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学校では、早くも就職組が内定をもらっていたり、専門学校を受験した生徒が合格したりと、順次進路が決定している生徒が増えていた。

清花と颯太もその中にいて、清花は隣県にあるデパートの事務職の内定をもらっていた。軽度障害のある弟がいるので当面は家から通勤して、弟が近い将来自立できるようになり、清花自身も生活が安定したら家を出る予定とのことだった。

颯太に受験の結果を聞くと

「俺は早く家を出たいから、一人暮らしをする」

と、少し遠くにある県の専門学校に合格したと教えてくれた。

「叶は、どうするの?」

と聞かれ、家を出るかどうかで進路先を迷っていると伝えた。実際、父親からは

「叶の人生なんだから、叶が決めたらいい。もし叶がここから出て行くとなったら、ちょっと寂しいけど。でも一生会えなくなるわけじゃないしな」

と言われ、母親からも

「一度しかない人生なんだから、思い切りやりたいようにやって、楽しめばいいのよ」

と、明るく応援されていた。

「まぁ、卒業までにまだ時間あるし。焦らずゆっくり考えたらいいよ。俺、叶の進路が決まるの楽しみに待っているから」

(ありがとう)



次の土曜日、叶は久しぶりに『カフェlino』に行った。リノに進路の相談をしようと思ったのだ。

門を入ると、あの白猫が隅のほうで丸くなっていた。

叶の存在に慣れたのか、近づいても逃げなかった。顔を見ると、以前は痛々しかった傷跡も少し塞がってきて、カッコいい勲章のようになっていた。

白猫の頭を撫でていると、店からリノが出てきた。叶に気づくとにっこり笑って、いつものように手招きした。

店の中は暖房が効いていて、ほんのり温かかった。

(久しぶりだね、叶ちゃん)

(このところ、ずっと受験勉強で忙しかったから)

(学生って大変よね。リラックス出来るハーブティー飲む?)

と、リノはハーブティーのメニュー表を指さして、オススメを教えてくれた。

(「カスタムブレンド」

眠気や集中力の低下に効くんだけど、ペパーミント、ローズマリー、タイム、レモングラスがブレンドされているの。中でもローズマリーは、記憶力や集中力を高めるから、眠気がある時や集中力が落ちて効率が悪くなってきたり、勉強がはかどらない時なんかにも役立つの。血流を促すから、肩こりや冷え、頭痛、肉体疲労の回復にも効果が期待できるのよ。他のハーブも気分をリフレッシュされてくれるから、今の叶ちゃんにはピッタリだと思う)

(へ~、すごい!リノさん、それどこで覚えたんですか?どこかハーブ専門の学校に行っていたとか?)

と聞くと、リノは楽しそうに笑って叶に伝えた。

(独学よ♪)

独学!?ハーブの知識っていっぱいあって、なんかすごい複雑そうなのに。それを全部自分一人で勉強したというのか。恐れ多くて叶が放心していると、リノがカウンターの奥から1冊のノートを出して、見せてくれた。そこには、各ハーブの名前や効能、イラストなどが事細かく書かれていた。

(私もね、最初は気が遠くなりそうで、途中で何度も諦めかけたの。でも、時間をかけて少しずつ、ゆっくりでも一つひとつのハーブに向き合っていっていたらね、だんだんと面白くなってきて。今は、こんな感じ。

叶ちゃんも今は大変かもしれないけど、受験を乗り越えて自分が「これが好きだな」と思えることに出逢って興味を持てるようになったら、きっといつか“面白い”って思えるようになる時が来るよ。

だから今は、しっかり勉強に向き合って、頑張ってね)

と言って、叶の前にハーブティーとシフォンケーキを置いてくれた。シフォンケーキは、リノのサービスらしい。

「カスタムブレンド」のハーブティーは淡い黄色で、ミントの葉が浮いていた。なるほど。確かに少しハーブのスッキリとした香りと爽快感を感じる嫌味のない味で、ミントが苦手な叶でも抵抗なく飲めた。


叶は、進路先の決定に迷っていることをリノに相談してみた。

(そっか。私は叶ちゃんじゃないから、決定的なことは言ってあげられないけど、叶ちゃんが自分で決めたことなら、どんな道でも大丈夫なんじゃないかな。無責任で言っているんじゃないのよ。私が叶ちゃんに、こうしたほうがいいんじゃない?って言って、それを叶ちゃんが受け入れてうまくいかなかったら、きっと叶ちゃんはそれを私のせいだって言うと思う。でも、それって違うよね。

