは、なんの反応もなかった。

やっぱりリノさんは、実在していなかったんだろうか?じゃあ、私が会ったリノさんは一体・・・?

と思っていると、突如ノートが淡く光り出した。

(あ!)

リノからの返事が返ってきたのだ。しかしそこには、いつもと違って弱い筆圧で書かれた、今にも消えそうなリノの精一杯の思いが綴られていた。

(叶ちゃん、卒業おめでとう。春からは大学生だね。新しい生活、しっかり楽しんでね。

心配かけてごめんなさい。お店のことは、工事の人が言った通り、ずっと前から廃墟です。叶ちゃんたちに見せたのは、未来の一部。

叶ちゃん、『パラレルワールド』って知っているかな?

叶ちゃんたちが今、存在して生きている現実の世界から枝分かれして、同時に複数存在している別の世界のこと。現実世界に似ているんだけど、何かが、どこかがズレている、そんな不思議な世界。

だから『カフェlino』はどこかでは存在しているんだけど、叶ちゃんのいる世界では、本当は存在していない。ただ、私がお店のことを知って欲しくて、叶ちゃんたちの前に幻想を出現させたの)


パラレルワールド、同時に存在している異空間・・・

子どもの頃、図書館で読んだ本にそんな話があったような気がする。それに、そんなものはテレビアニメで描かれる空想の世界でしかないと思っていた。

それが今現実に、叶のすぐ近くに存在していたなんて。


リノが続きを書いてきた。

(私はリノって名乗っているけど、本当はね、私は・・・叶ちゃんの未来の姿なんだ。

でも安心して。私は、叶ちゃんが選ばなかった別の道にいる叶ちゃん。どういうことか?全然分からないよね。ごめん。今から伝えることは、これからの叶ちゃんにとってとても大切なことだから、しっかり覚えておいて欲しい。

私の、というか今の叶ちゃんの恋人、颯太君。彼はね、専門学校を卒業した後、調理師の資格を取ってホテルのレストランで働いていたの。それで、叶ちゃんの未来(私)の就職を待って、一緒にお店を作るはずだったの。

でも、私が就職してから数年後、さぁこれから2人で頑張ろう!としていた時、颯太君が海外に行くことになったの。颯太君が働いている職場のレストランと提携しているお店がハワイにあってね。人員補充で日本から何人か行ってもらうことになったらしくて。それで、颯太君にもその話が来て「そっちのほうに行ってみないか?」って言われたんだって。颯太君は、自分の腕を試すいい機会だし、もっといろんな世界を見て、視野を広げられるならって、料理の勉強をするためにハワイに行くことにしたの。

当然、私もそれを聞いてね、応援したいと思った。そうしたら颯太君、「叶と離れたくないから、付いてきてくれないか?」って、私にも一緒に海外に来て欲しいって言ったの。

でも私は、それを断ってしまった。なぜなら、海外なんて言葉が通じないし、まして私のような喋れない人が、どうやって現地の人とコミュニケーションを取ったらいいか分からなくて、怖かったの。いくら颯太君と一緒だとはいえ、不安のほうが大きかったから、

(ごめん、私は行けない。でもいつかまた、颯太が日本に戻ってくるのをずっと待っているから。そうしたら、一緒にお店やろう)

って伝えた。颯太君は「そうだよな。叶にも叶の生き方や、やりたいことがあるもんな」って笑って、1人で向こうに行っちゃった。

それ以来、彼はずっと向こうにいったまま戻ってこなかった。きっと向こうで成功して、新しい人生を楽しんでいるんだと思う。だから私は、頑張って1人でお店を開いた。それが『カフェlino』。

でも、今でもあの時のことはすごく後悔している。どうしてあの時、颯太君に付いて一緒に向こうに行かなかったんだろう?って。たとえ怖くても、颯太君のそばにいれば、また違った人生があったかもしれないのにって。

だからね、叶ちゃん。今は颯太君が日本にいて、いつでも会える。だけどいつかは、ずっとずっと遠くに行ってしまう。叶ちゃん、颯太君の手をどうか、絶対に離さないで!2人が離れてしまったら、叶ちゃんの未来は今の私そのままになってしまうの。それだけは、絶対にダメ!

叶ちゃんには、どんな時でも颯太君のそばで笑っている人生を選んで欲しい。

お願い、叶ちゃん。どうか、私が生きられなかった、叶えられなかったもう一つの明るい未来を、私の分も颯太君と一緒に叶えて!叶ちゃんなら、絶対出来る。大丈夫だから!

