(11)
叶の所属する美術部では、『県高校絵画・彫刻コンクール』に出展するための作品作りが進められていた。
絵画を制作する生徒、彫刻造形をする生徒など各自が自由に活動していたが、叶は絵画部門での出展を考えていた。
叶が描く今年のテーマは『未来』で、『カフェlino』をイメージした、鮮やかな緑に囲まれた落ち着いた雰囲気の建物を表現していた。
園田先生からは
「お、緑が眩しくていいね。テラスの明るい雰囲気と、室内の薄暗さの対比もうまく描けている」
と称賛された。
コンクールに出展した後は、学校の文化祭でコンクールの結果と一緒に展示することになっていたので、叶はなるべく良い賞をもらいたい!と意気込んでいた。
帰り道、コンビニから出てきた颯太と鉢合わせした。颯太は、最近よく一人で下校している姿を見かける。3年でも孝太と同じクラスになったはずだが、部活が違うから時間が合わないのかもしれない。
「よ、杉原。今帰り?」
と、ホットスナックのチキンをかじりながら叶に聞いた。
(うん)
しばらく、2人で並んで歩く。叶が、先ほど疑問に思ったことを書いて見せた。
(最近、いつも一人だね。鈴木君と帰らないの?)
颯太は
「うん。俺、バカだから母ちゃんに「部活なんてやっていないで、勉強しろ!」ってうるさく言われてさ。
みんなより早めに引退したから、部活の時間空いたし。孝太は、まだしばらく続けるみたい。俺が孝太終わるの待っていると、気を遣われているみたいで嫌だって言うから、先に帰ってる」
叶は(なるほど)とうなずいたが、それにしてはこの時間にコンビニにいるということは、それまでどこにいたのか疑問だった。
「それに・・・」
と颯太は続けて、チキンを食べ終えた紙袋をポケットに仕舞い、
「どうも孝太のやつ、お前に気があるみたいでさ、俺によく相談してくるんだよな。「杉原さんって、彼氏いるのかな?」って」
と、衝撃発言をかました。
(!)
「だから俺、お前と幼なじみだし、なんか複雑でさ。孝太と居づらくて・・・あ、ごめん。いきなりこんな話されても困るよな」
(うん、うん!!!)
「わりぃ、聞かなかったことにして」
叶は「ムリ!」という意味で、両手で×をつくった。
「だよな」
と、颯太は深く溜息を吐いた。
「なぁ、もしもお前が孝太からコクられるようなことがあるとするじゃん?それでさ、杉原が嫌で断りづらかったら、俺に言えよ。代わりにあいつに返事してやるから」
と、まるで自分が彼氏にでもなったかのように、さりげなく言った。
叶は、なんと返事をしていいのか分からず、ただ遠くの空を見つめていた。
颯太の家に着き、颯太が
「じゃ、またな」
と手を上げて玄関に向かった。叶は、その袖をつまんで
(もしよかったら、今度一緒に勉強する?分からないところ、教え合おう)
と伝えた。颯太は軽く微笑んで
「うん。じゃあ、また連絡するよ」
と言って家に入っていった。
(ほ~)
叶は軽く息を吐いて、今しがた自分が颯太にしたことを頭の中で反芻した。
何で、あんなことを伝えてしまったんだろう?あれじゃ、まるで自分が颯太に気があるみたいじゃないか。
いや、そんなわけないか。同級生として、ただ一緒に勉強しようっていうだけだし。
でも・・・
何なんだろう、この気持ちは?
ちょっとだけドキドキしている自分の胸に手を当てて歩きながら、叶は
(あ、私もチキン食べたかったな。今度買って帰ろう)
と、的外れなことを思った。
数日後の昼休憩。
叶たちが昼食を食べていると、麻里香がどこからか聞いてきた噂を披露した。
「ねぇ、知ってる?久美子が1組の鈴木孝太にコクって、フラれたらしいよ」
「え、マジ!?」
と清花。
「河野さんでもそんなことあるんだ」
と美樹。
いきなり孝太の名前が出て、叶の胸中は複雑だ。
「なんでも、鈴木は他に好きな人がいるんだって」
「誰だろうね?」
「1組っていえば、田原もだよね。叶ちゃん何か知ってる?」
その当事者である叶は、知っていると伝えられるはずもなく
(ううん!)
