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叶の所属する美術部では、『県高校絵画・彫刻コンクール』に出展するための作品作りが進められていた。

絵画を制作する生徒、彫刻造形をする生徒など各自が自由に活動していたが、叶は絵画部門での出展を考えていた。

叶が描く今年のテーマは『未来』で、『カフェlino』をイメージした、鮮やかな緑に囲まれた落ち着いた雰囲気の建物を表現していた。

園田先生からは

「お、緑が眩しくていいね。テラスの明るい雰囲気と、室内の薄暗さの対比もうまく描けている」

と称賛された。

コンクールに出展した後は、学校の文化祭でコンクールの結果と一緒に展示することになっていたので、叶はなるべく良い賞をもらいたい!と意気込んでいた。


帰り道、コンビニから出てきた颯太と鉢合わせした。颯太は、最近よく一人で下校している姿を見かける。3年でも孝太と同じクラスになったはずだが、部活が違うから時間が合わないのかもしれない。

「よ、杉原。今帰り?」

と、ホットスナックのチキンをかじりながら叶に聞いた。

(うん)

しばらく、2人で並んで歩く。叶が、先ほど疑問に思ったことを書いて見せた。

(最近、いつも一人だね。鈴木君と帰らないの?)

颯太は

「うん。俺、バカだから母ちゃんに「部活なんてやっていないで、勉強しろ!」ってうるさく言われてさ。

みんなより早めに引退したから、部活の時間空いたし。孝太は、まだしばらく続けるみたい。俺が孝太終わるの待っていると、気を遣われているみたいで嫌だって言うから、先に帰ってる」

叶は(なるほど)とうなずいたが、それにしてはこの時間にコンビニにいるということは、それまでどこにいたのか疑問だった。

「それに・・・」

と颯太は続けて、チキンを食べ終えた紙袋をポケットに仕舞い、

「どうも孝太のやつ、お前に気があるみたいでさ、俺によく相談してくるんだよな。「杉原さんって、彼氏いるのかな?」って」

と、衝撃発言をかました。

(!)

「だから俺、お前と幼なじみだし、なんか複雑でさ。孝太と居づらくて・・・あ、ごめん。いきなりこんな話されても困るよな」

(うん、うん!!!)

「わりぃ、聞かなかったことにして」

叶は「ムリ!」という意味で、両手で×をつくった。

「だよな」

と、颯太は深く溜息を吐いた。

「なぁ、もしもお前が孝太からコクられるようなことがあるとするじゃん?それでさ、杉原が嫌で断りづらかったら、俺に言えよ。代わりにあいつに返事してやるから」

と、まるで自分が彼氏にでもなったかのように、さりげなく言った。

叶は、なんと返事をしていいのか分からず、ただ遠くの空を見つめていた。

颯太の家に着き、颯太が

「じゃ、またな」

と手を上げて玄関に向かった。叶は、その袖をつまんで

(もしよかったら、今度一緒に勉強する?分からないところ、教え合おう)

と伝えた。颯太は軽く微笑んで

「うん。じゃあ、また連絡するよ」

と言って家に入っていった。

(ほ~)

叶は軽く息を吐いて、今しがた自分が颯太にしたことを頭の中で反芻した。

何で、あんなことを伝えてしまったんだろう?あれじゃ、まるで自分が颯太に気があるみたいじゃないか。

いや、そんなわけないか。同級生として、ただ一緒に勉強しようっていうだけだし。

でも・・・

何なんだろう、この気持ちは?

ちょっとだけドキドキしている自分の胸に手を当てて歩きながら、叶は

(あ、私もチキン食べたかったな。今度買って帰ろう)

と、的外れなことを思った。



数日後の昼休憩。

叶たちが昼食を食べていると、麻里香がどこからか聞いてきた噂を披露した。

「ねぇ、知ってる?久美子が1組の鈴木孝太にコクって、フラれたらしいよ」

「え、マジ!?」

と清花。

「河野さんでもそんなことあるんだ」

と美樹。

いきなり孝太の名前が出て、叶の胸中は複雑だ。

「なんでも、鈴木は他に好きな人がいるんだって」

「誰だろうね?」

「1組っていえば、田原もだよね。叶ちゃん何か知ってる?」

その当事者である叶は、知っていると伝えられるはずもなく

(ううん!)

