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10月に入った。LHRの時間は各クラスで、下旬に開催される文化祭の出し物について話し合われていた。

文化部の生徒はそれとは別に、叶の美術部では作品展示、優奈と里子の茶道部では来場者へお手前を披露する茶道体験、奈緒の吹奏楽部は演奏の披露、朱莉の書道部は書道パフォーマンスの披露という、高校最後の舞台発表を控えていた。

美術部は、作品を展示するだけなので特に大きな準備はないが、他の部では文化祭に向けた練習が毎日行われ、クラスの出し物にまで参加する余裕がなかった。

2組の教室でもいろいろな案が出されたが、

「お化け屋敷とか食べ物屋とか、定番モノだと面白くない」

という意見が多く、なかなかまとまらなかった。そんな中、清花がある提案をした。

「あ、そうだ!叶、将来カフェ作りたいって言ってたじゃん。叶の練習がてら、みんなでカフェやらない?」

「お、いいね!それ」

「でも、ただのカフェだとつまんなくない?もっと何か工夫しないと」

「う~ん・・・先生と女子が男装して、ホストカフェとか」

「え~、ヤダ。だったら逆に男子が女装して、メイドカフェにしようよ」

と、あちこちから好き勝手な意見が飛び出して、大騒ぎになった。

「ハイハイ、落ち着いて」

と高杉先生が制止した。

「杉原さんは、どうしたらいいと思う?」

と問われ、叶はしばらく考え込む。


と、一つのアイディアが思い浮かび、前に出て黒板に何かを書き出した。

(店員役の人は、みんな無言で接客するというのはどうでしょう?いわゆる「ノンバーバルコミュニケーション」といって、言語に頼らないで会話をする方法です。

BGMは流すけど、基本的にみんな喋りません。どういう意図があるか?というと、私のような喋れない障害のある人が、普段どうやってコミュニケーションを取っているか、来場者に見て、体験して、知ってもらうということ。

接客は、筆談でも指さしでも手の合図でも、出来ることなら何でもいいです。

お客さんに、「このカフェ変だね」って思われても、そういうコンセプトなんだと説明して理解してもらう。

それがいずれは、将来的に障害者や弱者への偏見や差別を減らすこと、福祉に興味を持ってもらうこと、相互理解の促進に繋がると思いますが、どうでしょうか?)

すると、それを見ていた男子が

「え、それめっちゃいいじゃん!やろうやろう!」

と賛成してくれた。他のクラスメイトも

「うん。なんか分かんないけど、楽しそう♪」

「今までになかった感じだよね!」

と、前向きな感想を言ってくれた。中には

「でも、ずっと無言って難しくねぇ?中森なんか、いつもずっと喋っているから5分ももたないんじゃない?」

と、陽気でお喋りな男子の心配をする人もいた。

「口にテープ貼っとくとか(笑)」

と誰かが言うと、

「いや、それはキツいわ~。勘弁して!」

と中森君が悲鳴を上げた。すると、麻里香が手を挙げて

「店員役をやる人を決めて、授業以外の時間は叶ちゃんの指導でしばらく無言で過ごしてみるとか、コミュニケーションの取り方を練習したらどう?さすがに口にテープは、やり過ぎだと思うけど」

と意見を言った。

「杉原さん、それについてはどう?」

と高杉先生が聞き、叶は

(OK)

と合図を出した。


そこから役割分担を順番に決めていき、休憩を挟んで前半と後半で接客をする人、料理や飲み物を盛り付ける人、全体のインテリアを配置したり飾り付けをする人、メニュー表や必要物品を準備する人、買い出しをする人、衣装を担当する人など、それぞれに出来そうなところに数人ずつ分かれた。

叶はカフェのオーナーということで、全体を見ながら困っている人がいたら、随時フォローにまわることになった。

清花が

「そういえば、カフェの名前どうする?」

と当然の疑問を口にし、みんなの中から

担任の名前を入れた「カフェ Takasugi」や、それなら3年2組ということで、かつての昭和学園ドラマを真似して「3年B組金八カフェ」はどうか?など、好き勝手な意見が出されたが、一人の男子が

