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美樹との約束通り、叶は昼休憩、図書室に足を運ぶようになった。

昼ご飯は、今までの校舎裏のベンチには行かず、教室で1人で食べた。久美子たちからは、相変わらず

「メシ子が1人で食べてるよ」

とバカにされたが、叶はそんなことなどどうでもよかったので、完全に無視した。

叶は清花たちに

「一緒に食べる?」

と誘われたが、食後に図書室へ行くから早く食べてしまいたいと思っていたので、それを清花たちに伝え、やんわり断っていた。清花たちも別に無理強いすることなく、快く承諾してくれた。

美樹もたまに教室で弁当を食べることがあったが、図書委員の仕事もあるので、たいていは図書室に持って行って食べていた。

今日も図書室に行くと、美樹が貸出カードの整理をしていた。

美樹に手を振り挨拶をすると、

(今度の土曜日、予定ある?)

と聞いてみた。

「ううん、別に何もないけど」

(オシャレなカフェ知っているから、もしよかったら一緒に行かない?すごく落ち着けるよ)

「カフェ?いいね。私あんまり一人でそういう所行かないから、新鮮。行ってみたい」

先日、2人はLINE交換をしていたので

(じゃあ、またあとで待ち合わせ時間とか決めようね)

と、一緒に『カフェlino』へ行く約束をした。



土曜日。11時に最寄り駅の改札前で待ち合わせて、叶と美樹は住宅街に向けて歩き出した。

「こっちのほう、こんな感じになっていたんだね。ほとんど来ないから知らなかった」

と美樹が言った。そして店の入口に着くと、

(わぁ~)

と感嘆の声をあげた。

叶が先に立って入ると、向こうから白猫がゆっくり近づいてきた。

やっと顔を見られる!と喜んで手を伸ばそうとした叶は、ハッと気づいた。

白猫の顔の右半分には、大きな痛々しい傷跡があったのだ。

(他の猫か鳥にやられたんだろうか?)

右と左という違いはあれど、猫も叶と同じく傷を負った仲間のようだった。

猫を見た美樹は、ゆっくりしゃがみながら手を近づけて

「この子、ケガしてるね。野良猫かな?」

と言った。

そこへ、リノが出てきた。

にっこり微笑みながら、2人に会釈する。

叶が、リノのことを美樹に伝える。

(ここの店主のリノさん。リノさんも失声症があるんだって。私と同じ)

美樹が、ぺこりと頭を下げる。

リノが手招きしたので、店に入った。


今日の客は、奥に男性が1人だけだった。

リノがメニューを差し出し、2人に注文を促す。美樹に

「叶ちゃんのオススメは?」

と聞かれたので、以前食べた『店主のオススメ 季節のフルーツいっぱいパンケーキ』を勧めたが

「なんか、量が多そう」

と言うので、リノが別のページを指して

(これなら、食べられそう?)

と『ミルクレープ』を勧めた。層の間に、季節ごとによって苺や杏、レモンなどのジャムを挟んでいるものだった。

「じゃあ、それにします」

と、美樹はミルクレープと一緒に、ハーブティーの中でも定番のカモミールティーを注文した。

叶は『抹茶のパンケーキ』という、抹茶アイスとあんこが載り、抹茶のソースがかかったパンケーキとコーヒーを注文した。


注文した品が届き、叶も美樹も笑顔で手を合わせ、食べ始めた。

「美味しい~~~!」

(うん、うん)

2人を見ていたリノの顔にも、自然と笑みがこぼれた。

(あ、そうだ!)

と叶が思い出し、先日母親に買ってもらった手袋を鞄から出して手にはめ、リノに見せた。

それは全体がピンクで、端のほうに小さくクローバーの刺繍がしてあった。リノは叶の手をみつめ、

(すごい!かわいいね。叶ちゃんに似合ってるよ♪)

と、素直な感想を伝えて褒めてくれた。


コーヒーで口をサッパリさせてから、叶はさっきの白猫のことを聞いてみた。

(白猫、顔に傷がありました。他の猫にやられたんですかね?)

するとリノはうなずき、

(そうみたいね。猫は縄張り意識が強いから、自分のパーソナルスペースに他の猫が近寄ってくるのを嫌うみたい。エサや寝床を取られないようにって、必死に守ってケンカするの。時々、店の裏のほうでもケンカしているみたいで、夜になるとすごく恐ろしい声が聞こえてくる時があるの。猫の世界にも、いろいろあるんじゃないかな)

と教えてくれた。

叶は猫に生まれたことがないから分からないが、猫には猫だけの、人間が知り得ない人生(猫生?)があるのかもしれない。


美樹が雑貨販売コーナーを見に行き、白猫のストラップを手に取っていたので、リノは叶にも説明したことを美樹にも教えた。

「へ~。じゃあ、さっきの白猫は幸運の神様?」

と言い、叶が買ったのとは違うポーズのストラップを買った。

会計をして、叶たちが店を出る。リノが見送りに出てきて、2人に優しく手を振ってくれた。


帰り道、美樹がお礼を告げた。

「今日は、誘ってくれてありがとうね。すごい楽しかった。叶ちゃんとオソロのストラップも買えたし♪」

と、さっそくスマホに付けたのを見せてくれた。

住宅街を駅に向かって歩いていると、塀の上を歩く白猫が見えた。

(あんなにあちこち歩き回って、迷惑がられていないかな?大丈夫なのかな?)

と思ったが、ある家の前で高齢の女性からエサをもらって頭を撫でられている様子を見ると、かわいがってくれている人もいるんだ~と、少し安心した。



その日の交換日記には、美樹がカフェをすごく気に入って喜んでいたこと、帰りに白猫を見かけて、エサをくれる人がいたことなどを簡潔に書いた。

リノから返事が来た。

(猫も人も、傷つくのは同じ。だけど、いつまでもそこに留まってはいられない。傷は残るかもしれないけど、生きていくためには、その傷を抱えながらも自分自身と一緒に、前に進んでいかなきゃいけない。

1人で全てを抱えるのは、しんどいよね。だから時々、必要な時は誰かに助けてもらう。それがこの世で過ごしていくルール・・・みたいなもの?(笑)

叶ちゃんも、しんどい時はしんどいって声をあげていいし、親や友だちに、素直に甘えてもいいんだよ。

きっと、誰かが助けてくれるし、叶ちゃんが出来ないことは、それが出来る人・得意な人がやってくれる。

逆に、誰かが出来ないけど叶ちゃんが出来ること・得意なことは、叶ちゃんがやってあげたらいいと思う。

それが何か?どんなことなのか?は、きっと叶ちゃんにしか分からないけどね)


私が得意なことか・・・。

今はまだ、それが何なのか?よく分からない。きっと、これから大人になっていく過程で少しずつ、それが分かってくるのだろう。

それなら今はまだ、この高校生活をゆっくりと楽しんでみよう。

いつか花開く時を待つ、膨らみかけた蕾のように。