自分のことを誰かに委ねて、失敗したらその人のせいにする。それって、自分の人生を誰かに代わりに生きてもらうのと一緒。でも、そんなの無理だしね。

叶ちゃんの人生は、叶ちゃんだけのもの。誰もそれを代わりに生きてあげることはできない。

だから、もし叶ちゃんが家を出て一人暮らしをしたいと思うんだったら、そうしたらいい。でもまだ不安があるなら、しばらくは実家から通える学校に行ってみればいい。

叶ちゃんはどっちも選べるし、どっちも選ばなくていい。他の道を探したっていい。可能性はたくさんあるんだから、叶ちゃんの心が一番輝く道を選んだら、それが正解だよ)

と、リノは真っ当なアドバイスをくれた。

叶は

(うん、ゆっくり考えてみる)

と返答し、残りのケーキとハーブティーを一口ひと口味わった。



麻里香が無事に受験を終え、希望していた体育・健康科学部のある大学に合格したと喜びを伝えてくれた。麻里香は、卒業したら家を出ると言った。

美樹も無事に文学部のある短大に合格し、後は卒業までのんびり出来るからと、放課後はほとんど図書室で時間を過ごしていた。美樹は自宅から通学するらしい。

「あとは、叶ちゃんだけだね」

「叶ちゃんが進路決まったら、みんな合同でお祝いするの楽しみにしているんだから♪」

「進路決めた?」

(なんとなく)

叶は、何かあった場合に備えて家からも通える距離なのと、将来のことも考えて家を出て一人暮らしをする方法のどっちも叶えられる大学を絞っていた。あとは、その受験日を待つだけだ。


そして、緊張のその日がやってきた。

朝からすごく寒かったけど、空はカラっと晴れて、叶の受験を応援してくれているように爽やかな青空が広がっていた。

受験する大学までは電車で行くので、母の晴海に

「リラックスして、頑張ってね。叶なら絶対大丈夫だから!」

と、合格祈願で有名な神社のお守りを渡され、笑顔で送り出された。



叶が受験する大学には、すでに多くの学生が集まって、各学校ごとに教師や保護者が受験生を励ましている姿があちこちで見られた。

叶の応援には誰も来ていないだろうと思い、一人で受験生入口に向かおうとすると、後ろから声をかけられた。

「叶」

「杉原さん」

そこには、すでに専門学校の合格通知をもらった颯太と、担任の高杉先生の姿があった。叶は嬉しくて泣きそうになりながら、2人に近づいた。

「なんで、もう泣きそうになってんだよ。まだ早いって」

「杉原さん、今日までよく頑張ってきたね。あとは本番だけよ。杉原さんなら、絶対受かるから。安心して行ってきて。私たち、控室で待っているから。終わったら美味しい物でも食べに行きましょう。私のおごりで」

叶は、笑顔で

(はい)

とうなずき、2人に手を振って校舎に向かった。

「あ、先生。俺ステーキ食いたい」

「主役は田原君じゃないでしょ(笑)でも、まぁいいわ。考えとく」

と談笑しながら、2人も受験生保護者・関係者控室へと向かった。



なんとか受験を終えて出てきた叶を、控室の外で颯太と高杉先生が迎える。

「お疲れさま」

「どうだった?」

(試験も面接も、まぁまぁいい感じに出来たと思う)

とメモに書き、OKのサインを出して見せた。

「良かった。あとは結果待ちだな。腹減った。早くメシ食いに行こう」

(うん)

「先生も高給取りじゃないから、あんまり高いのは遠慮してね。田原君のステーキも安いのでいいよね?」

「え~、先生ひどくね?(笑)」

叶も受験の緊張から解放され、やっと思い切り笑うことが出来た。

そんな3人の姿を、高い空からトンビが悠々と見守っていた。



数週間後、大学の合否発表の日が来た。

叶は、もし合格していたらみんなで一緒に喜びたいと、清花、麻里香、美樹と結果を見に来ていた。

颯太には、後でLINEをすると約束していた。

受験の日と同様、構内には数多くの他校の受験生と親たちが結果を見に来て混雑していた。

合否の結果が、掲示板に貼り出される。叶の番号は「041463」だ。

すでに結果を見た受験生たちが、あちこちで歓声や落胆の声を上げて騒いでいた。叶たちも、なんとか人混みを押しのけて前に進む。


041460・・・041461・・・041462・・・次だ。

「041463」・・・あった!