この交換日記は今日でおしまい。今まで叶ちゃんといっぱいお話できて、楽しかった。

ありがとう、叶ちゃん。幸せになってね。あなたの素敵な未来を応援しています。

未来の叶より)


それからノートが光を放つことは、二度となかった。

叶は静かに涙を流しながら、ノートを閉じた。

(リノさん・・・)

そして、その夜はリノとの交換日記を胸に抱きしめて布団に入った。

(私も楽しかったよ。ありがとう、リノさん。大丈夫。私は絶対、何があっても颯太から離れない)



数日後の春休み。

叶は、駅前で清花、麻里香、美樹のイツメンと待ち合わせていた。これからみんなで「ディズニー」に行くのだ。

ここからは電車で2時間ほどだったが、ディズニーはランドとシーの2つのパークがあるので、両方遊び尽くすために2泊3日の予定を立てていた。

「おはよう!みんな元気だった?」

「ていうか、卒業式からそんな経っていないし(笑)」

「初めて行くけど、なんかすごいいっぱいエリアがあって、全部回れるかな?って感じだよね♪」

と、みんな分かりやすいほどウキウキしていた。


ディズニーランドに着くと、障害者手帳を持っていた叶は、同伴者1名につき同じチケットを購入できるということで、美樹と2人で“障がいのある人向け”チケットを購入した。清花と麻里香もそれぞれに1デイパスを購入し、パークに入っていった。


まず最初に目に飛び込んでくるのは、やっぱり有名なシンデレラ城だろう。その前で4人で写真を撮り、ウェスタンランドを目指して歩いていると、あちこちでキャラクターの着ぐるみがお客さんに囲まれて記念撮影をしていた。

「あ、チップ&デールがいる」

「ミッキーとミニーは、いないのかな?」

と、美樹と清花が言うと

「知ってる?あれってさ、1体ずつじゃないらしいよ」

と、麻里香がさっそく仕入れてきた裏情報を披露した。

「まぁね、ずっと1日中アレで動くの大変そうだもんね」

こういう大きなレジャー施設は、外から見ると一見華やかで楽しそうな雰囲気だが、そこで働いている人たちにとっては、かなりの体力勝負なんだろうと思う。きっと大変なんだろうな。私には絶対ムリだ!と、叶は1人でキャストたちの苦労を想像していた。


4人でちゃっかりキャラクターのカチューシャを購入し、あちこちで写真を撮りながらいくつかのアトラクションを制覇して、そろそろお腹が空いてきたので何か食べようとレストランに向かうと、そこにはなぜか、見知った顔があった。清花が気づく。

「え、あれ鈴木と久美子じゃん!」

「ゲ、マジ!?」

「本当だ。2人も卒業旅行かな?」

見ると、鈴木孝太と河野久美子が、仲良く座って食事を楽しんでいるところだった。

「どうする?ほっとこうか」

「うん。なんかラブラブなところ邪魔しちゃ悪いし」

と、2人を見なかったことにして注文カウンターに行こうとすると、孝太が気づいたのか、後ろから声をかけられた。

「お、もしかして瀬波?佐藤と熊沢と杉原もいんじゃん!え、めっちゃ奇遇なんだけど(笑)」

と、テンション高めだ。仕方なくみんなで側に寄り、清花が説明する。

「鈴木たちも卒業旅行?それか、もしかしてデート?」

「あぁ~、ま、そんなとこ。あ、もしよかったら一緒にまわらねぇ?」

久美子は、複雑な顔をしている。そりゃそうだろう。せっかくのデートを邪魔されたくない気持ちは、女子なら痛いほど分かる。鈴木君、空気読みなよ。

「私ら、久美子たちのデート邪魔したくないし、こっちも卒業旅行楽しんでるから。じゃね」

と麻里香が言うと、当の久美子が

「私らのことなら、全然気にしなくていいよ。もうほとんど歩いて楽しんだし。せっかくなら人数は多いほうが楽しいじゃん」

と言った。

4人で顔を見合わせ、(まぁ1日くらいいいか)と、叶たちは孝太と久美子に付き合うことになった。

昼食を済ませてパレードを楽しんだ後、プーさんやミッキーに会いに行き、清花、麻里香、美樹、孝太がトゥモローランドのライドに乗りたいと言ったが、絶叫系があまり好きではない叶と、疲れたから休みたいと言う久美子は、他の4人が出てくるまで施設の外のベンチで待つことにした。