「みんな無言で接客するんだったら、「MUGO・ん café」なんてどうだ?」

と、かつての歌謡曲の名前を出した。

「でさ、接客担当の男子はその工藤静香の仮装すんの。面白くねぇ?(笑)」

女子の間からは

「わ~、面白そう!」

という声が上がったが、男子からは

「ゲッ、俺ヤダよ。アホかと思われる」

「ゲイバーみたいになんない?」

と、反対意見も飛び出した。なかなかまとまりそうになかったので、高杉先生が叶に

「オーナーの杉原さんは、どう思う?」

と聞いてきた。

叶は他の女子同様に半分乗り気だったので、

(私は、面白いと思います。男子がどうしてもイヤだったら、女子も含めてやりたい人だけ仮装にチャレンジしたらいいし。せっかく高校最後の想い出を作るんだったら、やれるだけのことをやってみたい!)

と黒板に書いた。

「じゃあ仮装は一応、一つの案として出しておきましょう」

と高杉先生がまとめ、BGMについても

「『MUGO・ん・・・色っぽい』以外にも昭和歌謡曲をいろいろ流すのどう?お客さんの中には、親世代とか来るし。「懐かしい」って喜んでもらえるかも。Z世代には新鮮っていう。ほら、今また昭和ブーム来てんじゃん?」

と男子が言えば、

「でも、ずっとそればっかリピートだと飽きるから午前は歌謡曲にして、午後からはリラックスして過ごしてもらえるように自然音とか、ヒーリング系にしようよ。ボサノヴァもいいかも」

と女子の意見もそれぞれ反映され、しばらくあぁだこうだとクラス全体で盛り上がった。



放課後、颯太と待ち合わせて一緒に下校する。文化祭の話になり、一組は何をするのか?聞くと

「俺ら、手軽に食べ歩きできる『クレープ屋』やることになった」

と教えてくれた。

「案を出したのはほとんど女子で、焼くのはなぜか、俺ら男子になったけどな」

と、苦笑いで言った。

エプロン姿の颯太を想像した叶が

(なんか、かわいい)

と笑いながら伝えると、颯太は

「男でもパティシエとかパン屋とか、それこそクレープ屋でバイトしているやつもいるだろ。別におかしくはないと思うけど」

と、照れながら軽く反論した。

「これからしばらくは、放課後クレープ焼く練習しなきゃいけないんだ。一緒に帰れないからごめん」

(私たちも準備あるし、大丈夫)

「あ、そうだ!そっちのカフェで宣伝してもらおうかな。俺らのクレープを叶たちのカフェで試食用に出して、上手かったらこっちに買いに来てもらうの。どう?」

(私一人では決められないから、またみんなに提案してみるね)

「サンキュ。あ、叶もよかったら放課後、食べに来いよ。調理室でやるから」

(うん、時間があったら行く♪)

それから颯太と叶は、どんなクレープがあったらいいか、男子が入りやすいカフェの内装など、それぞれのクラスの出し物について意見を交換した。



夕食後、その日のお茶会はバナナのロールケーキとコーヒーだった。叶が文化祭のことを伝えると

「へ~、楽しそうね♪カフェをやるんだったら、お母さんのお店からも何か少し提供できないか?店長さんに聞いてみるわね。あと、CDだったらいくつか昔のがあったと思うから、持って行っていいわよ」

と母が言ってくれた。

経済的にあまり豊かではない高校生としては、こうして協力してくれる人がいるのは、素直にありがたかった。


交換日記でも文化祭のことに触れ、リノは高校生の時、どんな文化祭を経験したのか?聞いてみた。

(懐かしい~。私も高校3年生の時、カフェやったなぁ。

何年も前のことだから記憶は曖昧だけど、すごく楽しかった。たぶんその時の経験が、今に活きているのかもしれない。

叶ちゃんも、今の叶ちゃんにしか経験できないこと、今だから感じられることがたくさんあると思う。

それを身体と心で、たくさん吸収して楽しんでね)

