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再び、春。

叶たちは無事に進級し、3生になった。颯太は「1組」、久美子は「3組」でクラスが離れたが、叶は「2組」で清花、麻里香、美樹とまた同じクラスになり、今年はみんなで一緒にお昼を食べようと誓い合った。

2組の担任は、40代半ばの高杉陽子という女性教諭が務めることになった。国語担当で、その名の通り明るくて元気な人だ。

叶のことは、授業で関わることもあったり、昨年の担任だった竹内からも情報を引き継いでいたようで、すんなりと受け入れてくれた。

また今年も自己紹介の時間がやってきたが、叶は去年ほど、緊張することはなかった。

クラスメイトたちが次々と自己紹介をしていき、次は叶の番になった。高杉先生に

「杉原さん、どうする?」

と聞かれたので、叶は迷うことなく教室の前に行き、黒板に自分の紹介を簡潔に書いて見せ、書き終わるとみんなのほうを振り返り、ペコッと頭を下げた。

去年と違うのは、みんなが叶に向けて拍手をしてくれたことだった。叶は、なんだか嬉しいような恥ずかしいような、ちょっとだけドキドキした気持ちで席に戻った。


全員の自己紹介が終わり、高杉先生が締める。

「私は、差別という言葉が嫌いです。私もみんなも、健康な人もそうじゃない人も、どんな人も必ず一つは欠点を持っています。だからといって、それを責めたり、バカにしたり、イジメたり、傷つけたり、そういうことはあってはならないと思っていますし、そういうことをする人も、いてはならない。3年生は、受験や就職など、同じ目標に向けて一緒に歩いて行く時期です。このクラスでは、誰一人傷ついたり、悲しんだりすることがないように、誰かが困っていたら声をかける。手を差し伸べる。協力する。そんな、みんなが気軽に助け合えるクラスにしていきたいと思っています。いいですか?」

高杉先生の話を黙って聴いていたみんなから

「はい」

という気持ちのいい返事が返ってきた。叶は、このクラスならなんとかやっていけそうな気がした。

ホームルームが終わり、昼で下校となった。麻里香が

「お昼、どこかで食べて帰ろう」

と誘ってきたので、仲良しのイツメン4人でファミレスに行くことになった。



大手チェーンのファミレスに入り、

清花は「オムライス」

麻里香は「ハンバーグランチ」

美樹は「黒酢からあげ定食」

叶は「ナポリタン」

と、それぞれにドリンクバー追加で注文した。

“春の苺フェア”というのをやっていたので、4人は迷わずデザートも注文することにし、清花と麻里香はパフェを、美樹はミルフィーユを、叶はミニサイズのサンデーを追加した。


4人の話は、新学年になって楽しみなことから始まり、将来の話へ移っていった。

進路を考える参考にするため、さっそく「将来の夢」というテーマで作文の課題が出されていた。

清花が、自分は特にもう勉強したいこともないので、就職を考えようと思っていると報告し、他の3人に

「みんなはどうするの?」

と聞いた。

麻里香が

「私はスポーツトレーナーになりたいから、そっち系の大学行くかな」

と、陸上部らしく答えた。

美樹も図書委員らしく

「私は、司書になりたいから文系の大学に行く」

と、2人ともすでに将来のことまで考えていたらしい。

「お~、さすが麻里香と美樹」

と清花が褒める。そして

「叶は?」

と聞いてきたので、なんとなくイメージしていることをみんなに伝えた。

(私は、私のように繊細な人たちがもっと理解されて、安心できる社会を作りたい。そのためにどんな資格を取ったらいいか?まだわからないけど、心理学を学びに行きたい。それで、そういう人たちが気軽に相談しに来られる場所、癒やしを求めてゆっくり過ごせるカフェをいつか作りたい)

すると麻里香が

「お~、なんか叶ちゃんらしい!いいじゃん、いいじゃん♪」

と喜んでくれた。

美樹たちも

「すごいね、うん。叶ちゃんの夢、絶対叶うよ!」

「ね、そのカフェが出来たらさ、私たちみんなで遊びに行こうよ!」

と、早くも未来の想像をして楽しんだ。



その日の夕食後のお茶会は、クッキーと紅茶だった。悠介が

「新入社員が入ってきて、僕も少し上の役職に就くことになった」

と報告し、3人で喜び合った。

晴海のほうは

「店長さんからね、パートじゃなくて正社員にならないか?って誘われたんだけど、断っちゃった」

と報告した。

悠介が

「どうして?せっかく給料が上がって待遇も良くなるのに」

と言うと

「確かに、給料が上がって待遇が良くなるのは嬉しいわよ。だけど、私は今のままでも十分に楽しいから。それに、今のほうが自分の時間を調整しやすいし、これ以上仕事を増やすと家事がおろそかになっちゃう。私は、たまには誰もいない家で1人でのんびりしたり、料理を作って、お腹を空かせて帰ってきた叶やパパに「美味しい」って言って食べてもらって、3人がずっと仲良く幸せに暮らせるように、家の中を整える。それが私の生き方だと思うから。あ、それからたまには3人で旅行したり、叶と2人で買い物も行ったりね」

「僕は?」

「そうね~、時々はデートしてあげてもいいかな♡」

「なにそれ(笑)」

と、両親はお互いを見つめ合って幸せそうに笑った。

叶は、昼間清花たちとファミレスで語り合った夢について、もう一度両親に同じ事を話し、

(作文の宿題が出ているから、先にお風呂に入っていいよ)

と両親に伝えた。

「そっか。叶も自分の夢を見つけたんだね」

と父。

「じゃあ、その時はパパと2人で叶のお店にお茶しに行こうかな♪」

と母。

2人とも嬉しそうだ。

悠介が、風呂に行くため着替えを取りに行き、叶もそれに合わせて自分の使った食器をシンクに持って行き、自室に上がった。



さて、と宿題の作文を書くため鞄から原稿用紙を取り出して広げたが、交換日記のノートが目に入り、叶はそっちを先に書くことにした。

(リノさん、こんばんは。

私は、今日から3年生になりました。2年の時に仲良くなった清花、麻里香、そして一緒にカフェに行った美樹と同じクラスです。

担任は高杉陽子という、明るくて元気な女性で、国語担当です。まだ始まったばっかりだけど、このクラスなら楽しく1年間を過ごしていけそうだなって思っています。

私は、大学に行って心理学を学ぼうと思っています。そのために、今から受験に向けて一生懸命勉強します。そしていつか、リノさんのお店のような素敵なカフェを私も作りたい!)


(叶ちゃん、こんばんは。

そっか、今日から3年生か。高校生活も最後だね。今のうちに、たくさん楽しい想い出を作ってね。

叶ちゃんの夢、素敵!叶ちゃんなら、絶対叶えられるよ。だって名前が“叶”だもんね。私も応援しています)

それを見た叶は嬉しくなり、がぜん張り切って作文に取りかかった。


入浴後に部屋から窓の外を見ると、一瞬流れ星が見えた。

その間に願い事をするのは無理だったが、叶は、なんだかこれからの人生がすごくいいものになりそうな気がした。

(大丈夫、絶対夢は叶う!だって私は、“叶”だもん♪)