(8)


秋になり、2年生は修学旅行の時期が来た。2泊3日で、行き先は北海道だ。

クラーク博士で有名な『羊ヶ丘展望台』や『羊蹄山』、『小樽』などを巡り、『アイヌ民族資料館』では、アイヌ民族の歴史や文化を学べるようだった。

今回もまたグループ分けがあったが、叶は春の遠足のドキドキした時と違って、今回は自分から美樹や麻里香たちを誘えるようになっていた。

叶たちはすぐにグループが決まっていったが、他のところを見ると、意外にも久美子たち一軍女子がグループ決めでモメていた。

どうやら、一軍女子たちの間では、久美子と一緒になりたくない人が出てきたらしい。

結局、見かねた清花が久美子を誘って、グループを作った。

久美子が一軍女子たちに避けられるようになった理由は、その後すぐに判明した。



ある日の休憩時間。

叶が図書室から戻ると、後ろのほうが何やらザワザワしていた。不思議に思いながら席に着いた叶のところに清花がやってきて、スマホの動画を見せてくれた。

そこには、以前叶が鞄に付けていたキーホルダーを久美子が引きちぎる瞬間が撮られ、SNSにアップされていたのだ。

「これ、誰が撮ってあげたのか?分からないけど、やっぱり犯人は久美子だったみたい」

と清花が言った。

後ろのほうからも

「これ、ヤバくね?」

「ここって、前に杉原さんの席だったよね?杉原さん可哀想」

「久美子って、ガキだったんだ」

「やっていること最低だね」

など、口々に叶への同情がこもった声や、河野久美子への批判が飛び出した。

今までは叶が久美子のイジメのターゲットだったが、今回は久美子がクラス中からターゲットにされているようだった。

授業開始のチャイムが鳴り、久美子がギリギリになって教室に戻ってきた。

目には見えないけど、クラスのあちこちから久美子に向けられている冷たい視線が、はっきりと分かるような気がした。



LHRの時間、例の動画について話し合われた。

竹内が指揮を執り、まずは誰がその動画を撮ってSNSにアップしたのか?は、その場では個人情報の関係もあるので、後で自己報告しに来るようにと言った。話を聞いた後、竹内の目の前で動画を削除させるということだった。

次に、久美子がなぜあんなことをしたのか?理由を述べて、叶に謝るようにと言った。

久美子は静かにうなだれて座っていたが、ゆっくりと立ち上がり、叶の席のほうに身体を向けた。

みんなの注目が集まる。

「最初は誰とも仲良くなかった杉原さんが、遠足をきっかけに清花たちと仲良くなって、お揃いのキーホルダーを付けて来ていたのが、面白くなかったからです。清花とは同じバスケ部で、私のほうが清花に近いのに、なんで杉原さんが?って。私だって、清花とお揃いのもの持ちたかったから、悔しくて」

と、素直に気持ちを吐露した。

「おいおい、そんな単純な理由かよ」

「クッソつまんねぇ」

「仲間に入れて欲しかったんなら、言えばいいじゃん!」

など、教室のあちこちから久美子への批判が飛んだ。

(まぁまぁ、落ち着け)

と竹内が手で制し、続けた。

「河野、お前のしたことで、杉原が傷ついたのは分かっていたんだよな。なぜすぐに謝らなかった?」

嗚咽をこらえながら、久美子は

「自分がバカなことをしたって、後ですぐに気づきました。でも、いつも杉原さんに対して高圧的な態度を取ってきた自分がいきなり謝ったら、杉原さんにどう思われるか?って怖かったし、自分のプライドも邪魔して、謝るきっかけを失っていました」

教室がシーンとするなか、清花が口火を切る。

「同じ部活って言うけど、久美子最近、サボってばっかりで全然出てこないじゃん。いっつもさっさと帰ってゲーセン行ったりしてさ。それで同じ部活です、私と近いからって言われても、無理だよ」

「・・・ごめん」

と言う久美子の目に涙があふれ出した。

「謝るのは私じゃなくて、叶にでしょ!」

改めて久美子は顔を上げて、

「杉原さん、本当にごめんなさい。私は、めちゃくちゃ幼稚でした。杉原さんのことを見下してバカにしておきながら、一番精神レベルが低いのは、私のほうだった。嫌な思いをさせて、ごめんなさい」