気まずい。何か話さなきゃ・・・と、叶が筆談で久美子に伝える。

(なんか、ごめんね。邪魔して)

それを見て久美子は、

「あ、こっちこそ卒業旅行の邪魔してごめん。孝太にずっとあちこち引っ張り回されてさ、正直ちょっと疲れていたんだよね。だから、叶たちと会えてちょうどよかったって感じ」

(ふ~ん)

とうなずいてみる。

「どこからあんな元気が出てくるんだろうね。不思議」

(うん)

その時、突然久美子が突拍子もないことを言った。

「叶、結局田原とはどうなったの?」

久美子から颯太の話が出てくるとは思わなかったので、ドキッとした。

叶が、卒業式の日に告白されて付き合うことになったと伝えると、久美子は

「そっか、良かったね」

と一言、暗い声で言った。

(孝太君と、何かあったんだろうか?)

すると、叶の心配そうな視線に気づいたのか

「なんかさ、孝太と付き合うの疲れちゃって」

と、溜息交じりに言った。

「最初は、明るくていいやつだなって思っていたんだけどさ。それがずっと続くとだんだん飽きるっていうか、面倒くさくなって。あいつ、ほとんど自分のことしか話さないし。もう、私の事どうでもいいのかな?って思っちゃって」

と、愚痴をこぼした。

叶は、先日リノから言われたアドバイスを参考にして、今の素直な自分の気持ちを久美子にこう伝えた。

(孝太君、今はあんなんだけど、きっともう少し大人になったら変わってくると思うよ。今はさ、河野さんと一緒にいることが幸せで、自分のことをいっぱい河野さんに話して、聞いてもらいたいんだと思う。

たしかに、一方的に自分のことばっかり話されると疲れるし、イヤだと思う。でも、黙っていたら何も伝わらない。河野さんがイヤだと思うなら、ちゃんとそれを孝太君に伝えたほうがいいと思う。それでもし、2人の関係が悪くなったとしても、それはそういうものだったんだって思えばいいんだし。だけど、孝太君はたとえ河野さんが自分の思いをしっかり伝えたとしても、ちゃんと受け入れてくれると思う。颯太とつるんでいたくらいだから。ちょっとやそっとの事じゃ、大切なものを手放すようなヤワな人じゃないと思う。頑張って伝えてみたら?)

黙ってそれを読んでいた久美子は、軽く笑って言った。

「意外。叶からそんなアドバイスもらえるなんて。いや、変な意味じゃなくて、すごい嬉しい。ありがとう、叶。私、もう少し考えてみるね」

と言ったところで、清花たちが出てきた。

「お待たせ~」

「めっちゃ楽しかったよ。叶たちも乗ればよかったのに」

「次、どうする?」

と麻里香がみんなに聞くと、

「俺ら、そろそろ帰るわ。なんか疲れたし。行こうか、久美子」

と久美子を促した。久美子も同意したので、

「じゃぁ、ここで。またね」

とお互いに手を振り合い、孝太たちと別れた。叶は、心の中で密かに

(河野さん、頑張れ!)

と、去って行く久美子の背中にエールを送った。

「じゃあさ、最後にアレ行ってから帰ろうか」

と麻里香が提案する。

「あれって?」

と美樹。

「ホーンテッドマンション!」

「あの、999人のお化けがいて1,000人目を待っているってやつ?」

「うん。夜になると、窓から人魂が見えるらしいよ♪」

「ヤダ~。大丈夫なの?それ」

「うん。なんかそれって演出なんだって。私の親戚が行ったことあって、話に聞くより恐くなくて、むしろ楽しいらしいよ。ね、行ってみよう!」

と、とりあえず4人でそのアトラクションに行ってみることにした。


ファンタジーランドに建つ不気味な洋館が、その『ホーンテッドマンション』らしい。

中に入ると「年老いていく肖像画の部屋」と「伸びていく肖像画と壁の部屋」の順に案内され、それを見たあとドゥームバギーに乗って暗闇の中を進んでいく、ライド型お化け屋敷といった感じだ。

清花は麻里香と、叶は美樹と2人でライドに乗り、ドキドキしながら周りを見渡してみる。

目が光る肖像画や突然鳴り出すピアノなど、お化け屋敷の要素もそれなりにあったが、あちこちに出てくる亡霊の映像などはコミカルな演出となっており、最後にお化けが一緒にバギーに乗り込んでいる姿が鏡に映っていたのには、恐いというより拍子抜けして、笑ってしまったくらいだ。