と大きく首を横に振って否定した。

「そっか。なんか謎だね」

「鈴木、野球部だよね。どっちかって言うと、サッカー部の田原のほうがモテそうなのにね」

「そうそう!1年の時、田原と久美子が付き合っているっていう噂あったよね。でもあれって嘘だったんでしょ。誰が流したんだろうね」

と、女子の恋バナが続くが、叶の耳には入ってこなかった。



放課後。

叶が下駄箱に行くと、靴の上に手紙が置いてあった。

「話したい事があるから、部活終わったら校舎裏のベンチに来てください。待っています。 鈴木孝太」

(こんなのもらってもな~)と困惑した叶は、1人で行くのが不安だったので颯太に付き合ってもらおうと、1組の教室に向かった。

(まだいるかな?)と覗くと、数人の女子が残って雑談をしているところだった。叶に気づいた1人が

「誰(に用事)?」

と問いかけ、叶が話さないので他の子が

「2組の杉原さんじゃない?田原だよ」

「あ~。田原なら、もう帰ったけど」

と教えてくれた。

叶は、女子たちに軽く頭を下げ、再び玄関に向かった。

去り際、教室の中から

「ぷっ、何あれ。何か言えよ」

「いや、言えないから障害者なんじゃん」

「やめなよ~」

と、バカにするような言葉が聞こえてきたが、そんなことは叶には、もうどうでもよかった。



コンビニの近くまで来ると、また颯太がチキンを買って出てくるところだった。今度は、片手にチキン・片手にジュースを持っていた。叶に気づくとジュースを持っていた手を上げたが、叶はその腕を引っ張って颯太をコンビニに引き戻した。

「え?お、おい。何だよ?」

と驚く颯太をレジ前に連れて行き、颯太が食べていたチキンと同じものを指さした。

「杉原も食べたいの?」

(うん)

「しゃ~ねぇなぁ、奢ってやるよ」

叶は、密かにガッツポーズをした。

「ほいっ」

颯太に買ってもらったチキンをかじりながら、2人で夕方の道を歩く。

「これ、上手いよな。ホットスナックの中で一番好き」

(うん、うん♪)

と叶も同意する。

チキンを食べ終わったところで、叶は颯太に聞いてみた。

(部活出ないのに、いつもこの時間にコンビニにいるけど、それまでどうしてるの?)

「あ~、学校にいても暇だし早く帰ると母ちゃんがうるさいから、そのへんブラブラしてる。コンビニは、いつもってわけじゃねぇよ。杉原と鉢合わせるの、ホントたまたま偶然」

(ふ~ん。なんか怪しいけど)

次いで、叶はさっき靴箱に入っていた手紙を颯太に見せた。

「あ~、孝太のやつ。ついにこう来たか」

(1人で行くの不安だったから、颯太に付き合ってもらおうと思って教室に行ったけど、帰ったって言われたから)

「あ、ごめんごめん。そういえばさ、今さらだけど俺ら2年の時同じクラスだったのに、連絡先すら交換してなかったな。今からする?」

去年は、颯太はまだ叶のことを避けていたこともあり、今のように気軽に話が出来る状態ではなかったのだ。

叶は、迷っているように首をかしげる。

「ほら、またこうして杉原が何か困っているとき、すぐ連絡くれたら俺がフォローしに行けるじゃん?杉原のクラスに瀬波とか佐藤とか熊沢とか、何かあったら助けてくれる女子はいるけどさ、杉原と一番付き合い長いのって俺くらいだし、男手が必要なときに女子だけだと危険だろ?」

そう言って颯太は、ニカッと笑ってスマホを掲げて見せた。

(うん)

と叶は了解し、10何年も一緒に成長してきた颯太と初めてのLINE交換をして、今ようやく颯太に心を許せた気がした。

孝太からの手紙を持ったままだった颯太は

「これ、俺預かっていい?」

と言った。

(いいけど、鈴木君にはこのこと言わないで)