「あったよ、叶!合格だって!おめでとう!!!」

「すごい!え、間違いじゃないよね?」

「何言ってんの、麻里香。叶受かったんだって!(笑)」

みんなの鼻声につられて、叶も顔をくしゃくしゃにゆがめて嬉し涙を流した。

さっそく、両親に結果をメールし、すぐに

「おめでとう!お祝いしなきゃね」

と返ってきた。叶は

(今日は清花たちとお祝いだから、お母さんたちとは、また今度)

と打ち返した。

高杉先生には清花が連絡をしてくれて、スピーカーにして喜びの声を届けてくれた。

颯太には、掲示板の前でみんなで撮った写真を付けて

(叶、サクラサク)

という言葉と、桜吹雪を散らして喜ぶ白クマのスタンプをLINEした。

颯太の返事は、一言

「おめでとう」

だった。照れ屋な颯太らしい、控えめなVサインのスタンプ付きで。


その日は、みんな一旦帰って着替えてから、また駅前に集合することになった。合同のお祝いは、夕食を兼ねて行うことになったのだ。

家に帰ると、晴海が「おかえり」と満面の笑みで迎えてくれた。そして、何年ぶりだろう?子どもの頃以来の優しいハグをしてくれた。

叶も嬉しくて、母親の背中に腕をまわし、そのまましばらく2人で抱き合っていた。切り替えの早い母は

「さ、早く着替えておいで。清花ちゃんたち待ってるんでしょ?」

と言って、台所に入っていった。

叶が着替えて戻ってくると、

「これ、持って行ってみんなで食べて。お母さんのお店からのお祝い」

と、何やら手渡してくれた。それは、桜模様の紙に「祝」と印字したシールの貼ってあるシュークリームだった。人数分ある。

(ありがとう)と手で合図すると

「遅くならないうちに帰るのよ」

と見送られた。



駅前には清花と美樹が先に来ていて、シュークリームを渡すと

「ありがとう。叶のお母さん気が利くね」

「後で食べよう♪」

と言って喜んでくれた。すぐに麻里香も合流し、行き先を話し合う。

「せっかくみんな進路決まったんだから、居酒屋行ってお酒飲んじゃう?」

と、麻里香がハイテンションで言うと

「ダメに決まってるじゃん!まだ未成年だよ私たち。絶対捕まるから!」

と清花が制す。美樹と叶は、そんな2人のやりとりを見て笑った。

結局いつものファミレスに落ち着き、4人でそれぞれに食べたいものを自由に選んで、みんなでシェアすることにした。まずは、ソフトドリンクで乾杯する。

「かんぱーい!」

「あ~、これでやっとみんな進路決定したね。安心、安心」

「ね、卒業したら家出るの私だけ?叶ちゃんもだっけ?」

と麻里香が聞く。叶は

(うん)

とうなずき、

(一応家を出てアパート借りるけど週末だけ帰省して、週明けは家から通うつもり)

と伝えた。

一人暮らしを満喫しつつ、学校に行きながら週末は隔週で母親が働くケーキ屋でバイトをして、経営についても店長さんにいろいろ教えてもらうことになっていた。

「叶、忙しいね。無理しすぎて倒れないようにね」

(了解)

とOKサインを出した。


「ねぇ、みんなで卒業旅行しない?」

と美樹が提案する。

「賛成!みんなバラバラになるし、なかなか集まれなくなるもんね。どこ行こうか」

「ババくさいけど、やっぱ温泉っすか?」

「卒業旅行といえば、ディズニーかUSJでしょ」

「叶ちゃんは?」

(みんなに合わせる)

いくつか案が出され、多数決の結果「ディズニー」に決まった。

食後に母親のくれたシュークリームを食べ、早めの解散となった。


「また連絡するね」と約束して駅でみんなと別れ、夜道を1人で歩く。今日は雲一つなく、綺麗な星空が見えている。コンビニまで来ると、颯太が何か飲みながら立っているのが見えた。叶に気づくと手を挙げて寄ってきた。

「どこ行ってたの?」

(みんなで合同のお祝い夕食会。いつものファミレス。颯太は?)