外に出てくると、それぞれに感想を言い合った。

「想像したより面白かったね!」

「私、普通のお化け屋敷は恐すぎてムリだけど、これならいつでも来られるわ」

(うんうん)

「ねぇ、明日もまだあるしさ、お腹空いたから早くホテル帰ってご飯食べよう!」

「そうだね。ここからホテル行きのバスが出ているらしいよ」

と、みんなが歩き出す。叶は、入る前に麻里香が言っていたことが気になり、ふと何気なく後ろを振り返ってみた。すると、まだ暗くなりきっていないのに、サンルームに一瞬、青い光が見えた・・・ような気がした。

(え、まさかね!?)

「叶―、行くよ~」

立ち止まっていた叶に気づき、清花が呼んだ。叶は、きっと慌てたスタッフが早めに操作した演出のせいだろうと思って深くは気にせず、3人のほうに走って行った。


食事と入浴を済ませ、4人でお菓子とジュースを囲んで今日の想い出を振り返っていた。

「いっぱい歩き回って疲れたね。でも明日のシーも行きたいところありすぎ」

「確かに。私、ジーニーのやつは見てみたい!」

「私も。あ、でも明日はお土産買いたいからさ、アトラクションはいくつかに絞って、買い物タイムをいっぱい取ろうよ」

「賛成♪・・・ねぇところでさ、鈴木と久美子って、あの後すぐ帰ったのかな?まさか、2人でホテルに泊まっていたりして」

「まさか!18歳の男女2人で?ありえる!?・・・いやまぁ、なくはないか」

「え、もしかしてそれで、×××・・・(小声)?」

「麻里香、エロい!(笑)」

イマドキの女子あるあるだ。年頃の女の子たちは、こういう話題が大好きらしい。

叶も、もう少しで飲みかけのコーラを噴き出すところだった。

「ハイ、もう寝よ寝よ」

と、清花が一番にベッドに入った。

部屋には、ダブルベッドが2つ並んでいるので、一つのベッドに2人ずつが寝られるようになっている。

 麻里香も清花の隣に潜り込み、

「おやすみ~」

と言ったかと思うと、すぐに寝息を立てた。

美樹がもう一つのベッドに入るのを見届けると、叶は鞄からあのノートを出した。

もうリノからの返事はもらえなかったが、自分の日々の記録用として、日常的に使っていたのだ。

「叶ちゃん、先に寝るよ?」

と言う美樹にうなずいて見せ、叶はノートを開いて卒業旅行1日目の記録を付けた。

今の自分の記録用として書く目的はもちろんあったが、もし将来、大人になった自分(リノ)がこれを見た時、きっと過去の自分がどんなことをしていたのか?知りたいかもしれない。

今はもう会えなくなった未来の自分に、それを教えてあげたいという気持ちがあった。

(リノさん。私、今をすごく楽しんでいるよ。安心して、未来で待っていてね)

ノートを鞄に仕舞ってからトイレに行き、叶も美樹の隣に入って目を閉じた。


夢の中では「星に願いを」のBGMが流れ、シンデレラ城の上でたくさんの花火が上がっていた。

城を取り囲んで歓声を上げる観客の中には、まるで親子のようにリノと叶が並んで楽しそうに上空を見上げている姿があった。



2日目は、ディズニーシーだ。昨日と同じくそれぞれに1デイパスを買い、入場するとさっそくアクアスフィアの前で写真を撮った。

それぞれにポップコーンバケットを買い、アラビアンコーストに向かう。ここは、魔法と神秘に包まれたアラビアンナイトの世界が広がる。主に「アラジン」の世界を忠実に再現しているのだ。

『マジックランプシアター』に入り、自称“世界で一番偉大なマジシャン”シャバーンと、ランプの魔神ジーニーによる3Dマジックショーを観る。陽気に歌い踊るジーニーが、コミカルにマジックを披露してくれ、みんなで大いに笑って楽しんだ。

その後、ミステリアスアイランドにある『海底2万マイル』に乗り、アメリカンウォーターフロントのショー『ジャンボリミッキー!レッツ・ダンス!』でミッキーたちと一緒にダンスを楽しみ、4人でダッフィー&フレンズのぬいぐるみを買うことにした。