「もちろん、何も言わないよ。叶・・・

あぁ、杉原って言うと堅苦しいからさ、もう叶でいい?」

(・・・うん)

「叶の話が出たら、部活とか受験が忙しくて、それどころじゃないみたいだって言っとくよ。いい?」

叶は(OK)の合図を出した。

そこからは、

「叶、チキン食べて晩飯食えるか?」

と颯太が言うと

(うん)

叶がうなずき、

「食べ過ぎてブタになるぞ」

と言った颯太の腕に叶が軽くパンチをして、仲睦まじく笑い合いながら家路を歩いた。



翌日、颯太が教室に行くと孝太が軽く睨んできた。

「おはよう、孝太。どうした、具合でも悪いのか?」

「いや、そうじゃないけど。あ、颯太。今日昼飯食ったら、中庭な」

と、颯太を誘った。どうやら、何か話があるようだ。

中庭というのは、その名の通り校舎の中程にあり、ちょっとした花壇やベンチが設置され、生徒たちが自由に座って休憩できるようになっていた。颯太は

「あぁ」

と返事をし、それ以上は深く考えず教科書を整理し始めた。



昼休憩。

明るい日差しが差し込む中庭では、あちこちで生徒たちが談笑していた。

孝太と颯太もベンチの一つに座り、孝太から話し始めた。

「昨日、杉原さんに手紙渡してさ。部活終わってから校舎の裏で待っていたんだけど、来なかったんだ。颯太何か知ってる?」

昨日といえば、颯太は叶と一緒に帰った。

「あぁ~あいつ最近、部活とか受験勉強で忙しいみたいでさ、恋愛に興味ないっぽいわ。それどころじゃないって」

と、叶に伝えたのとほぼ同じような内容を孝太に伝えた。孝太は

「ふ~ん、そっか」

と言いつつ、

「じゃあ、これは何なんだ?」

と、自分のスマホの動画を見せた。そこには、昨日の颯太と叶が楽しそうに笑いながら、一緒に歩いている様子が映っていた。

「お前、これどうしたんだよ?」

「帰りに腹減ってコンビニ寄ろうと思ったら、颯太たち見かけたから気になって後を付けた。お前ら幼なじみなんだよな?もしかして颯太、杉原さんに気があるの?」

「だったらどうする?」

「こうする」



その頃、2組の教室では叶たちが弁当を食べながら、いつものように楽しく過ごしていた。すると、何やら廊下のほうが騒がしくなった。

「何だろうね?」

と清花が言い、みんなでその方向を見ていると、売店から帰ってきた男子たちが他のクラスメイトに

「おい、中庭で1組の鈴木と田原がケンカしているらしい。見に行こうぜ」

と誘い、今来たほうへ戻っていった。颯太の名前が出たのが気になり、

「叶ちゃん、私たちも行ってみよう!」

と麻里香に腕を引っ張られて、叶たち女子も教室を飛び出した。



昼食もそこそこに中庭に行くと、孝太と颯太が殴り合いのケンカをしていた。

「おい、鈴木、田原やめろ!」

と、先生が止めに入っている。中庭や校舎のあちこちからも、先生やたくさんの生徒たちが野次馬になって2人の様子を見ている。

孝太が

「何でもっと早く言わねぇんだよ!黙って見ていて、俺がフラれたら面白いと思ったのか?」

と言うと、颯太は

「違うよ。もしお前があいつに受け入れられたら、応援してやろうと思ったんだよ!」

と返す。

「嘘つけ!」

どうやら、恋愛話で争っているようだ。その時、孝太が叶に気づき

「おい、今ここで正直に気持ちを言え!」

と、颯太をつかんでいた手を離した。

颯太は、荒い息を吐きながら

「俺にとって叶は、かけがえのない大切な存在だよ。お前には渡さない!」

と、声を張り上げて宣言した。

「!」

周りで見ていた生徒たちが、ザワザワし始めた。

「ちょっと、叶ちゃん!」

と美樹が、叶の肩をバシバシ叩く。

「今の、公開マジ告白だよね?」

と麻里香。

孝太も乱れた息と制服を整えながら、

「だってよ、杉原さん。よかったな」