そう。時間は待ってはくれない。必然的に先へ先へと流れていくのだ。

今この瞬間、この私でしか経験できないこと、感じることのできないことがたくさんある。明日の私は、もう今日の私ではないのだ。



次のLHRの時、叶は母親の働くケーキ屋から「店の宣伝になるならありがたい」と、持ち帰りも可能な焼き菓子なら提供してもらえそうなこと、CDを母親から借りられること、颯太の提案をみんなに伝えた。

前者2つはすぐに了解してもらい、何人かは叶と同じように

「親が古いCD持っているから借りてくる」

と言ってくれる生徒もいた。颯太の提案については

「ってことは、逆にうちらの宣伝もしてもらえるってことだよね?じゃないと不公平じゃん」

「どれくらいの量を試食で出していいのか?も考えないと。それによっては、うちで提供するメニューにも影響するし」

という意見があり、そのあたりは1組と合同で話し合うことになった。


それから文化祭までの期間、必須科目以外はほぼ全部が準備に充てられ、放課後も各クラスが夜遅くまで残って看板づくりや試作品づくりなどに追われた。

2組では授業時間以外、叶を中心に非言語での会話=筆談、手の合図、指さしなど、可能な限り出来そうなコミュニケーションでやりとりをしたり、放課後は店員役と客役に分かれて、交代で接客を練習した。

また、叶も時間がある時は1組の調理班を覗きに行き、クレープを試食させてもらうことがあった。

1組と2組の合同会議では、お互いの店の宣伝チラシを設置して来場者に渡すこと、クレープは試食用に小さく作ったものを50個ほど用意することで決定した。

2組のカフェで提供するメニューは、スイーツに関しては今から作る余裕がないため、提供してもらう焼き菓子の他は、スーパーで売っている安い洋菓子の大容量パックをいくつか買ってきて、それを出すことにした。

飲み物は、コーヒーはドリップで淹れるが、紅茶はティーパックや袋入りの粉末を用意し、その他は簡単かつ大量に提供できるよう、スティック入りの粉末に湯を入れて溶かすだけものと、パックのジュースを数種類用意することになった。

何とか準備もほぼ終わり、いよいよ明日は文化祭という日。いつものように颯太と昇降口で待ち合わせていると、颯太が何やら叶に渡してきた。

「ほいっ」

(?)

「俺のスペシャルクレープ。みんなが帰った後、1人で練習がてら叶だけに作った。みんなにナイショな」

それは、苺とバナナと黄桃が入り、チョコソースとクリームがたっぷり載った豪勢なクレープだった。

一口食べてみると、美味しい。

(でもこれ食べたら、ご飯入らないかも)

と伝えると、颯太は

「若いんだから、いっぱい食え。ちょっとくらいぽっちゃりしていても、叶は可愛いんだから大丈夫」

と、褒めているのかどうなのか?分からないことを口にした。

(ぽっちゃりって、フツー年頃の女子に言うか?失礼でしょ。でも、可愛いとも言われたような。ならいいか)

と、叶が半分気にしつつも美味しそうに食べているのを横目で見ながら、颯太が決意するように言った。

「俺、今回クレープ試作していて思った。こういうの、すごい楽しい!って。みんなが俺の作ったものを食べて、幸せな気持ちになってくれるんだなって感じた。笑顔になるみんなの顔を見ていたら、俺も嬉しくなった。そうしたらさ、まだなんとなくだけど、こっちの道に進んでみたいなって思ったんだ。俺、卒業したら料理の専門学校に行こうと思う。調理師になるか?パティシエになるか?は、まだ先の話だから、今は決められないけど」

未来に向けて目をキラキラと輝かせる颯太は、とてもカッコよかった。

(うん、颯太なら大丈夫!こんなにクレープも美味しく作れるんだもん♪)

と叶が伝えると、

「ありがとう。それでさ、いつか資格取ったら・・・あぁ~この先は、またいつか話す」

と颯太は頭をポリポリ掻きながら、意味ありげな言葉を残して空を見上げた。

(何だよ・・・)