「私、ダッフィーにする」

と、清花が一番乗りでメインのキャラクターを手に取った。続いてウサギのステラ・ルーを買ったのは麻里香。本を読むのが好きな美樹は、謎を解くのが大好きなキツネの子・リーナ・ベルを買った。叶は、見た目の丸い可愛さからカメのオル・メルも気になったが、名前と性格が気に入り、好奇心いっぱいのいぬの子、クッキー・アンを買った。


軽く昼食を済ませ、ロストリバーデルタに向かう。ここは中央アメリカの失われた古代文明を模しており、インディ・ジョーンズの世界を体感できるアトラクションや、古代神の石像の発掘現場を駆け抜ける360度ループコースターがある。

絶叫系が得意な清花たちは喜んでアトラクションに向かうが、叶は、やっぱりどうしても一緒に入る気になれず、建物の外で待つことにした。エリア内のベンチに座り、

(だってさ、あんなの絶対気分悪くなるじゃんね?心臓がいくつあっても足りないよ。清花たち、パワフルすぎると思わない?)

と、買ったばかりのクッキー・アンに心の中で話しかけていると、目の前を颯太らしき人が通るのが見えた。

(え、颯太!?何でここに。それに、隣にいるのは・・・誰?)

颯太は、叶の知らない女性と2人で楽しそうに話しながら歩いていた。

(まさか、新しく出来た彼女?)

と叶が心配していると、

「あれ、叶!何してんの?1人?」

と颯太が叶に気づいて手を振り、ニコニコしながら小走りで近づいて来た。

叶は、颯太に

(清花たちと卒業旅行。今、みんなアトラクションに行っている)

と説明し、颯太の後ろに立つ女性をちらっと見ながら、なぜ颯太がここにいるのか?尋ねた。颯太は

「そうなんだ。あ、この人は俺の親戚で和美姉ちゃん。たまたまこっちに遊びに来ているっていうから、久しぶりに会えるならディズニーに連れて行けって言われて連れて来たんだ。ついでに、パーク内のあちこちの料理を食べ歩いて将来の勉強も兼ねてね。和美姉ちゃん、こっちは俺の彼女の杉原叶」

と言い、その人に叶を紹介してくれた。

(なんだ、颯太の彼女じゃなかったのか)

と、叶はホッとひと安心した。

颯太の親戚のお姉さんだという和美さんは、少し訛りを含んだ言葉で叶に挨拶をした。

「初めまして、叶ちゃん。和田和美といいます。名前に和の字が2つもあって「いかにも日本人らしい名前だね」ってよく言われるんだけども。颯太がいつもお世話になっています」

叶もぎこちなくお辞儀をする。颯太が和美に叶の障害のことを伝えると、和美は

「そっか。でも私はそんなの全然気にしないよ。小っちゃい時から何かしらハンデをもっている人っていうのは、神様から選ばれた人なんだ」

「選ばれた人?」

と颯太が質問を返す。

「そう。誰もが当たり前に、健康で生まれてくる人ばっかりじゃない。何かの障害や病気をもって生まれてきた人っていうのは、前世で悪いことをしたからって言われる説もあるけど、私はそうじゃないと思っている。

子どもの頃、じいちゃんに聞いたことがあるんだ。日本では昔、障害者を福の子と書いて“福子(ふくし)”と言って、福をもたらす神の子として大切にした風習があったんだって。あと、日本神話でも障害をもって生まれた神様が努力して、世のため、人のために大活躍する話があるらしいんだ」