と大きく首を横に振って否定した。
「そっか。なんか謎だね」
「鈴木、野球部だよね。どっちかって言うと、サッカー部の田原のほうがモテそうなのにね」
「そうそう!1年の時、田原と久美子が付き合っているっていう噂あったよね。でもあれって嘘だったんでしょ。誰が流したんだろうね」
と、女子の恋バナが続くが、叶の耳には入ってこなかった。
放課後。
叶が下駄箱に行くと、靴の上に手紙が置いてあった。
「話したい事があるから、部活終わったら校舎裏のベンチに来てください。待っています。 鈴木孝太」
(こんなのもらってもな~)と困惑した叶は、1人で行くのが不安だったので颯太に付き合ってもらおうと、1組の教室に向かった。
(まだいるかな?)と覗くと、数人の女子が残って雑談をしているところだった。叶に気づいた1人が
「誰(に用事)?」
と問いかけ、叶が話さないので他の子が
「2組の杉原さんじゃない?田原だよ」
「あ~。田原なら、もう帰ったけど」
と教えてくれた。
叶は、女子たちに軽く頭を下げ、再び玄関に向かった。
去り際、教室の中から
「ぷっ、何あれ。何か言えよ」
「いや、言えないから障害者なんじゃん」
「やめなよ~」
と、バカにするような言葉が聞こえてきたが、そんなことは叶には、もうどうでもよかった。
コンビニの近くまで来ると、また颯太がチキンを買って出てくるところだった。今度は、片手にチキン・片手にジュースを持っていた。叶に気づくとジュースを持っていた手を上げたが、叶はその腕を引っ張って颯太をコンビニに引き戻した。
「え?お、おい。何だよ?」
と驚く颯太をレジ前に連れて行き、颯太が食べていたチキンと同じものを指さした。
「杉原も食べたいの?」
(うん)
「しゃ~ねぇなぁ、奢ってやるよ」
叶は、密かにガッツポーズをした。
「ほいっ」
颯太に買ってもらったチキンをかじりながら、2人で夕方の道を歩く。
「これ、上手いよな。ホットスナックの中で一番好き」
(うん、うん♪)
と叶も同意する。
チキンを食べ終わったところで、叶は颯太に聞いてみた。
(部活出ないのに、いつもこの時間にコンビニにいるけど、それまでどうしてるの?)
「あ~、学校にいても暇だし早く帰ると母ちゃんがうるさいから、そのへんブラブラしてる。コンビニは、いつもってわけじゃねぇよ。杉原と鉢合わせるの、ホントたまたま偶然」
(ふ~ん。なんか怪しいけど)
次いで、叶はさっき靴箱に入っていた手紙を颯太に見せた。
「あ~、孝太のやつ。ついにこう来たか」
(1人で行くの不安だったから、颯太に付き合ってもらおうと思って教室に行ったけど、帰ったって言われたから)
「あ、ごめんごめん。そういえばさ、今さらだけど俺ら2年の時同じクラスだったのに、連絡先すら交換してなかったな。今からする?」
去年は、颯太はまだ叶のことを避けていたこともあり、今のように気軽に話が出来る状態ではなかったのだ。
叶は、迷っているように首をかしげる。
「ほら、またこうして杉原が何か困っているとき、すぐ連絡くれたら俺がフォローしに行けるじゃん?杉原のクラスに瀬波とか佐藤とか熊沢とか、何かあったら助けてくれる女子はいるけどさ、杉原と一番付き合い長いのって俺くらいだし、男手が必要なときに女子だけだと危険だろ?」
そう言って颯太は、ニカッと笑ってスマホを掲げて見せた。
(うん)
と叶は了解し、10何年も一緒に成長してきた颯太と初めてのLINE交換をして、今ようやく颯太に心を許せた気がした。
孝太からの手紙を持ったままだった颯太は
「これ、俺預かっていい?」
と言った。
(いいけど、鈴木君にはこのこと言わないで)
「もちろん、何も言わないよ。叶・・・