と何度も何度も頭を下げてくれた。

静かな教室に、久美子の泣きじゃくる音だけが響いている。

「杉原、どうする?許してやるか?」

と竹内が聞く。

しばらく悩んでいたが、メモ帳を取り出して

(今すぐは、返事ができません。少し考えたいです)

と伝えた。

「そうか、分かった。じゃあ返事ができる時が来たら、また教えてくれな」

そして、とりあえずLHRが終了した。



後で、立ち聞きした男子たちが話しているのを又聞きで奈緒が教えてくれたが、動画を撮ってSNSにアップしたのは、意外にも美樹だったらしい。叶は、その事実に驚いた。

なぜ美樹がそんなことをしたのか?というと、以前遠足の時に聞いた、久美子が弱い立場の生徒からお金を巻き上げていたという話。その当事者の中に、美樹がいたのだ。

美樹は、久美子にずっとムカついていたらしい。同じクラスになって、叶が言葉でのイジメを受けているのを見て、何とかしたいと思っていたそうだ。

そんな時、たまたま移動教室でみんなが移動しているのに、一人だけ誰もいない教室に戻っていった久美子を不審に思い、後を付けた。

すると、叶の席に近づいていったので、何かするんじゃないか?と動画を回したら案の定、叶の鞄からキーホルダーを引きちぎる久美子の様子を見てしまった。美樹は動画を撮ってすぐに離れたので、久美子にはバレなかったそうだ。

そのまま先生に報告してもよかったのだが、自分がされたことの仕返しとして、動画をそのままSNSにアップして、久美子が悪者にされて罰が当たればいいと思ったということだった。

叶としては、せっかく友だちになれた美樹がそんなことをしたというのがショックだったが、そもそもの原因は久美子自身で、巡り巡って、悪いことをすると自分に返ってくるというのを体現した形となった。

美樹は竹内の目の前で動画を削除し、注意喚起だけで済んだ。そして、今後もし同じような状況を見たらコソコソと動画を撮るのではなく、すぐに先生に報告しに来るようにとも言われたということだった。



家に帰って着替えていると、美樹からLINEが届いた。

「なんか、いろいろごめん」

というメッセージと、謝るクマのスタンプがついていた。

(美樹ちゃんは、私のことを思ってやったんでしょ。だったら、謝る必要ないよ。それに、注意だけで済んでよかったじゃん。またいつか、カフェ行こうね♪)

と伝え、ハートを飛ばすうさぎのスタンプを送った。



その後、久美子は美樹にお金を巻き上げたことを謝罪し、「いつか必ず、少しずつ返していく」と言ったそうだが、取られた金額を忘れたからもういいと、美樹に許されていた。

清花にも身勝手な言動をしたことをきちんと謝り、「自分には合わなかった」という理由で、正式にバスケ部を退部したそうだ。


そのことを、その日の交換日記に書いた。

そして、叶自身の気持ちも一緒に書き綴った。

(なんか、今までずっと河野さんのこと大嫌いで、いなくなればいいと思っていました。

でも今日の河野さんの素直な思いを聞いて、泣いている姿を見たら、一人で無理して強がっていたんだなって分かりました。

でも、だからって私は河野さんを許していいのか?許せるのか?分かりません。どうしたらいいんでしょう?)

リノから返事が来た。

(人間関係って難しいよね。人には、理由もなく身勝手に誰かを傷つける人と、何かどうしようもない理由があって人を傷つけてしまう人がいるんだよね。たぶんだけど、その河野さんって人は後者なんだと思う。

本当は叶ちゃんたちと仲良くしたいんだけど、今までずっとチヤホヤされて大切に可愛がられてきた自分と障害のある叶ちゃんじゃ、立場の違いがある。だからわざと、自分より弱い叶ちゃんたちをイジメることで、自分を守ってきたんだと思う。本当は、そんな立場の違いなんてほとんどないし、人はそれぞれ個性が違うんだから、比べる必要もないんだけどね)

リノさんの言うことは、よく分かった。

(彼女を許していいのか?許せるのか?は、誰でもなく、叶ちゃんしか分からない。叶ちゃん自身は、どうしたいのかな?時間がかかってもいいから、ゆっくり考えたらいいと思うよ。私は、叶ちゃんを応援するしかできないけどね)

そっか、私にしか分からないのか。私は河野さんに対して、どうしたいんだろう?

その答えは、まだ見つかりそうになかった。