「ふ~ん。俺は気晴らし。夜道を女子一人で歩くの危ないだろ。送っていってやるよ」

と、叶に並んで歩き出した。

「俺いま、家出るのに片付けていてさ、部屋ん中ぐっちゃぐちゃ。母ちゃんに「早く綺麗にしろ!」って毎日怒られてる。叶は?」

(私は、まだこれから部屋探す。今度の週末に、家族で不動産屋巡り)

「そっか。いいところ見つかるといいな」

(うん)

「お互い、別々の道を歩むんだな。なんか、不思議」

そうだね、颯太。寂しくなるね。

そんな叶の心情を察したのか、颯太は

「でも俺、いつかお前と一緒に・・・いや、やっぱこの先は卒業式の日に言うわ」

と、また言葉を濁した。

叶は、なんとなくその続きが分かるような気がしたが、

(大丈夫)

というふうに、颯太の腕に自分の腕を絡ませた。

「え、おい」

と、颯太は照れている。そんなところがかわいい。

夜空に瞬く無数の星の間を、一筋の白い光が流れていった。



リノとの交換日記でも、無事に大学に合格したことを書いた。

(おめでとう、叶ちゃん!いよいよ大学生になるんだね。春からの叶ちゃんの新しい門出を応援しています。

だんだん大人になっていく叶ちゃん、きっと素敵な女性になるんだろうなと思います。

あ、もしよかったら今度、お店に来ませんか?叶ちゃんに新生活お祝いのプレゼントしたいから。ぜひ、颯太君も一緒にどうぞ。待っています)

翌日、颯太にLINEをしてカフェに誘うと、月末に大きい荷物を運ぶけど、その前日なら時間がつくれるということで、OKをもらった。



土曜日、叶は両親と一緒に新居探しで不動産屋をまわっていた。

大学からほど近い場所に学生向けの賃貸物件が何軒かあったが、その中に“男子禁制”の女子学生専用アパートがあり、その一室を見せてもらった。比較的新しくて綺麗な部屋を見て、両親は

「ここならオートロックだから安心。モニターもついているし」

と好印象だ。

叶も、コンビニと学校が近く、スーパーも少し歩けば行ける距離にあるという環境の良さから、この部屋を借りることに決めた。一通りの契約を済ませた後、3人は叶の新生活に必要な買い物をし、お祝いの夕食を食べに焼き肉屋へ入った。

「叶、おめでとう。これからは寂しくなるけど、週末は会えるからな。ま、勉強はほどほどでいいから、とにかく健康には気をつけてな」

「そうね。何かあったら、すぐ連絡するのよ」

(2人とも、もう私子どもじゃないんだから。心配しすぎだって)

「ハイハイ、すみませんね」

両親は叶の大学進学が嬉しいのか、いつもよりたくさんお酒を飲んで、たくさん肉を食べた。そして3人でたくさん笑って話した。

今さら気づいたけど、こういう時間って“今”しかなくて、本当はすごく貴重だったんだなぁ。

ありがとう、お父さん、お母さん。私、大学行っても頑張るね♪



颯太が引っ越し先に荷物を運ぶ前日。

植物公園のある隣駅の前で待ち合わせ、2人で『カフェlino』に向かった。

「俺、こんなところ初めて来る」

と、颯太があちこち見まわして感激している。

しかし、久しぶりに来たカフェは、どこか様子が違っていた。どこが違うのか?というと、以前に増して外壁のツタがかなり伸び、店全体を暗く覆っていた。庭の芝生も最初の頃の美しさを失い、伸び放題で手入れがされていない感じがした。

「ここ、本当に店?」

と颯太が驚くほど、薄汚れている。

(うん)

と叶がうなずきながらも呆然と立っていると、中からリノが出てきた。

リノも少し前に会った時に比べて、やつれたような薄い笑顔を浮かべていた。

何かあったんだろうか?

リノが手招きするので2人で中に入り、カウンター席に座った。見た目の美しさを失って見えた外観に比べると、店内はさほど変わった様子はないが、ただ以前より少し埃っぽいにおいがした。

(颯太君、初めまして。ここの店主のリノです)

とリノが挨拶し、

「どうも」

と、颯太も不思議そうな顔で返事をした。

叶は、店とリノの変化について素直に質問した。

(しばらく来ない間に、何かあったんですか?)

(ちょっとね、体調を崩して寝ていたの。その間に、こんなになっちゃって)

そういえば、リノの顔色もどことなく青ざめていて、血色が良くない。

(大丈夫ですか?)