あぁ、杉原って言うと堅苦しいからさ、もう叶でいい?」
(・・・うん)
「叶の話が出たら、部活とか受験が忙しくて、それどころじゃないみたいだって言っとくよ。いい?」
叶は(OK)の合図を出した。
そこからは、
「叶、チキン食べて晩飯食えるか?」
と颯太が言うと
(うん)
叶がうなずき、
「食べ過ぎてブタになるぞ」
と言った颯太の腕に叶が軽くパンチをして、仲睦まじく笑い合いながら家路を歩いた。
翌日、颯太が教室に行くと孝太が軽く睨んできた。
「おはよう、孝太。どうした、具合でも悪いのか?」
「いや、そうじゃないけど。あ、颯太。今日昼飯食ったら、中庭な」
と、颯太を誘った。どうやら、何か話があるようだ。
中庭というのは、その名の通り校舎の中程にあり、ちょっとした花壇やベンチが設置され、生徒たちが自由に座って休憩できるようになっていた。颯太は
「あぁ」
と返事をし、それ以上は深く考えず教科書を整理し始めた。
昼休憩。
明るい日差しが差し込む中庭では、あちこちで生徒たちが談笑していた。
孝太と颯太もベンチの一つに座り、孝太から話し始めた。
「昨日、杉原さんに手紙渡してさ。部活終わってから校舎の裏で待っていたんだけど、来なかったんだ。颯太何か知ってる?」
昨日といえば、颯太は叶と一緒に帰った。
「あぁ~あいつ最近、部活とか受験勉強で忙しいみたいでさ、恋愛に興味ないっぽいわ。それどころじゃないって」
と、叶に伝えたのとほぼ同じような内容を孝太に伝えた。孝太は
「ふ~ん、そっか」
と言いつつ、
「じゃあ、これは何なんだ?」
と、自分のスマホの動画を見せた。そこには、昨日の颯太と叶が楽しそうに笑いながら、一緒に歩いている様子が映っていた。
「お前、これどうしたんだよ?」
「帰りに腹減ってコンビニ寄ろうと思ったら、颯太たち見かけたから気になって後を付けた。お前ら幼なじみなんだよな?もしかして颯太、杉原さんに気があるの?」
「だったらどうする?」
「こうする」
その頃、2組の教室では叶たちが弁当を食べながら、いつものように楽しく過ごしていた。すると、何やら廊下のほうが騒がしくなった。
「何だろうね?」
と清花が言い、みんなでその方向を見ていると、売店から帰ってきた男子たちが他のクラスメイトに
「おい、中庭で1組の鈴木と田原がケンカしているらしい。見に行こうぜ」
と誘い、今来たほうへ戻っていった。颯太の名前が出たのが気になり、
「叶ちゃん、私たちも行ってみよう!」
と麻里香に腕を引っ張られて、叶たち女子も教室を飛び出した。
昼食もそこそこに中庭に行くと、孝太と颯太が殴り合いのケンカをしていた。
「おい、鈴木、田原やめろ!」
と、先生が止めに入っている。中庭や校舎のあちこちからも、先生やたくさんの生徒たちが野次馬になって2人の様子を見ている。
孝太が
「何でもっと早く言わねぇんだよ!黙って見ていて、俺がフラれたら面白いと思ったのか?」
と言うと、颯太は
「違うよ。もしお前があいつに受け入れられたら、応援してやろうと思ったんだよ!」
と返す。
「嘘つけ!」
どうやら、恋愛話で争っているようだ。その時、孝太が叶に気づき
「おい、今ここで正直に気持ちを言え!」
と、颯太をつかんでいた手を離した。
颯太は、荒い息を吐きながら
「俺にとって叶は、かけがえのない大切な存在だよ。お前には渡さない!」
と、声を張り上げて宣言した。
「!」
周りで見ていた生徒たちが、ザワザワし始めた。
「ちょっと、叶ちゃん!」
と美樹が、叶の肩をバシバシ叩く。
「今の、公開マジ告白だよね?」
と麻里香。
孝太も乱れた息と制服を整えながら、
「だってよ、杉原さん。よかったな」
と叶のほうを向いて、口元を緩めながら言った。颯太もそれに気づいて振り向き、腫れた目で叶を見て、