何かは分からないが、きっと叶にとっても幸せなことなんだろうと、いつかは聞ける颯太の言葉の続きに少しだけ期待しつつ、とりあえず今は待つことにした。



文化祭当日。

秋晴れの爽やかな青空が広がっていた。

「忘れ物ない?あとでパパと2人で行くからね」

と言う晴海の声に送られて、叶はカフェで出す焼き菓子の入った袋を両手に持ち、家を出た。

途中で颯太や清花、美樹たちと合流し、挨拶を交わす。

「おはよう、叶」

「お客さんいっぱい来るかな?頑張ろうね」

「なんか俺、緊張するわ」

校門に着くと、まだ開場前なのにちらほらと保護者たちや、早めに来た客の姿があった。


叶たちはそれぞれの教室や会場に行き、最後の準備をする。2組では、意外にも工藤静香の仮装にノリノリな高杉先生が

「やるだけのことは、やりました。あとは、リラックスしてみんなで楽しむだけです。店員役の人は、もし途中で声が出てしまっても、それはそれでOK。失敗と思わず、気楽にね。お客さんから「変な店だ」とか苦情が出てもきちんと説明して、しっかり頭を下げて対応すること。決して、それに対してイライラしたり、怒ったりしてはいけません。そういうのも、杉原さんのことや障害のある人たちを理解するための大切な経験です。

きっと杉原さんや、いろんな障害を抱えて生きているたくさんの人たちは、毎日そのような辛い思いをしているかもしれません。実際にみんながそれを体験することで、今後の人生で困っている人に出会った時、きっと何か役に立ちます。それを今日、しっかり学んでくださいね」

とみんなを鼓舞していたが、紫のボディコンに身を包んだ先生に言われても、あんまり話が入ってこず、みんなは笑いながら

「先生が一番ノッてんじゃん(笑)」

「どこから持ってきたの?それ。まさか、わざわざ買ったとか」

と、仮装した高杉先生をツッコんでいた。先生は

「母が若い頃に着ていて、ずっと仕舞い込んでいたのを借りてきたんです。カツラは買ったんだけどね♪」

と、ポーズをとっておどけた。

他にも、数人の女子や男子が色の違う派手な衣装を着たり、ロン毛のカツラを付けて仮装を楽しんでいた。

背が高くてすごく似合っている子がいれば、逆にウケ狙いかと思う子がいたり、それはそれで個性があって面白かった。


開場から少しして、2組のカフェにもお客さんが入り始めた。一応、入口の看板やチラシの説明書きにコンセプトを書いていたが、BGMが流れる以外はみんなが静かなので、最初はお客さんも異様な雰囲気を感じて戸惑っている様子だった。