(うん。少しの時間なら起きていられるから。あ、そうだ!叶ちゃんにお祝いのプレゼント)

とメモを書いて、叶の前にいくつかのティーパックのセットと、薄い桜色のボールペンを置いた。

(これ、この前来た時に飲んだ「カスタムブレンド」と、私のオススメの紅茶をセットにしてみたの。ボールペンは、大学で使ってもらおうと思って。颯太君にも)

と言って、叶のものと色違いのネイビーのボールペンと紅茶のセットをくれた。

「ありがとうございます」

と、颯太は素直に受け取った。

(あとね、2人に食べて欲しいケーキがあるの。今持ってくるから飲み物を選んでいて)

と言い、メニューを渡す。

とりあえず2人ともコーヒーを注文して、しばらく待つ。すると奥から、リノが綺麗に飾り付けられたホールケーキを持ってきた。上に載っているプレートには、

「叶ちゃん、颯太君 進学おめでとう これからも二人でずっと仲良くね♡」

とチョコペンで書かれてあった。

これ、いつ作ったんだろう?体調が良くないのに、私たちのために無理をしてくれたんだろうか?

「すげ~」

リノは

(食べて、食べて)

というように颯太と叶に手で示し、

(食べきれなかったら、持って帰ってくれていいからね)

とメモで伝え、コーヒーを淹れにカウンターの奥に行った。

その間、2人はありがたくケーキを頂戴した。

「うまっ!これ最高です!」

(うん、うん!)

そんなに甘すぎなくていくらでも食べられる気がしたが、夕飯のことも考えると、さすがにこの場で全部は食べきれず、2人で残りを半分ずつにして持ち帰ることにした。

コーヒーを飲み干し、余韻を味わう。叶には、もしかしてという予感があり、不安をおぼえながらも、リノに聞いてみることにした。

(リノさん、もしかしてお店閉めちゃうんですか?)

リノは、困ったような顔で2人に伝えた。

(そうね、また体調が戻るか?分からないし、1人でやっていくのも、なんとなく疲れちゃった。いずれは、そうしようかなと思っているの)

叶は、ガッカリした表情でうつむいた。

初めて来た颯太も、何かを感じたらしい。同じく寂しそうな顔をしている。

(でもね、いつか叶ちゃんが私の代わりにお店を出してくれたら、すごく嬉しい。だから頑張ってね)

そうだった。いつか、リノさんのお店のような素敵なカフェを作ると伝えたことがあった。それを覚えてくれていたらしい。リノさんの思いを聞いた颯太が

「もしその時が来たら、俺が叶を全面的に支えます!安心してください」

と言った。リノは

(ありがとう。颯太君がとても優しくていい人で、本当によかった。叶ちゃん、颯太君と二人で幸せになってね)

と笑顔で、2人の未来を予言しているかのように言った。



帰り道、颯太がぽつりと独り言のように叶に言った。

「俺、初めて来たから前のことよく分かんねぇけど・・・きっとあの店、前はもっと明るくていい感じだったんだろ?」

(うん)

「いつかさ、俺たちもあんな店持てたらいいよな」

そうだね、颯太。



リノのことが心配だったが、彼女の未来は私たちが決められることではない。

これから先どうするか?は、リノの決めることだ。きっとまたどこかで会えると信じて、叶は颯太とこれからの生活のことを話しながら歩いた。



翌日、颯太は第一段階の引っ越しをした。卒業式があるので、その前日には戻ってくるが、家具などの大型荷物を運んで向こうで取り付けや荷物の整理をしたり、生活に慣れるためにしばらくアパートで1人で過ごしてみるということだった。泣きそうな顔で見送りに来た叶に、颯太は

「そんな顔すんなって。また卒業式の前に戻ってくるよ。なんかあったらいつでもLINEしてくれていいから」

と、叶を安心させるように頭をポンポンしてくれた。

「どれだけ離れていても、俺はいつもお前のことを想っているから」

そう言って、颯太は照れながら軽く手を上げ、トラックの助手席に乗り込んだ。

颯太の両親と叶は、動き出したトラックに手を振って別れを惜しんだ。

叶の引っ越しは颯太よりは近いし、週末には帰省する生活をするということで運ぶ荷物も少なく、必要なものは、春休みの間に少しずつ両親が車で運んでくれることになった。

卒業して春休みに入ったら、まずは清花たちと卒業旅行をする。それから正式に引っ越しをして、叶の新しい生活が始まる。

期待に胸を躍らせながら、叶はこれから待ち受ける未来に思いをはせた。