昨日と同じようにニカッと笑った。
その時、叶はようやく自分の気持ちに気づいた。
あ~、そうか。私は子どもの頃からずっと、颯太のことが好きだったんだ。あの時のドキドキは、”恋“だったんだ・・・と。
颯太と孝太は傷の手当てをするため、保健室に連れて行かれた。その後は、生活指導の玉ちゃんにこっぴどく叱られるハメになった。
周りで見ていた生徒たちは、
「ハイハイ、戻って!」
と先生たちに促され、それぞれに元いた場所や教室に戻っていった。叶たちも、教室に戻って昼食の続きを食べ始めたが、叶はほとんどご飯が喉を通らなかった。
放課後、部活に行く気力がなく、早々に下校しようと叶が下駄箱に行くと、昇降口に颯太の後ろ姿があった。叶を待ち伏せしていたようだ。颯太は気づいて
「よっ」
と、絆創膏だらけの顔で笑った。しばらく、2人とも無言で並んで歩く。
先に発したのは、叶だった。叶はLINEで
(颯太のバカ)
と打って送信した。
「なんで?」
(あんなところで告白されたら、恥ずかしいじゃん!)
と、怒っているスタンプを付けた。
「わりぃ。いや孝太がさ、メシの後中庭にって言うから。俺もまさか、あんなことになると思わなかった」
(でも、ちょっとカッコ良かった)
と、今度は親指を立ててグーをするスタンプを付けた。颯太からも、嬉しくて照れているスタンプが送られてきた。
(傷、痛そう)
「うん、痛かった。でもこんなの父ちゃんに殴られるより平気だから。あ~ぁ、また帰ったら母ちゃんにめちゃくちゃ言われるな」
(処分は?)
「うん、今回は厳重注意だけで済んだ」
(よかった)
「なぁ、叶。昼間言ったこと、俺本気だから。お前のこと、一生大事にする」
叶は顔を赤くし、颯太の背中を思いきり叩いた。
「痛って~~~~!!ケガ人は大事にしないとダメなんだぞ(笑)」
2人は、昼下がりの道をはしゃぎながら歩いた。
一方、孝太は一度自分がフってしまった河野久美子に
「この前は、悪かった。もしよかったら、俺と付き合ってくれない?」
と告白したが、
「一度フラれた男に告白されても。しかも、あの杉原さんが好きだったなんて!しばらく考えさせて」
と、答えを保留にされたということだった。
後日、『県高校絵画・彫刻コンクール』に出展した叶の作品は『大賞』こそ逃したものの、絵画部門で『審査員特別賞』に選ばれたと園田先生から報告を受けた。どうやら、芝生の青々とした爽やかで柔らかい感じがよく捉えられていて、建物の落ち着いた雰囲気と併せて、審査員たちから高評価だったらしい。
清花たちにそれを伝えると、
「やったね、叶!すごいじゃん」
「絵の才能がある人って、うらやましい」
「文化祭、楽しみだね」
と、素直な感想を言ってくれた。
そして颯太に伝えると、
「じゃあ、ファミチキ10個奢ってやる」
と、満面の笑みで言われた。
(さすがに、そんなに食べられません!(笑))
と返すと
「それなら、俺とデート出来る券やる。水族館デート、1回してみたかったんだ」
と言われた。叶は、照れながら
(考えとく)
と伝えた。
その日の交換日記には、颯太と恋が進展したこと、コンクールの結果のことを書いた。
リノからは
(最近、叶ちゃんの現実がすごいスピードで良い方向に進んでいて、私も嬉しいです。
きっと叶ちゃん自身が、前向きに笑顔で楽しく、毎日を生きているからだね。颯太君は、きっと生涯叶ちゃんのことを大切にしてくれると思います。だから叶ちゃんも、颯太君を大切にしてあげてね。
叶ちゃんの絵、いつか見せてください。楽しみにしています)
という返事だった。
叶は、いつかあの絵を『カフェlino』に持って行って飾ってもらおうと思った。