接客担当の女子が筆談で丁寧に説明をすると、お客さんもなんとか納得してくれたようで

「素敵なお店ね。こういうのってなかなかないから、発想がいいわね」

と、笑顔で注文してくれた。一方で、障害者理解が浸透していない時代を生きてきた世代のお客さんからは

「なんだか不愉快だな。まぁいい。コーヒーを1つもらおうか」

と不機嫌気味に注文される人や、婦人同士でヒソヒソと何事か噂をする人たちもいて、怒りが爆発しそうになる男子を他の生徒がなだめるというシーンが、何度か見られた。

また、中には状況がうまく理解できず、感情表現がストレートな子どもたちが

「あの人たち、何でしゃべらないの?」

と言い、親たちが子どもの口を手でふさいだり、興味なさそうに子どもそっちのけでスマホをつつく人がいれば、

「こら、シー!そういうこと言わないの」

と注意をするグループもいてドキッとしたが、子どもに悪気はない。ただ、親がもう少しうまく子どもたちに説明出来ないものか?と、悶々とした気持ちを感じた。

「ご自由にお取りください」とPOPを付けた1組の試食用クレープは、まずまず順調に減っていた。

特に大きなトラブルもなく、ひとまず午前の部が終了した。ここから1時間の休憩を挟んで、午後の部は交代要員になる。

叶たちは昼食を兼ねて、まずは各飲食ブースをまわることにした。

「お腹空いたね~。何食べる?」

「文化祭の定番といえば、焼きそばでしょ」

ということで、まずはみんなで1年生が店を出している焼きそばを買いに行った。



ベンチに座って食べながら、それぞれに午前の感想を言い合う。

「なんか、疲れたね」

と清花。

「やっぱ、あぁいうのを理解していない客ってムカついた。お前ら、逆の立場になってみろ!って思ったりしてさ」

と麻里香。

「午前担当とか、男子たち大変だったよね。でも叶ちゃんって、ずっとあんな辛い思いしているんでしょ?すごいよ」

と美樹が言うと、

叶は(そんなことないよ)という意味で首を振り、

(私もしょっちゅう、爆発しそうになる)

と伝えた。

「そうだよね。じゃなきゃ、精神崩壊するわ」

と清花がゲンナリした顔で言った。


その後もいくつか飲食ブースをまわって食べ歩きをしながら、茶道部の部室を覗く。

里子たちも休憩時間なのか、畳の端に座って軽食を食べていた。いつもの制服とは違い、和服姿の里子はとても綺麗で華やかだった。隣に彼氏の佐藤君もいたが、2人で並んでいる姿は、まるでずっと前から連れ添っている若夫婦のようで、悔しいほどにお似合いで素敵だった。


書道部や吹奏楽部の舞台発表は午後からだったが、叶は午後からもオーナーの仕事があり見に行けないので、とりあえず奈緒や朱莉に挨拶だけした。2人は

「出番が終わったらカフェに行くね」

と約束してくれた。

教室に戻る前に、1組のクレープ屋を覗いていくことにした。

颯太はテントの奥で、孝太とタコ焼きを食べながら談笑しているところだった。叶たちが近づくと手招きし

「試食の様子、どうだ?」

と聞いてきた。清花が

「だいぶ減ってる。たぶん午後の部でなくなるかも」

と言うと、

「そっか。おかげでこっちも盛況だよ。マジ助かる」

と返した。見ると、2組のカフェのチラシもあと少しになっている。こちらも午後から期待できるかもしれない。颯太はタコ焼きを食べ終えると、

「よし、お前らに俺特製のクレープ作ってやる!」

と意気込んだ。

麻里香が

「え、もしかしておごり?」

と言うと、颯太は

「バカ!ちゃんと払え!1人200円ずつだぞ(笑)」

と、当たり前のことを楽しそうに満面の笑みで言った。叶は、そんな颯太がやっぱりカッコ良く見えた。



午後の部は午前と違い、店のコンセプトを理解してくれるお客さんが多かったのか、BGMをリラックス系に変えたのが良かったのか、接客に対して不満を漏らすお客さんは、ほとんど見られなかった。

叶の両親も来場し、

「いい雰囲気ね」

と褒めてくれ、清花たちに

「叶がいつもお世話になっています」

と挨拶をした。叶は、そんな晴海たちの言葉に顔を赤くしながらも、心の中が温かく、嬉しくなるのを感じた。そして、みんなでたくさん写真を撮った。



夕方。文化祭も無事に終わり、後片付けの時間が来た。

焼き菓子の売り上げは、1割を叶たちがもらうことになり、残りは叶が晴海に渡すことになった。

あらかた片付いて、残った菓子や飲み物スティックは各自欲しい人が持ち帰りOKになった。


まとめたゴミを叶が校舎裏の集積所に持って行くと、向こうのほうに人影が2つ見えた。

壁に隠れてよく見てみると、どうやら孝太と久美子のようだ。何をしているんだろう?と、目をこらすと

孝太が久美子を抱きしめていた。

(!)