と叶のほうを向いて、口元を緩めながら言った。颯太もそれに気づいて振り向き、腫れた目で叶を見て、

昨日と同じようにニカッと笑った。

その時、叶はようやく自分の気持ちに気づいた。

あ~、そうか。私は子どもの頃からずっと、颯太のことが好きだったんだ。あの時のドキドキは、”恋“だったんだ・・・と。

颯太と孝太は傷の手当てをするため、保健室に連れて行かれた。その後は、生活指導の玉ちゃんにこっぴどく叱られるハメになった。


周りで見ていた生徒たちは、

「ハイハイ、戻って!」

と先生たちに促され、それぞれに元いた場所や教室に戻っていった。叶たちも、教室に戻って昼食の続きを食べ始めたが、叶はほとんどご飯が喉を通らなかった。



放課後、部活に行く気力がなく、早々に下校しようと叶が下駄箱に行くと、昇降口に颯太の後ろ姿があった。叶を待ち伏せしていたようだ。颯太は気づいて

「よっ」

と、絆創膏だらけの顔で笑った。しばらく、2人とも無言で並んで歩く。

先に発したのは、叶だった。叶はLINEで

(颯太のバカ)

と打って送信した。

「なんで?」

(あんなところで告白されたら、恥ずかしいじゃん!)

と、怒っているスタンプを付けた。

「わりぃ。いや孝太がさ、メシの後中庭にって言うから。俺もまさか、あんなことになると思わなかった」

(でも、ちょっとカッコ良かった)

と、今度は親指を立ててグーをするスタンプを付けた。颯太からも、嬉しくて照れているスタンプが送られてきた。

(傷、痛そう)

「うん、痛かった。でもこんなの父ちゃんに殴られるより平気だから。あ~ぁ、また帰ったら母ちゃんにめちゃくちゃ言われるな」

(処分は?)

「うん、今回は厳重注意だけで済んだ」

(よかった)

「なぁ、叶。昼間言ったこと、俺本気だから。お前のこと、一生大事にする」

叶は顔を赤くし、颯太の背中を思いきり叩いた。

「痛って~~~~!!ケガ人は大事にしないとダメなんだぞ(笑)」

2人は、昼下がりの道をはしゃぎながら歩いた。



一方、孝太は一度自分がフってしまった河野久美子に

「この前は、悪かった。もしよかったら、俺と付き合ってくれない?」

と告白したが、

「一度フラれた男に告白されても。しかも、あの杉原さんが好きだったなんて!しばらく考えさせて」

と、答えを保留にされたということだった。



後日、『県高校絵画・彫刻コンクール』に出展した叶の作品は『大賞』こそ逃したものの、絵画部門で『審査員特別賞』に選ばれたと園田先生から報告を受けた。どうやら、芝生の青々とした爽やかで柔らかい感じがよく捉えられていて、建物の落ち着いた雰囲気と併せて、審査員たちから高評価だったらしい。

清花たちにそれを伝えると、

「やったね、叶!すごいじゃん」

「絵の才能がある人って、うらやましい」

「文化祭、楽しみだね」

と、素直な感想を言ってくれた。

そして颯太に伝えると、

「じゃあ、ファミチキ10個奢ってやる」

と、満面の笑みで言われた。

(さすがに、そんなに食べられません!(笑))

と返すと

「それなら、俺とデート出来る券やる。水族館デート、1回してみたかったんだ」

と言われた。叶は、照れながら

(考えとく)

と伝えた。



その日の交換日記には、颯太と恋が進展したこと、コンクールの結果のことを書いた。

リノからは

(最近、叶ちゃんの現実がすごいスピードで良い方向に進んでいて、私も嬉しいです。

きっと叶ちゃん自身が、前向きに笑顔で楽しく、毎日を生きているからだね。颯太君は、きっと生涯叶ちゃんのことを大切にしてくれると思います。だから叶ちゃんも、颯太君を大切にしてあげてね。

叶ちゃんの絵、いつか見せてください。楽しみにしています)

という返事だった。

叶は、いつかあの絵を『カフェlino』に持って行って飾ってもらおうと思った。