「へ~、そんな話があるのか。俺、全然知らなかった」

叶も同じく、そんなすごい逸話は今初めて知った。和美の住む地方では、昔から言い伝えがあるのかもしれない。

続いて和美は、こう言った。

「だからきっと、叶ちゃんも神様に選ばれて生まれてきた素晴らしい人なんだね。颯太、叶ちゃんのこと大切にせんといかんよ」

「分かってるよ。もちろん、一生大事にする」

「それでこそ男だ。叶ちゃん、こんな颯太だけど、これからもよろしくね」

叶は、優しい和美の言葉に素直にうなずいた。そうして3人で話していると、清花たちが戻ってきた。

「あ~、楽しかった」

と清花。

「いや、私でもさすがにあれは、めっちゃ恐かったよ」

「叶ちゃん、乗らなくて正解!まだ足震えてるもん」

と麻里香・美樹がアトラクションのすごさを語った。そして、颯太たちに気づいた。

「あれ、田原じゃん。何してんの?」

「ていうか、誰?」

颯太が、先ほど叶にも紹介した和美を清花たちにも同じように紹介し、和美と清花、麻里香、美樹がそれぞれに自己紹介をして頭を下げる。

「せっかくだからさ、みんなで記念に写真撮ろうよ」

と颯太が言って和美さんも一緒に写真を撮ることになり、颯太と叶を中心に他のメンバーがまわりを囲む形で、キャストの人にシャッターを押してもらった。



そろそろ夕暮れも近づき、和美さんが宿泊しているホテルに帰ると言うので颯太が送っていこうとすると

「颯太は、みんなともう少しゆっくりしておいで。私は一人で帰れるから。明日また観光するから、もしよかったら付き合って。また後で連絡する」

と言い残し、みんなに手を振ってパークを出て行った。

「田原は、この後どうするの?」

と麻里香が聞くと、

「俺はアパートに帰るよ。どうせ一人だし、もう少しくらいなら付き合える」

と言ったので、4人でベンチに座ってスパークリンクドリンクを飲みながら、落ち着くことにした。

「なんか、卒業旅行あっという間だったね。楽しかった~」

「来月から、みんなと会えなくなるのかぁ~」

「清花ちゃんの職場は隣県だけど、しばらく通うんでしょ?あとみんな、県内だよね。また連絡し合ってさ、時々会おうよ♪」

「うん!ディズニーも、まだ行けていないところあるし、どんどん変わっていっているしね。またみんなで来ようか。その時は、もしかしたら子連れになっていたりして」

と、話が盛り上がる。そして、美樹が叶と颯太に聞いてきた。

「叶ちゃんと颯太君は?いつか結婚するの?」

「俺は、専門学校で調理系の資格を取って、卒業したら働く。それで、いつか叶と一緒に店やろうって決めている。もちろん、それも視野に入れているよ」

と、颯太が明確な未来計画を話した。

 叶は、それに少し照れながら

(私は、帰ったら来週には引っ越し。すぐ近くだけど、男子禁制の女子学生専用アパート。先のことまではまだ分からないけど、颯太と一緒に夢を叶えたい)

と、自分の計画や思いをみんなに伝えた。

「そっか~。じゃあ、もし2人が式を挙げる時は、絶対私ら呼んでね!」

(うん、うん!)

と叶はみんなのほうを向いて力強くうなずき、

(絶対、呼ぶ!私もみんなの結婚式に参加したい!)

と伝えると、清花が

「そうだよ。もしみんなが結婚したらさ、絶対それぞれの式に参列しようよ。私たち、永遠に友だちじゃん!」

と満面の笑みで言った。



パークを出て颯太と別れ、昨日同様にホテルに戻り夕食と入浴を済ませ、卒業旅行最後の夜を楽しんだ。

“誰が一番先に結婚すると思うか?”

という話題になり、清花が

「叶だと思う」

と言うと、

「私もそう思う。だって、あんな学校の中庭で公開プロポーズまでされたんだよ?絶対叶ちゃんでしょ!」

と、高校時代の叶の恥ずかしい想い出を披露して麻里香も同意した。

当の本人はポッキーをかじりながら、顔を赤くしてみんなの話を聞いている。

美樹は意外にも

「私は、麻里香ちゃんかな。なんか、積極的だからすぐ彼氏出来そう」

と言ったが、麻里香は

「そうか~?私は意外と、最後まで残りそうな気がするけどな」

と否定した。続いて、叶に意見を聞いてきた。

「叶ちゃんは?誰だと思う?」

叶は少し考えてから

(河野さんかな)

と答え、みんなを驚かせた。

「え、久美子?なんで?」

(何だかんだ言って、本当に孝太君のことが好きって感じする。結構しっかりしているから、うじうじしている孝太君を引っ張っていきそう)

「あ~でも、なんか分かる!意外とヤンママになりそうだよね!」

「うん、うん。あぁいうタイプが、結構早めにゴールインして子だくさんになったりするんだよね」

「結婚イコールゴールインって、バブル期かよ!(笑)」

「ホント、今の時代は女の幸せって結婚だけじゃないからね。こればっかりは、その時になってみないと分からないよね」

と、若干オバサンのような会話も挟みながら、自分たちの将来についてたくさん喋った。

清花、麻里香、美樹が先に布団に入ると、叶は、その日もノートに楽しかった想い出を綴った。

(リノさん、私は今すごく幸せです。こんなに毎日楽しくていいのかな?ってくらい。きっとこの時間もいつか過去になるんですよね。でも私は絶対に、今日のことを忘れない)