こういう行事ごとの後には、よくありがちな光景だが、叶は、なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、引き返そうと後ずさりした。すると

“ザリッ”と、叶の靴が地面をこすった。

と、孝太と久美子がこっちのほうを見たが、運良く建物の陰になって、見つからなかったようだ。

そのまま2人は、叶がいるのとは逆の方向へ歩いて行った。

(ほ~)

と深い息を吐く。叶は自分が持ってきたゴミを集積所に置いて、教室に戻った。

「叶、遅かったね」

と清花に言われたが、今見てきた光景を伝えられるはずもなく、

(他のクラスもゴミ出しに来ていて、混んでいた)

と嘘をついた。


下校時間になり、颯太と一緒にお互いの疲れを称えながら、夕暮れの道を歩く。

「あ~、疲れたな。叶もオーナー大変だったろ。今日はゆっくり寝ろよ」

(うん・・・)

「どうした?」

叶は、さきほど見たことを颯太に聞くべきか?悩みながら、オブラートに包んでこう伝えた。

(あのさ、聞きにくいんだけど。鈴木君って、あれから河野さんとどうなったの?)

「え?あぁ。なんか俺もよく分かんないんだけど、なんとなくはうまくいっているみたいだよ。なんで?」

(そっか。ならいいんだ。いや、あれからどうなったのかな?って、ちょっと思っただけ)

「なんだ。叶、まだ孝太のこと引きずっているのかと思った」

(ううん!)

「うん。ならいい。叶が他の男が気になるって言ったら、俺どうしていいか分かんないから」

そんなわけない。そんなわけないよ、颯太。ずっとずっと、私の側にいてくれた颯太をほっといて、他の人を好きになるなんて、そんなこと絶対しないから!

叶は自分の心と、いま目の前にある夕日に強く誓った。絶対に、颯太を悲しませることはしない。

これから先、私たちにどんなに辛いことやしんどいことが起きても、私はずっと颯太の側にいる。そして颯太と、その先のずっと未来に出来るかもしれない家族を大切に守っていく、と。



その夜の交換日記。

文化祭が無事に終わり、ホッとしていること。疲れたけど楽しかったこと。颯太と歩いた夕暮れの道が綺麗だったことなどを書いた。

リノからの返事は

(お疲れさま、叶ちゃん。

世の中には、いろんな人がいて当たり前。障害を快く受け入れてくれる人もいれば、良く思わない人や批判する人もいる。でもね、今日の叶ちゃんの体験が、きっといつか将来活きてくると思う。だから、安心して前を向いて進んで行ってね。

私も文化祭が終わって帰る時、すごく綺麗な夕日を見たの。夕日って、その日の疲れを一気に吹き飛ばして癒やしてくれるよね。しかもそれが、大好きな人と一緒だとなおさら輝いて見えるから不思議。

良かったね、叶ちゃん。2人のこと、応援しています。

あ、そうだ!もし良かったら今度颯太君と一緒にお店に来て。待っています)


叶は、そういえば今まで一度も颯太に『カフェlino』の話をしていなかったことに気づいた。

LINEも交換していたのに、どうしてだろう?

受験が落ち着いたら、颯太を誘って『カフェlino』に行こうと思った。

そうだ、文化祭が終わったら、次は受験が控えている。高校生という生き物は、なんて忙しいんだろう。

叶は、いくつか志望校を絞っていたが、家から通える学校にするか?家を出て一人暮らしをしながら通える学校にするか?決めかねていた。

颯太は、どうするんだろう?明日聞いてみようと思いながら、布団に入った。


その日の夢は、全体がオレンジ色だった。

夕暮れの道を、颯太と並んで歩いている。でも、今の高校3年生の叶と颯太じゃない。

もう少し大人になった、叶と颯太の後ろ姿だ。

場面が切り替わった。芝生の上で女の子がはしゃぎまわり、シャボン玉が飛んでいる。

その横では、女性がテラスのテーブルにクロスを掛けながら、女の子を見て優しく微笑んでいる。親子だろうか?

母親の顔は、叶のようでもあるし、ほんの少しだけリノのようにも見える。

と、どこからか男性の声が聞こえた。

「・・・ノ」

颯太が呼んでいる。でも、よく聞き取れない。

(ねぇ、颯太。今なんて言ったの?誰を呼んだの?)

そこからの記憶は曖昧で、よく分からなかった。